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残酷な“美の圧力”描くシンデレラ映画『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』監督インタビュー

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残酷な“美の圧力”描くシンデレラ映画『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』監督インタビュー
『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』© Mer Film / Lava Films / Zentropa Sweden / MOTOR / Film i Väst / Mediefondet Zefyr / EC1 Łódź 2025

ほんとうは残酷な「シンデレラ」

多くの人が最初に触れる「シンデレラ」は、当時の基準による“都合のいい倫理”で再構築された物語だろう。悪は個人の性格の問題に還元され、世界の構造は正しく、努力すれば報われ、いつか誰かがあなたを見つけてくれる――そして“世界は優しい”と繰り返し語られる。

だが、ディズニーアニメの元となったグリム童話「Aschenputtel(灰かぶり)」の世界は、そんなに都合よくできていない。悪は家族や階級といったシステムに埋め込まれ、身体は削られ、罰は可視化され、誰かが必ず傷つく。

 

1月16日(金)公開の映画『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』は、そのグリム的な残酷さをそのままなぞる作品ではない。だが、シンデレラの義姉という視点から、「選ばれるために身体を差し出す」という地獄を、現代のボディホラーとして引きずり出す。

ディズニーが消し去った“シンデレラの裏側”――世界が優しくないという感覚に、もう一度触れたいなら、この映画は格好の入口になるだろう。

『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』© Mer Film / Lava Films / Zentropa Sweden / MOTOR / Film i Väst / Mediefondet Zefyr / EC1 Łódź 2025

美と競争に縛られた社会そのものへのホラー

『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』は、シンデレラの義姉のひとりを主人公に据え、「選ばれる側」と「選ばれない側」のあいだにある残酷な非対称性を描くゴシック・ボディホラーだ。

王子に選ばれることが唯一の生存戦略となっている世界で、主人公エルヴィラは、自分の身体を代償にしてその椅子を奪い取ろうとする。そこに描かれるのはロマンスではなく、ルッキズムと階級と自己嫌悪が絡み合う競争の地獄である。

『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』© Mer Film / Lava Films / Zentropa Sweden / MOTOR / Film i Väst / Mediefondet Zefyr / EC1 Łódź 2025

この映画で描かれるシンデレラは、無垢な聖女でも、ただ虐げられる被害者でもない。彼女もまた、この世界のルールを理解し、その中で自分にとって最も有利なポジションを取ろうとする「プレイヤー」のひとりとして存在している。

だから物語は、善と悪の対立ではなく、同じゲームに参加させられた女たちが、それぞれの身体と運を賭けて競い合う構図として進んでいく。美しさも血筋も若さも、すべては「選ばれる」ための通貨なのだ。

『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』© Mer Film / Lava Films / Zentropa Sweden / MOTOR / Film i Väst / Mediefondet Zefyr / EC1 Łódź 2025

この地獄を、単なるショックやアイロニーとしてではなく、ひとつの寓話としてここまで徹底して描き切ったのが、本作で長編デビューを果たしたエミリア・ブリックフェルト監督だ。

彼女は『アグリーシスター』を、シンデレラという誰もが知る物語をなぞるのではなく、「なぜ女たちは選ばれるために自分の身体を差し出すのか」という問いとして組み替えている。そこにあるのは、童話の再解釈というより、美と競争に縛られた社会そのものへのホラーとしての視線だ。

この映画が放つ痛みと執着はいったいどこから来たのか。ブリックフェルト監督自身に話を聞いた。

 

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「おとぎ話は勧善懲悪になりがちですが、人はそんなに単純ではありません」

――『アグリーシスター』では、「美しくなりたい」という願いが希望ではなく呪いのように描かれています。エルヴィラの悲劇は、無知ゆえでしょうか。それとも、何かを信じ間違えた結果なのでしょうか。

彼女が無知だからではありません。私たちは皆、生まれたときは無知です。そこから何を価値あるものとして学ぶかは、親や社会に左右されます。「あなたは今のままで十分だ」と言われて育つ人もいれば、そう言われない人もいる。

いまではSNSがその役割を担い、理想像を押しつけて「あなたは価値がない」と思わせてくる。エルヴィラも本当は、愛されたい、認められたい、価値ある存在だと思いたかっただけです。でも彼女にとって、その価値が“外見”だけで定義されてしまった。それが彼女の悲劇です。

『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』© Mer Film / Lava Films / Zentropa Sweden / MOTOR / Film i Väst / Mediefondet Zefyr / EC1 Łódź 2025

