孤独なDIYヒーロー映画『ミラージュ』の誕生
マルコとエルネストはチリのアクション映画産業を開拓するため、エルネスト監督・マルコ主演作の映画第2弾を企画。新人格闘アクションスターの主演2作目といえば、『マッハ!!!!!!!!』(2003年)で主演デビューを飾ったトニー・ジャーの2作目が『トム・ヤム・クン!』(2005年)であったように、前作の路線を守りつつ、スケールアップさせた映画になることが多い。しかし、彼らは違った。なんと、格闘アクションに続き、チリ映画で今まで作られることがなかったスーパーヒーロー映画に挑んだのである。
しかし、新人監督と新人アクターの二人には、MCU映画のような大作映画を作ることは不可能だ。そこで彼らは、当時としては斬新なヒーロー映画のアイデアを思いつく。それがマルコ主演第2作『ミラージュ』(2007年)だ。
本作でマルコが演じる主人公は少年時代、両親を強盗に惨殺されたうえに幼い弟が強盗にレイプされるという暗い過去を背負っていた。成長し格闘技の達人となったマルコは強盗事件以来、心に傷を負って入院生活を送る弟を支えるために、バーの用心棒をしている。しかし、無欲で優しいが画期的に内気な性格が災いし、泥酔客からは豪快にナメられ続け、クラブのオーナーからは安月給でコキ使われる、という不憫な日々……。そして住んでいる部屋は、日の光が差し込んでこないアパートの半地下部屋。彼が浮世の憂さを忘れることができるのは、カビ臭い部屋で黙々とトレーニングをしているときだけ……。
マルコ・サロールは他出演作では、アグレッシブな気性のオーナーやクールなキャラクターを演じることが多い。しかし本作では、「北斗の拳」のラオウのような体格の彼が劇中、広い肩幅を常にがっくり落とし、しょんぼりと佇むスタイルをキープオン。その姿はかなり濃いめの哀愁を漂わせていて、彼の演技力の幅を感じさせる。
この投稿をInstagramで見る
ある晩、マルコが日課のジョギングしていたとき、目出し帽で顔を隠した3人組の住居強盗を目撃。内気だが正義感は強い彼は、住居の外にいた強盗の一人を倒して目出し帽を奪い、自身の正体を隠した。住居に潜入したマルコは、住人女性を暴行しようとしていた残りの二人も倒すと、何も告げずに去っていく。
とんでもないことをしてしまった……。半地下部屋で頭を抱えるマルコ。しかし、実は彼が救った女性はアナウンサーで、マルコの行為は彼女が出演する報道番組で「謎のスーパーヒーローが女性アナウンサーを強盗から救う!」とビッグニュースとして扱われた。しかも、そのニュースを観たマルコの弟は「この世界にスーパーヒーローがいる!」と勇気づけられ、閉ざしていた心を少しずつ開くようになる。
根が尋常じゃないくらい真面目なマルコの中で、熱いサムシングが目覚めた。
「僕は、この街の平和を守るスーパーヒーローになる!」
そう誓ったものの半地下の住人マルコには、スパイダーマンのような特殊能力も、ブルース・ウェインのような財力も、トニー・スタークのようなハイスペックな頭脳もない。さらに言うと、バットマンの執事アルフレッドやトム・ホランド版『スパイダーマン』シリーズのネッドのように協力してくれる仲間もいない。ついでに書くと。ヒーローのスーツをデザインするセンスも画力も無い……。
ヒーローになるための条件が“常人離れした格闘スキルと正義を愛する心”しかないマルコが、(悪い意味のほうの)画伯級の画力でヒーローのスーツを懸命にデザインしたり、真剣な顔つきで(画期的にダサい)武装コーディネートをいろいろと試したりする姿は非常に味わい深い。
苦労の末に完成したのは、軍物のフィールドジャケットに手作りの青いマスク&手袋を装着という、スーパーヒーローというよりも派手な空き巣と言ったほうがふさわしいスタイルの激安ヒーローだった。その名は「ミラージュマン」。
根が不気味なほど真面目なマルコは、ミラージュマン活動用のメールアドレスを作り、「何かお困りのことがあればメールをお送りください」と書かれたビラも作成。かくしてミラージュマンの戦いが幕開けした!
