「自分だけの“ビデオ屋の棚”を作りたい」同時公開『デスストーカー』『フランキー・フリーコ』の鬼才コスタンスキ監督が語る
『デスストーカー』&『フランキー・フリーコ』同時公開!
スティーヴン・コスタンスキ監督インタビュー
おもちゃ箱をひっくり返したような――陳腐で使い古された表現だが、彼ほどこの言葉が似合う映像を撮る監督はいないだろう。そう、スティーヴン・コスタンスキ監督である。
「…誰?」という読者もいるかと思うが、『サイコ・ゴアマン』(2020年)の監督さんといえば分かるだろうか。馬鹿正直で戦闘力がやたらと高い異星人とワンパクな子供たちの物語をノーテンキなビジュアルで紡いだ、アイツである。
撮影メイキング:『デスストーカー』© 2025 HANGER 18 DEATHSTALKER MOVIE INC.
そんなコスタンスキの『デスストーカー』と『フランキー・フリーコ』の2つの監督作が、7月3日(金)より同時公開される。どちらも“コスタンスキ節”が炸裂している怪(快)作だ。
まず『デスストーカー』は、ロジャー・コーマン製作総指揮の『勇者ストーカー』(1983年)のリブート。剣と魔法の世界を舞台に、マッチョで荒くれな主人公が暴れる……といったファンタジー映画のテンプレに、“笑いとゴア”を注入。スラップスティックなゴア描写とお下品な下ネタの乱れ打ちで、必ず笑顔になれること請け合い。ハッタリなポスターで押し切ったコーマンのオリジナル版よりも評判が良いまである。(※ガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュが製作と音楽で参加)
そして『フランキー・フリーコ』は、”ぶっ飛んだ”という言葉がピッタリな作品。うだつの上がらない男がテレビCMで見かけたパーティ広告に電話をかけたところ、“パリピのゴブリン”フランキーとその仲間が襲来! 家も人生もハチャメチャになる……という物語だ。パペットの“死人が出てもおかしくない”レベルのいたずらに、右往左往させられる主人公――CGを使わない“雑で暖かい質感”が80年代の往年のホラー『グーリーズ』(1985年)や、名作『グレムリン』(1984年)を彷彿とさせる。
カナダの監督/制作会社<アストロン6>に後発で加入したコスタンスキ監督。しかし彼は、同社のスタイルである「80年代インディペンデント作品の再現」を牽引する最重要人物だ。
『マンボーグ』(2011年)や『ファーザーズ・デイ 野獣のはらわた』(2011年)といった、SFなのかホラーなのかはたまたコメディなのか見分けが付かない――だけど80年代風味であることはまちがいない――この一貫したジャンルレス感は唯一無二。コスタンスキ監督の頭の中は、どうなっているのだろう?
スティーヴン・コスタンスキ監督
「これは“大人になること”への僕なりのささやかな抵抗でもある」
――まずは『フランキー・フリーコ』から伺います。パペットについてなんですが、どこかのインタビューで「このパペットはジャンキーに見えないといけない」とおっしゃっていましたよね。あの発想の根っこには、たとえば『パペット・マスター』(1989年)のパペットや『グーリーズ』、ロジャー・コーマン製作の『MUNCHIES』(1987年/邦題『まんちぃず』)あたりがあるのかなと感じたんですが、実際そういうところから来ているんでしょうか。
そもそも自分が「ジャンキー」なんて言ったのがどこだったか気になるな(笑)。彼らはあくまで“パーティー・ジャンキー”で、ホットドッグやソーダみたいなジャンクフード中毒のジャンキー、って意味なんだ。ドラッグ的な意味は一切ない。たぶん誰かが「ジャンキー」という言葉だけを切り取って、ちょっと誤解されたのかもしれないね。もし彼らがジャンキーだとしたら、ロックンロールとパーティーとおふざけの中毒、というだけのことさ。
『フランキー・フリーコ』© 2024 Hangar 18 Freako Movie Inc
