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婚約の翌日に恋人が失踪 『市子』杉咲花×若葉竜也が赤裸々に語る「“わからなさ”こそが日常」模索と受容と発見を繰り返した撮影秘話

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ライター:#遠藤京子
婚約の翌日に恋人が失踪 『市子』杉咲花×若葉竜也が赤裸々に語る「“わからなさ”こそが日常」模索と受容と発見を繰り返した撮影秘話
若葉竜也 杉咲花
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「“わからなさ”こそが日常だと思う」

―『市子』の登場人物で、若葉さんが演じた長谷川には踏み込みすぎない優しさがあったように感じました。

若葉:僕は“優しさ”という感覚があんまりなくて、むしろ臆病だったから踏みこめなかったと感じていて、そこで一歩踏み込んでいたら何かが違ったかもしれない。カテゴライズすることはすごく簡単だし、一歩引くことはすごく簡単だと思っているので、優しさという印象ではなく、自分のためにという感覚でした。

例えば恋人でも友達でも、怖くて聞けないことって山ほどあるじゃないですか。でも、それって果たして相手のためなのか、自分のためなのかと問われると、僕は自分のためという気がしてしまいました。

杉咲:私は市子として長谷川くんと向き合っていたので、市子にとってはその距離感が心地よかったんだと思っている部分もありますが、必要以上に相手に立ち入らない長谷川くんは、ある意味すごいと思います。

杉咲花

―本作は、隣にいる人のことを分かったつもりになってはいけない、というテーマが込められた作品ですよね。本来、人間は複雑で矛盾も抱えていますが、近しい人の意外な一面は、近ければ近いほど受け入れるのが難しいこともあります。お二人は自分が知っているつもりだった人の意外な面や考え方に出会ったとき、どう受け止めていますか?

杉咲:私は、他者と自分の考え方の違いや、見覚えのないものに出会ったときに戸惑ってしまうことは不自然なことではないと思うのですが、それとセットで相手を否定してしまうことは、結局は自分が相手にそうあってほしい、そうでないと安心できないという自分の勝手な都合なのではないかと思います。私自身もそのような捉え方をしてしまったことが過去にあったのですが、このところはそういった考えの持つ鋭利さについて考えるようになりました。本来は“わからなさ”こそが日常だと思いますし、その人の考えや大事にしたいものというのは、その人だけが決めていいもので、だからこそ意外な面に対して興味深く感じたり、尊重できるような人でありたいと思っています。

―今回の映画で、考えに変化が生まれたりしましたか?

杉咲:そうですね。「市子」を含めた、近年関わる作品からもヒントをいただいている実感があります。

若葉:僕はわりと、うれしいなと思うタイプですね。 そもそもそういうものだと思っているので。 だからそんなに拒絶もないし、それが嫌だったら、そもそもその人に興味を持っていないと思うんです。その人を知りたいと思うというのは興味があるわけで、その人から意外な一面が出てきたときに面白いなっていう感覚になります。

―長谷川は新しい市子のいろんな顔が出てきても常に力まない、ゆったりした包容力みたいなものがあって、本人の中では動揺もあるのかもしれないけれど、それを他人に出したりはしない。若葉さんも、そういうタイプですか?

若葉:そうだと思いますね。何かを強要することもないし、自分の理想通りであってほしいと思うこともないので。基本的に人間は感情、怒りとか悲しみとかっていうものを抑え込むものだと思っていて、ほかの映画の登場人物が怒りや悲しみを出しすぎていると、観ていて冷める瞬間はあります。「そんな悲しみを見せたり涙を流せたり怒れたら、もう逆にあなたはちゃんと一人で生きていけます。それができないからみんな苦しいんです!」って感じることが多いですね。怒るときも一瞬ブレーキかかるっていうか、「これ怒っていいのかな?」とか「俺が正しいのか?」とかあるじゃないですか、やっぱり。そこをパーンと行けちゃう人って、ちょっとおかしいと思うんです。

若葉竜也

「純粋に和歌山にいる時間がすごく好きだった」

―演じていて辛いシーンはありませんでしたか。

若葉:いっぱいあるんじゃないですか、市子は。

杉咲:そうですね。でも、プロポーズのシーンが一番どっと来たかもしれません。撮影が早く終わって、ふらふらとスーパーで3食分ぐらい買ってしまいました(笑)。

若葉:ストレスで。

杉咲:ストレスじゃない、お腹空いて。

若葉:暑かったし(笑)。

杉咲:エネルギーを入れたいなと思って!(笑)。

―それを全部食べ切ってしまうぐらいの勢いでしたか。

杉咲:買ってみたものの、ほとんど食べきれなかったです。なんだかわからないけど胸がいっぱいになってしまって。

©2023 映画「市子」製作委員会

―若葉さんはどんなところが辛かったですか。

若葉:1年くらい前の撮影なので……。

杉咲:……ほら、ゆりさん(市子の母・川辺なつみ役の中村ゆり)とのシーンとか……!

若葉:ゆりさんとのシーンは、「雨が降りそう」とか考えなきゃいけないことがいっぱいあって。感情を作って現場に入って、緊張感の中「用意、スタート!」ってかかったわけじゃなくて、「雨が止んだぞ!」「いまだったら撮れる、行け!」って撮ったんですよ。

杉咲:それは怖い……!

若葉:そう、だからああいう顔になったんだろうと思うんです。準備がなくて自我が捨てられた。辛いというのは……感情的にですか?