あの大ヒット作よりも早かった!DIYヒーロー好きは必見
このように本作は、「もしもブルース・ウェインがド貧乏なのにヴィジランテ活動をしていたら?」や「クモの特殊能力を授からなかったピーター・パーカーが親愛なる隣人になるには?」というユニークな視点で作られている。財力も特殊能力もない主人公がヒーロー活動をする作品といえば『キック・アス』があるが、そっちが公開したのは2010年。さらに書くと『キック・アス』の原作コミックがリリースされたのは2008年。もちろん『キック・アス』は素敵な映画だが、このアイデアは2006年に公開された『ミラージュ』のほうが早い。
しかも、現実離れしたアクションが展開される『キック・アス』とは違い、本作のアクションは徹底的なリアル路線を貫いている。それでいて、武装スタイルは泣けるほどダサいがワイヤーワークに頼ることなく、己の身体能力のみで重力から解放されたように宙を舞いながらなアクロバティックな技を繰り出すマルコのアクションは素晴らしい!
After that tweet yesterday, was compelled to revisit Zaror & Díaz Espinoza’s Mirageman (2007). Low-key one of the most fun and unique entries to the genre. pic.twitter.com/q3PZGbU4Tl
— ChristianV (@GenreFilmAddict) July 1, 2021
アクションだけでなくドラマのトーンもリアルに描いている。その結果、ピュアなハートの半地下青年が激安スーツでド真面目にヒーロー活動をするが、世間からは1ミリも理解されない苦渋に満ちた様子を、マルコが真剣に演じれば演じるほど観客から心地よい笑い&さわやかな涙を引き出すシステムになっている。本当の話ですよ。電気が止められた半地下部屋で、ロウソクの灯りを頼りにチープな秘密兵器を一所懸命に作るマルコの姿は泣けること間違いなしですから!
それでいて劇中、ヒーロー活動するミラージュマンの姿を、アメリカのTVドラマ『アメイジング・スパイダーマン』(1977~1979年)のOPをパロディ風に描くなどの遊び心も満載。クライマックスには、格闘アクションと『タクシードライバー』(1976年)のモーテル内の銃撃戦がドッキングしたようなバイオレンスきわまりない展開が待っている、という本当に目が離せない作品なので、格闘アクション映画やヒーロー映画、そして孤独な人を描いた映画が好きで未見の方は一人でも多くの人に観て欲しい!
完成した『ミラージュマン』はチリで大ヒットしただけでなく、海外の映画祭でも好評を博した結果、ハリウッド・リメイクも企画された。『ランダウン』のアクション監督アンディ・チェンが監督、主演はマルコが続投して、『DEFENDER 3D』というタイトルで撮影されるはずであった。が、残念ながら企画は頓挫してしまう。
この投稿をInstagramで見る
チリ初の格闘アクション映画に続き、チリ初のスーパーヒーロー映画を成功させたマルコとエルネスト監督コンビは、続けざまに『愛と復讐のマンドリル』(2009年)を発表。本作では、一匹狼の殺し屋に扮したマルコが、前作とは打って変わりタキシードやスーツ姿をジェームズ・ボンド風にキメて、恋愛劇も展開。アクションシーンでは格闘アクションだけでなく、ガン・アクションも披露して新たな魅力をアピールしている。
この投稿をInstagramで見る
ちなみに以前、BANGER!!!で『ジョン・ウィック:コンセクエンス』のファイトコレオグラファー・川本耕史さんとスタントパフォーマー・伊澤彩織さんを取材した際、マルコはアクションのトレーニングが終わった後も一人で黙々とトレーニングしていた、という不気味なほどのストイックさがうかがい知れる逸話を教えてもらった。
なお、当のマルコは海外のインタビューで、自身のトレーニング観についてこう語っている。
エルネストと作るチリのアクション映画は低予算でスケジュールも限られている。だから僕は1日中、休むことなくアクションの撮影ができる体力がつくようにトレーニングしているんだ!
文:ギンティ小林
<【後編】「インカ帝国で誕生した必殺の戦闘術」とは?一子相伝の俺ジナル拳法めぐる闘い描く『フィスト・オブ・ザ・コンドル』誕生秘話&マルコ・サロールの魅力>に続く!
『フィスト・オブ・ザ・コンドル』は2024年2月2日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
『フィスト・オブ・ザ・コンドル』
16世紀、コンキスタドールの侵攻によりインカ帝国が崩壊。必殺戦闘術「コンドル拳」について書かれた神聖な書物は隠され、コンドル拳の継承者によって何世紀にも渡り大切に守られてきた。
幻の道場で、コンドル拳の師から学んだ戦士は師匠から継承者に選ばれるが、双子の弟に全てを奪われてしまう。手引書を狙う猛者たちからの、弟の手下からの追われる身となった男は、壮絶な闘いに身を投じていくこととなる...。
闘いの火蓋が、今、ここに切られた!
監督・脚本:エルネスト・ディアス=エスピノーサ
出演:マルコ・サロール、ジーナ・アグアド
制作年: | 2023 |
---|
2024年2月2日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開