発想としては、80年代から90年代に流行った“トラブルメーカー・クリーチャー”というサブジャンルの集大成にしたかった。『グレムリン』、『グーリーズ』、『MUNCHIES』、『HOBGOBLINS』(1988年/邦題『ゴブリン/プチ魔術の逆襲』)、『クリッター』(1986年)……ああいう連中だよ。あのサブジャンルはいつの間にか消えてしまったけれど、また復活すべきだと思っている。だからフリーコたちは、ああいうクリーチャーたちのなかで自分が好きだった要素を全部詰め込んだ存在なんだ。
それと、“態度のでかいパーティー小僧”っていうのも重要な要素でね。バート・シンプソンみたいな、ちょっと生意気なキャラクター。あれは僕が育った90年代の“あるある”だから、その疾走感をフリーコでできる限り再現したかったんだ。
『フランキー・フリーコ』© 2024 Hangar 18 Freako Movie Inc
――なるほど。パリピで元気いっぱい、でもちょっと迷惑……そういうキャラクターに、監督はすごく愛を感じていらっしゃるんだなと。それってもしかすると、監督にとっての“映画”そのもののメタファーなんじゃないかと思ったんです。子供の頃に映画を観て元気をもらった、その元気をくれる存在としてフリーコを作った。だとすると、彼らは映画のメタファーになっていませんか? 監督にとって映画とあのキャラクターは、どこかでつながっているんじゃないかと。
うん、すごく腑に落ちる見方だね。この映画は間違いなく、僕の絶え間ないクリエイティブなエネルギーとモチベーションを体現している。つまり“クリエイティブ・ジャンキー”だ(笑)。何よりもまず、僕自身がクリエイティブ・ジャンキーなんだよ。それと、この映画には若さ、若者ならではの自由さ、アナーキーさがある。そこが好きでね。
言ってみれば、これは“大人になること”への僕なりのささやかな抵抗でもあるんだ。主人公のコナーは、登場した時点で仕事もうまくいっていないし、奥さんとの関係もぎくしゃくしている。大人のサイクルに囚われている。そこにフリーコたちがやってきて、彼をもっと想像力に満ちた時間――つまり子供時代へと連れ戻す。
だからこの映画が何かを表しているとすれば、それは“いつも子供時代に立ち返る”という、僕にとっての一種のセルフセラピーなんだと思う。ルールも期待もなく、ただクリエイティビティとエネルギーだけがあった時代。大人としての期待に合わせてその部分を押し殺すんじゃなくて、時間をかけてそこに立ち返ってやると、人は元気を取り戻せる。そういうことなんだ。
『フランキー・フリーコ』© 2024 Hangar 18 Freako Movie Inc
――頻繁に共演しているアダム・ブルックスやコナー・スウィーニー(両者ともアストロン6のメンバー)について伺います。彼らは、監督がクリエイティブ・ジャンキーとして、あるいはセルフセラピーとして映画を作るうえで、欠かせない仲間ということなんでしょうか。
その通りだよ。アダム、マット、コナーは、僕の“クリエイティブ中毒”を支える完全なるEnabler(依存を助長してしまう人)なんだ(笑)。Facebookにグループチャットがあって、いつもバカみたいなアイデアを投げ合っている。それが僕のテンションを高く保ってくれるし、ポジティブでいさせてくれる。一緒に冗談を言い合って、アイデアを出し合える仲間がいつもいるからね。
自分の映画の現場に彼らがいてくれること以上に楽しいことはない。一緒に楽しみながら、同時にクレイジーで、時に痛みを伴うようなことを無理やりやらせて……彼らを“拷問”もするんだけどね(笑)。とにかく彼らがそばにいてくれるのが大好きだから、向こうが「もう勘弁してくれ」と懇願するまで使い倒すつもりだよ。
『フランキー・フリーコ』© 2024 Hangar 18 Freako Movie Inc
「ポスターに描かれているモンスターが出てこない、それが不満だった」
――アストロン6の頃からずっと拝見していると、いい意味で何も変わっていなくて、すごく安心するし、元気が出るんです。お三方が一緒にやっている姿からもエネルギーをもらえる。でも、そこまで筋金入りのジャンキーだと、疲れたりはしないんですか?