©2023 映画「市子」製作委員会

―いえ、体力的にも。

若葉:僕、ホテルで寝られないんですよ。だからあんまり俳優に向いてないんですけど(笑)、ずっと和歌山でロケをしていたので本当に寝れなくて、そこが辛かった。

杉咲:どうにかしてあげたい。

若葉:でも撮影が進むごとに市子を追って行く時間が進んでいくので、その寝られない疲弊と市子を追っている(長谷川の)疲弊がリンクしていって、もう寝なくていいやってなった状態で。そういう意味でも体力的には本当に辛かったですね。熱中症みたいになるし、暑いし、烏龍茶が用意されてたんですけど……ぬるいんですよ。烏龍茶は喉がカピカピになるから撮影中あんまり飲みたくないんですよね。そんか過酷な撮影現場でした。朝から撮ってるけど撮影終わんないし。

杉咲:文句ばっかり……。

©2023 映画「市子」製作委員会

―そんなにテイクを重ねられた?

若葉:いや、そんなことはないです。でも終わらないんですよね。ずっと撮ってました。

―どんな感じで気分転換されていたんでしょう? それともあえて転換しないように何もしなかった?

杉咲:意識的に気分転換をしていたわけではないのですが、純粋に和歌山にいる時間がすごく好きだったので、撮影のない日は散歩をしたり外食に出たりと充実していました。

若葉:僕も気分転換という感じでもなかったですね。撮影が終わったらやっぱり安心するし、「今日は以上です」と言われたときには安堵するので。(市子を捜索する刑事・後藤を演じた)宇野祥平さんと6時間くらい喫茶店で他愛もない話をしたりとか、その時間は幸福でしたね。宇野さんと2人でこんなに喋れるんだっていう役者としてのうれしさもあるし。映画のこととか「最近どう?」とか、「昨日なに食べた?」とか。

杉咲:あ、(宇野さんが)好きな人だ(笑)。

若葉:そう、「好きな人いる?」とか(笑)。そういう感じです。

©2023 映画「市子」製作委員会

「市子に実際に会ったらなんて言っていいか分からないけれど、“隣の人”には何かを伝えられるような気がします」

―私自身、市子が苦労していたのと同じ年頃に介護の問題とか何も知らないでのんきにサラリーマンやってたな、みたいな反省もあって、若葉さんの「軽薄な自分に向き合って」という言葉に心を動かされました。過去の自分に向き合うようなシーンもいっぱいあったということですか?

若葉:役者をやっていて、「この役を理解したぞ」とか「この役をつかんだ、わかった」と思った瞬間が一番危ないと思っていて。「わからない」ということを受け入れることがすごく大事だと思うし、わかりたがっちゃうんですよね、すべてのことを。隣にいる恋人とか家族、友人のこともそうだし、殺人犯の動機とかも。高齢者の万引きがあったとして、「ただワサビが欲しかったんだ、この人は」みたいにカテゴライズすることが危ない感情だなと思います。

©2023 映画「市子」製作委員会

―この映画にはシングルマザーの生きづらさや貧困や介護の問題が背景に入っていて、 映画を観たあとで社会ニュースを見ると、市子がネグレクトされたすべての人を象徴しているように感じられてしまったんです。もしいま、お二人の前に市子がいたらなんと言ってあげたいですか。

若葉:うーん、市子になんて伝えたいか……。あくまで個人的な感想ですが、きっとこの映画はそこまで壮大なことを言いたいわけではなくて、市子という人を見たときに、好きな人とか家族とか友人になんて言葉をかけられるか、その人をわかってるという自分をどこまで疑えるか、ということだと思うんです。

だから市子に何かというよりも……壮大な言い方をすれば「隣の人を愛せるかどうか」だと思うんです。それが市子にどう伝わるか? っていう問題だけな気がしていて。例えばネグレクトなどの社会的な問題を描いた社会派映画ではなくて、隣の人とどう接するかっていう、シンプルなことだと思う。市子に実際に会ったら、僕はなんて言っていいか分からない。けれど、市子じゃなくて隣の人には、何かを伝えられるような気がします。

杉咲:素敵。私も、市子にどのような言葉をかけるかという問いには答えが見つかりません。

若葉:難しいよね。市子に言葉をかけるのは、ちょっと難しいかもしれない。

杉咲:話が逸れてしまいますが、(劇中で)長谷川くんが「会って抱きしめたい」と言うシーンがとても好きです。長谷川くんだから言える言葉だと思って。

若葉竜也 杉咲花

―最近、ネガティブ・ケイパビリティっていう言葉もあるんですよね。自分の中でわからない状態のままでも、わからないものとして引き受ける能力のことを言うんですが、今日のお二人のお話でそういうことをすごく感じさせられました。

若葉:僕はその言葉は初めて聞いたんですけど、昔からそう思ってました。わかったように喋る自分も嫌だし、喋られるのも嫌だし。“わからないっていう状態が普通”だよねって。

取材・文:遠藤京子

撮影:落合由夏

『市子』は2023年12月8日(金)よりテアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

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『市子』

川辺市子(杉咲 花)は、3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズを受けた翌日に、突然失踪。途⽅に暮れる⻑⾕川の元に訪れたのは、市⼦を捜しているという刑事・後藤(宇野祥平)。後藤は、⻑⾕川の⽬の前に市子の写真を差し出し「この女性は誰なのでしょうか。」と尋ねる。市子の行方を追って、昔の友人や幼馴染、高校時代の同級生…と、これまで彼女と関わりがあった人々から証言を得ていく長谷川は、かつての市子が違う名前を名乗っていたことを知る。そんな中、長谷川は部屋で一枚の写真を発見し、その裏に書かれた住所を訪ねることに。捜索を続けるうちに長谷川は、彼女が生きてきた壮絶な過去と真実を知ることになる。

監督:戸田彬弘
脚本:上村奈帆 戸田彬弘

出演:杉咲花 若葉竜也
   森永悠希 倉悠貴 中田青渚
   石川瑠華 大浦千佳 渡辺大知
   宇野祥平 中村ゆり

制作年: 2023