――いまの世代は、自分が何をするかよりも「どう評価されるか」「選ばれているか」を軸に生きているように感じます。その感覚を、この題材に重ねた部分はありますか。

この映画は「とても現代的だ」と言われますが、私はむしろ今も昔も同じだと思っています。ノルウェーでさえ、女性が自分でお金を稼ぎ、投票し、銀行口座を持てるようになったのは100年ほど前です。それ以前、女性が生き延びる手段は、男性に気に入られることだけでした。そのために、美の基準に合わせることがサバイバルだった。いまはSNSやフィルターや整形が、その圧力を可視化しているだけなのです。

『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』© Mer Film / Lava Films / Zentropa Sweden / MOTOR / Film i Väst / Mediefondet Zefyr / EC1 Łódź 2025

――本作には、はっきりした「悪役」がいないように感じます。義姉も母親も、どこか理解できてしまう。悪を描くつもりはなかったのでしょうか。

その通りです。私は彼女たちをとても人間的に描きたかった。おとぎ話は勧善懲悪になりがちですが、人はそんなに単純ではありません。エルヴィラが残酷な行動をとるのは、自分の身体に自信がないからですし、母親もまた、ある価値観を刷り込まれて生きてきた。美の基準は、母から娘へ、世代から世代へ、文化遺産のように受け継がれていくものなのです。

『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』© Mer Film / Lava Films / Zentropa Sweden / MOTOR / Film i Väst / Mediefondet Zefyr / EC1 Łódź 2025

「ボディホラーであると同時に、“ビューティーホラー”でもある」

――この映画の表現は非常にエクストリームです。最初からホラーを撮るつもりだったのか、それとも結果的にホラーになったのでしょうか。

私たちは最初からボディホラーを作っていました。ただし、ジャンル映画としてのボディホラーを作るつもりはありませんでした。私は、ボディホラーを見たことのない女性たちにも、この映画を観てほしかった。おとぎ話やピンクで夢見るような世界に惹かれて来た観客を、そこから少しずつ別の場所へ連れていきたかったのです。だからこれはボディホラーであると同時に、「ビューティーホラー」でもあります。美しさがどれほど恐ろしくなりうるかを描いています。

『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』© Mer Film / Lava Films / Zentropa Sweden / MOTOR / Film i Väst / Mediefondet Zefyr / EC1 Łódź 2025

――観客を“だます”ような作りでもありますが、今後もそういう映画を撮っていくつもりですか。また、監督は観客を信頼していますか。

映画とは観客との契約だと思っています。驚かせること、予想外の体験を与えることも、その一部です。怒られても構いません。それは“何かが起きた”ということだから。私は観客という集合体ではなく、一人ひとりの観客を信頼しています。どう受け取られるかはコントロールできませんが、だからこそ最善の作品を差し出すしかないのです。

『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』© Mer Film / Lava Films / Zentropa Sweden / MOTOR / Film i Väst / Mediefondet Zefyr / EC1 Łódź 2025

美は、いつからこんなにも痛みを伴うものになったのか。
そして私たちは、どれほど無自覚にその痛みを受け入れてきたのか。

『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』が突きつけるのは、シンデレラという物語の裏側ではなく、いま私たちが生きている現実そのものだ。夢のように甘い色彩で始まり、やがて身体の悲鳴へと反転していくこの映画は、「選ばれない」ということがどれほど残酷な行為なのかを、はっきりと可視化してみせる。

それは、遠い昔のおとぎ話ではない。この瞬間も、誰かの身体が、そのルールのために削られている。

『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』は2026年1月16日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開

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『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』

――スウェランディア王国のユリアン王子(イサーク・カムロート)は、淑女たちの憧れの存在。彼と結婚するために、彼女たちは日々努力を重ね、美しさに磨きをかける――

エルヴィラ(リア・マイレン)は、母レベッカ(アーネ・ダール・トルプ)の再婚のために妹アルマ(フロー・ファゲーリ)とこの王国へとやってきた。ユリアン王子の花嫁になることを夢見ながら・・・。 新しい家族となる義姉妹のアグネス(テア・ソフィー・ロック・ネス)は、家柄に恵まれたとても美しい女性。一方、エルヴィラは矯正器具に覆われた口元、ふくよかな体形、こじんまりとした鼻、つぶらな瞳。

しかし、アグネスの父が急逝したことで事態は一変する。 レベッカはアグネスを貶め、エルヴィラを国王の花嫁にするため手段を選ばずに美を施してゆく。そんななか、ユリアン王子の花嫁候補を集めた舞踏会が開かれることになるが――

監督・脚本:エミリア・ブリックフェルト
出演:リア・マイレン

制作年: 2025