いつも疲れてるよ(笑)。映画作りは消耗するし、特殊メイクや特殊効果の仕事も体力を使う。おまけに今、家には生後14ヶ月の息子がいるからね。それも当然クタクタになる。
ただ面白いのは、こういうものは僕を疲れさせると同時に、ものすごいエネルギーもくれるんだ。家族を愛していて、仕事を愛していたら、どれだけ疲れていようと関係ない。“いい疲れ”っていうものがあって、まさにそれなんだと思う。だから僕はいつも自分を限界まで追い込んでいるし、普通の一日にやりすぎなくらい色々と抱えている。でも全部が好きでたまらないんだ。止まれないし、止まるつもりもない。
『フランキー・フリーコ』© 2024 Hangar 18 Freako Movie Inc
――すごい(笑)。では『デスストーカー』の話題に移ります。正直なところ、オリジナルはコーマン作品で、日本語題は『勇者ストーカー』という珍妙なタイトルなんですが……カルト的な人気こそあれ、そこまで面白い映画ではなかった気がしていて。かなりアレンジされているとはいえ、なぜこの作品を選ばれたのか伺いたいんです。
僕はとにかくチャレンジが大好きなんだ。それに「なんでそれを作ったの?」と言われるような映画を作るのが好きでね。その問いそのものが、その映画を作るべき理由になり得ると思っているから。
妥当な選択ではないし、実際ほとんど忘れられかけたフランチャイズだ。しかも単なる一作品じゃなく、“低予算ファンタジー”というサブジャンルそのものでもある。『コナン・ザ・グレート』以降、ああいう映画が山ほど作られて、そのうち立ち消えてしまった。だから、眠っていたものをもう一度甦らせるのは面白いと思ったんだ。
『デスストーカー』© 2025 HANGER 18 DEATHSTALKER MOVIE INC.
こういうことをやるのは初めてじゃない。『レプリコーン』(1992年)だって、『エルム街の悪夢』や『13日の金曜日』みたいなトップクラスのフランチャイズとは言えないだろう?(※2018年に『レプレコン リターンズ』を制作)
とにかく僕は良いチャレンジが好きで、『デスストーカー』はまさに絶好の挑戦に思えた。それに、これまでファンタジー映画を撮ったことがなかったから、それをやれるというのも大きかった。しかも、大好きなモンスターを山ほど出せる格好の口実になる。やらない理由なんてなかったよ。確かに「数あるフランチャイズの中で、よりによってなぜそれ?」と最初は思われるだろうけどね(笑)。
『デスストーカー』© 2025 HANGER 18 DEATHSTALKER MOVIE INC.
――なるほど。だからこそモンスター中心の作りになっているのかなと。オリジナルにはセクシーな要素がそれなりにありましたが、それを排除して、楽しい暴力描写とクリーチャーを前面に押し出していますよね。そのセクシーな部分を取り除こうと思ったのはなぜでしょう。監督の作品は、もともとそこをあまり扱わない印象もあるのですが。
今“セクシー”って言葉が何度か聞こえたから、通訳さんに訳してもらう前に質問の見当はついたよ(笑)。あれは、ボリス・ヴァレホ(※60年代から数多くのSF~ファンタジー小説の表紙を手がけたイラストレーター)のポスターの“もう半分”をちゃんと描こうという選択なんだ。
あの作品のポスターには、巨大なモンスターが豊満な女性を抱え、主人公のデスストーカーが剣を掲げてそれに立ち向かう、という絵が描かれている。ところがオリジナルの映画を観ると、カッコいいモンスターは出てこない。豊満な女性は出てくるけど、肝心のモンスターは出てこないんだ。それが僕には不満でね。
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だったら、ポスターの“もう半分”をちゃんと届ける『デスストーカー』を作る男になればいいじゃないか、と。ファンタジー映画でもっとモンスター・アクションが観たかったのに、ちょっとがっかりさせられた人たちのためにね。それが狙いだった。
とはいえ、この映画にヌードが皆無というわけでもないんだ。沼から出てくるスワンプ・クリーチャーの一体に、ちゃんと胸がついている。あれは僕の意図的な選択でね。だから「ヌードが全然ない」と言われたら、「いや、あるよ」と返せるってわけさ(笑)。
『デスストーカー』© 2025 HANGER 18 DEATHSTALKER MOVIE INC.
