タランティーノのハリウッドという「資産」への想いと、それを消去した者への憎悪『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

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ライター:越智道雄
タランティーノのハリウッドという「資産」への想いと、それを消去した者への憎悪『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

 

【映画の今、世界の今】

脚本に5年もの歳月を費やした、クエンティン・タランティーノの監督第9作となる『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。26歳で若き命を奪われ、ハリウッドを震撼させたシャロン・テート殺人事件をモチーフに、50年代にテレビで一世を風靡した俳優と専属スタントマンを登場させて1969年という時代を照射する、映画愛に満ち満ちた作品である。

1969年とは、どんな時代だったのか? 大きな転換期を迎えたハリウッドを舞台にした本作から浮かびあがるアメリカの「資産」について、越智道雄先生が語ってくれた。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

※本記事は映画の内容に一部触れています。ご注意ください。

チャールズ・マンソン一味が消されている背景は?

この映画はチャールズ・マンソンの関与を最小限度に止めたい意思が目立つ。例えば、彼と彼の一味によるシャロン・テートらを惨殺した修羅場は最小限に抑えられ、彼女は生きて自分が出演した映画を見る。彼女はロマン・ポランスキーの子を宿していた。映画では、ディカプリオ扮する俳優リック・ダルトンの隣家の主がポランスキーで、時代の寵児となったこの監督が代表する新感覚の台頭を理解できないリックの“ズレ”を明示している。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

マンソン一味が共同生活を営んだコミューンを模した<スパーン映画牧場>は、信徒の娼婦&殺人集団に乗っ取られており、牧場の老経営者は得体の知れない乗っ取り集団(マンソン麾下の女性信徒ら)に性的に骨抜きにされている。この劇場は実在し、お手軽な西部劇などのセットを用意して貸し出されていたのだが、ここを乗っ取ったマンソン一味はセットの酒場に“ヘルター・スケルター”という螺旋状の滑り台を描かせ、自分らがもたらす予定の“終末”の下絵としていた。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

現実のマンソンは本腰を入れた歌手志望で、ドリス・デイの息子の業界プロデューサーに引導を渡されて別荘を手下に襲わせ、運悪くパーティに出席していたテートも母子ともども殺されたのである。マンソンはビートルズも自分らと同様の“予言者集団”と見て、彼らの歌詞をそのように曲解、ロサンゼルスで“信者”らと暮らしていた借家は黄色く塗られ、「イエロー・サブマリン」と悦に入っていた。その後、一味は死の谷の洞窟に移住、次いで前記のスパーン映画牧場乗っ取りに打って出たというわけだ。

ディカプリオとブラピの共演で浮かびあがる時代感覚

この映画では、レオナルド・ディカプリオが演じる人気のピークを過ぎたテレビ俳優・リックと、彼のスタントマン兼付き人であるクリフ・ブース役のブラッド・ピットが55歳の中年の魅力で画面を圧倒する。劇中で訪れたスパーン映画牧場でも、ブースは女どもに骨抜きにされたスパーン老人に恐れ気もなく会い、その間に自分の車のタイヤの空気を抜いていた男性メンバーを打ちのめしてタイヤの交換をやらせる強者だ。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

ディカプリオが演じるのは、落ち目のテレビ俳優として“賞金稼ぎ”などを演じるリック・ダルトンで、身だしなみも整いすぎている。映画の世界に進出したいのだが、あいにくとネイティブ・アメリカンを痛めつける「西部劇」は落ち目になり(1960年代カウンターカルチャーの啓蒙性が原因)、業界で生き残るには「マカロニ・ウエスタン」に出るしかないのだが、これを潔しとしないのである。これに出て一世を風靡したクリント・イーストウッドの勲は持ち合わせていないのだ。

この映画の時代設定は1969年という、いわゆる1960年代カウンターカルチャーの最終段階で、7500万もの米史上最大の厖大な“若者反乱”も終わりを迎えていた(※ベビーブーマー世代)。ディカプリオの身だしなみの良さは、カウンターカルチャー以前のもので、彼のスタントマン、ブラッド・ピットこそヒッピ-の無造作さをたっぷり持ち合わせていて、われわれになじみ易い。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

従ってマンソン一味が繰り広げた惨劇も、この映画ではリックとブースだけに的を絞った小規模なものとして描かれる。リックは映画の小道具を駆使し、ブースの愛犬が活躍するのはご愛敬。

タランティーノの思い描いていたハリウッドとは?

では、この映画を「昔々ハリウッドでは……」と名づけた意図はどこにあるのか? マンソンこそが1960年代の悪を象徴していたとすれば、この映画の題名こそタランティ-ノの根深い願望を表しているのか? しかし、アメリカ人をブースのような魅力的な男に変貌させたのも1960年代なのだ。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

タランティーノが、マンソンのような怪物を生きのびさせたカウンターカルチャーを憎悪していたことは分かる。しかし彼は、典型的なカウンターカルチャーの申し子としてブラッド・ピットには思うさまブースを演じさせている。他方、リック・ダルトンの落ち目がカウンターカルチャーに乗り損ねたことに起因していることも十分承知している。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

とはいえ、テートをミニスカートというカウンターカルチャー衣装でずいぶんと描きまくる事実からも、この映画でのタランティーノの思いの丈が伝わってはくる。つまり「資産」としての俳優、「資産」としてのハリウッドであり、この「資産」を消去した者への憎悪である。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

あくまで映画の観客の域に止まるわれわれには、この「資産」という側面が分かり難いが、「資産」が消し去られれば映画そのものが生まれてこない。ミニスカート姿のテートを闊歩させ続けることも叶わない。マンソン自身、自らが「資産」となる道を閉ざされて凶行に走ったではないか。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

すばらしい映画=「資産」だが、筆者にはブラッド・ピットが魅力的な男を体現し、「資産」の側面を独り占めしているように思われた。

文:越智道雄

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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

レオナルド・ディカプリオ × ブラッド・ピット初共演!
1969年8月9日、事件は起こった。この二人にも……ラスト13分、映画史が変わる。

制作年: 2019
監督:
出演:
  • BANGER!!!
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