「最終的にやりたいのは、自分だけの“ビデオ屋の棚”を作ること」
――80年代の作品って……今出た『デスストーカー』のオリジナルもそうですし、チャールズ・バンドのエンパイア・ピクチャーズやトロマもそうなんですが、ポスターはものすごく派手なのに、いざ映画を観ると「こんなの出てこないじゃん」ということがよくありますよね。でも監督の作品は、ポスターにあるものが全部ちゃんと出てくる。どこかで監督は「僕は80年代のビデオ屋の棚を作りたい」とおっしゃっていました。その、いわば“ハッタリ”の美学――ポスターでは大風呂敷を広げるあの感じ――と、80年代のビデオ棚、そして監督がやりたいことが、どうつながっているのか伺いたいんです。
そもそも僕が映画を作る原動力は、子供の頃にビデオ屋の通路をうろうろして、ジャケットを眺めてはワクワクしていた、あの体験にあるんだ。ポスターのアートは、いつだって実際の映画よりもクレイジーな何かを売り込んでいた。まあ、それは映画マーケティングの一部、自分の映画を盛るための手段だったんだけどね。
子供の頃の僕は「大人になったら、映画はポスターが約束してくれたくらい壮大になっているはずだ」と思っていた。でも、自分が望んだものは結局まだ手に入っていない気がする。だから今、大人になった僕は、あの頃の“子供スティーヴン”が観たかった映画を、当時の心を保ったまま作っているんだ。
『デスストーカー』© 2025 HANGER 18 DEATHSTALKER MOVIE INC.
最終的にやりたいのは、ジャンルの各領域を一つひとつ埋めていく、自分だけの“ビデオ屋の棚”を作ること。コズミック・ホラーなら『ザ・ヴォイド 変異世界』(2016年)、いたずら好きのちっちゃなパペット・モンスターものなら『フランキー・フリーコ』、子供向けエイリアン・アドベンチャーにして特撮アクション大作なら『サイコ・ゴアマン』、剣と魔法の低予算ファンタジーなら『デスストーカー』……というふうにね。あらゆるサブジャンルに手を出したいんだ。子供の頃、週末ごとに違うタイプの映画を借りていたから。今週はファンタジー、次はSFホラー、その次はアクション、という具合にね。
僕にとってはバラエティこそがすべてなんだ。ひとつの要素だけで映画を作るっていうのが、どうもしっくりこない。色んなものが詰まっていてほしい。要するに、何百ものモンスターがこっちに向かって押し寄せてくるような、壮大なモンスター・スペクタクルを約束していた、あの絵画調の派手なポスターたち――その約束を、ちゃんと果たそうとしているんだよ。
『デスストーカー』© 2025 HANGER 18 DEATHSTALKER MOVIE INC.
「もう少しシリアスでテーマ的にもインパクトのある、ただ面白おかしいだけじゃないものを作れたら」
――監督の作品は、繰り返し観たくなるような、元気をもらえる映画が多いですよね。さっき『ザ・ヴォイド』のお話が出ましたが、あれは意外とシリアス路線なのかなと思っていて。コズミック・ホラーを撮るうえで、笑いや明るさみたいな要素は、確かにあの雰囲気とは相容れないものだと思うんです。だから『ザ・ヴォイド』だけ、ちょっと手触りが違うと感じていて。ああいった作品と、今回の2作や『サイコ・ゴアマン』のような笑える明るい映画とは、監督の中で棲み分けがあるんでしょうか。
『ザ・ヴォイド』は、ジェレミー・ギレスピーとの共同監督・共同脚本でね。二人で主導した作品だから、トーンやルックは彼の感覚に寄っているところが多いんだ。とはいえ、僕がダークなホラーを愛していないわけじゃない。むしろ大好きだよ。
あの映画での僕らの目標は、“怖いモンスター映画を作る”という、ごくシンプルなものだった。ただ一見シンプルなはずが、やってみたらすごく複雑で大変なものになったけどね。だからいつかまた、ああいうトーンに戻りたいとは思っている。実際、今もう少しダークな企画をいくつか進めているんだ。
ここ3作――『サイコ・ゴアマン』、『フランキー・フリーコ』、『デスストーカー』――は、まさに今言ってもらったような、観ていて元気が出る楽しい映画だ。僕はこれを「Silly Trilogy (おバカ三部作)」と呼んでいる(笑)。だからこそ次は、もう少しシリアスでテーマ的にもインパクトのある、ただ面白おかしいだけじゃないものを作れたら良いな。ホラー寄りの方向に踏み込んでいくのは、きっと楽しいと思う。
『デスストーカー』© 2025 HANGER 18 DEATHSTALKER MOVIE INC.
――では最後に。僕は落ち込んだ時、アストロン6の短編を観て元気をもらうんです。そもそもアストロン6は、どうやって始まったんでしょう? その成り立ちを教えてください。
いやあ、あまりに昔のことだから、成り立ちなんてもう思い出すのも難しいよ(笑)。当時は皆それぞれ自分で映画を作っていてね。僕らは全員カナダのマニトバ州ウィニペグにいて、毎年ハロウィンにインディーのホラー短編を上映してくれる地元の映画祭に、それぞれ作品を出していたんだ。
アダムとはそれ以前から知り合いでね。共通の友人がいて、映画祭に出す前から少し意気投合していた。その映画祭のことを教えてくれたのも彼だったんだ。で、僕は自分のストップモーション短編を出品した。そこで初めて、ジェレミーが映画祭の運営側の一人だと知ったんだ。
アダム、それからマットとコナーも短編を出していてね。彼らの作品を見たのもその時が初めてだった。「なんだこの、やたら才能があって面白い連中は?」って思ったよ。才能とクリエイティビティのある人間を目の当たりにした時の、最初の嫉妬みたいなものもあった(笑)。
撮影メイキング:『フランキー・フリーコ』© 2024 Hangar 18 Freako Movie Inc
でも、話してみたら全員、映画作りへの興味も情熱も共通していると分かってね。「だったらお互いの映画を助け合おうじゃないか」ということになった。僕がみんなの映画のエフェクトを担当して、アダムとコナーが演技をして、ジェレミーが音楽とタイトルをやる。そうやって、あっという間に小さな短編制作集団になっていったんだ。
最初に作ったうちの一本が、まさに『デスストーカー』のパロディで、『ゴア・ブレード』というタイトルだった。ドジな空想世界のヒーローを描いた連作ウェブ短編でね。だから今こうして本物の『デスストーカー』を撮って、すべてが一周回って戻ってきた感じがするんだ。元はと言えば、2006年くらいに『勇者ストーカー』をパロディしたところから始まったんだから。それがすべての原点だね。
――今日は、本当に楽しかったです。ありがとうございました。
こちらこそ最高だったよ。その『バッド・テイスト』のTシャツ、最高だね(笑)。
撮影メイキング:『デスストーカー』© 2025 HANGER 18 DEATHSTALKER MOVIE INC.
取材・文:氏家譲寿(ナマニク)
『デスストーカー』、『フランキー・フリーコ』は7月3日(金)より全国順次公開
『デスストーカー』© 2025 HANGER 18 DEATHSTALKER MOVIE INC.
『フランキー・フリーコ』© 2024 Hangar 18 Freako Movie Inc
『デスストーカー』2026年7月3日(金)より全国公開
剣と魔法が支配する混沌の世界。アブラクシオン王国は、突如現れた真紅の騎士集団ドレッドナイトの襲撃に苦しみ、衰退の一途をたどっていた。人々の間では、この戦乱が古代の魔術師ネクロメムノン復活の前兆ではないかという不穏な噂が広がっていく。そんな中、戦場を渡り歩く傍若無人な戦士デスストーカーは、呪われたアミュレット(護符)を手にしたことで、ドレッドナイトの刺客に狙われることとなる。自らにかけられた呪いを解き、迫り来る邪悪を退けるため、命がけの旅に出るデスストーカー。やがて彼は、世界の命運を左右する戦いへと導かれていく――。
『フランキー・フリーコ』2026年7月3日(金)より全国公開
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