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婚約の翌日に恋人が失踪 『市子』杉咲花×若葉竜也が赤裸々に語る「“わからなさ”こそが日常」模索と受容と発見を繰り返した撮影秘話

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ライター:#遠藤京子
婚約の翌日に恋人が失踪 『市子』杉咲花×若葉竜也が赤裸々に語る「“わからなさ”こそが日常」模索と受容と発見を繰り返した撮影秘話
若葉竜也 杉咲花
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「目の前の人のために、ただそこにいてくれる人」

―杉咲さんが演じた市子の印象、若葉さんが演じた長谷川の印象を、それぞれお聞きしたいです。

若葉:僕は台本をもらったときから杉咲花という女優が演じる市子という役にとてつもなく興味があって、それを間近で見たいとすごく思っていました。本当に奇跡みたいなことを連発するんですよね。僕、本当に、良くも悪くも共演して“大したことない”と思った人に対して、取材でも別に何も言わないんですよ(取材陣爆笑)。

批判はしないし「僕は別に何とも思わなかったです」とも言わないけど、八方美人なのかサービスなのか分からないですけど、「いやほんとこの役者さんはステキでしたー(棒)」とか、メディアとかでもなにか食べて「これ美味しいです!」みたいな嘘を、みんなつくじゃないですか。僕個人はそれが見ていて薄寒く見えるんですよ。僕が本当に「素晴らしい」と思った時とか、例えば食べ物でも「おいしい」って言ったときとかに全部嘘になっちゃう気がして、なるべくそういう嘘をつかないようにしていて。でも杉咲さんに関しては本当に、一個次元が違うところにいるなという感覚でした。

若葉竜也

―その“奇跡”のような瞬間とは……。

若葉:プロポーズのシーンもそうでしたし、本当にすべてのシーンが奇跡みたいで。もう絶対2~3テイク目ではできないだろうと思ったし……。杉咲さんのすごいところって、カット終わって3テイク目ぐらいから全然、表情、顔、ダメになるんですよね(笑)。

杉咲:(笑)否定できない……。

若葉:だからもう、なんか本当に何にも感情が動いてないみたいな。「だってさっきので決まりじゃん」って現場もなってたし。それだけ鮮度を持って、上手い下手とかっていうことではなくて、魅力的ということなんですよね。上手にやることってすごく簡単で、60点とか70点をずっと叩き出しとけばいい。それが上手っていうことだと僕は思っていて、でも技術じゃない、本当に細胞レベルのことでやってるからこそ面白かったんだろうし、“究極系”な気がしました。だから全部のシーンが奇跡的でしたね。

©2023 映画「市子」製作委員会

杉咲:恐縮です。でも若葉くんじゃなかったら、あんな風な表現にはならなかったと思う。(若葉が演じる)長谷川くんとのシーンは3日ほどしかなかったんです。プロポーズのシーンは2日目でした。まず初日に二人の回想シーンを1日かけて撮影したのですが、3年間もの時間を共にした二人の間で育まれたものを自分の中に落とし込めるか、最初はとても緊張がありました。

ですが若葉さん演じる長谷川の前に立っているだけで、不安が一気に払拭されるというか、この人に見つめられている世界に、今、市子がいるということが、なんて幸福なことなのだろうと感じたし、 私は、若葉さんこそ再現できないようなお芝居をされる方だと思っているんです。自分の損得ではなくて、目の前にいる人のためにただそこにいて、その時の気持ちに純粋に反応してくださる方なので。

若葉:まあ、二人とも安定感はないってことか(笑)。

杉咲:うん(笑)。私は演じ手として、「いいシーンにしたい」とか「いい表現ができたらいいな」という思いになってしまう瞬間があるのですが、若葉さんを前にするとそういう欲が消えてしまう。用意されたセリフを話しているのではなくて、何もかもが偶発的に起こったことのように思えてくるんです。そんな方とご一緒させていただけることは本当に幸せなことですし、心から信頼を抱いていました。

杉咲花

「自分にとって忘れられない瞬間ほど、そのときに戻れない」

―撮影期間中、お二人は撮影の合間にどんな会話をされたんでしょう?

杉咲:超カジュアルだったよね?(笑)。

若葉:超穏やかな(笑)。ご飯なに食べた? とかはよく話した気がしたね。「和歌山の撮休、何食べた?」とか、「ここのラーメンおいしかったよ」とか。なんか僕、本当に興味があったりする人じゃないと“昨日なに食べたんだろう”とか本当に聞かないんですよね。その生きる根源っていうか、食べることが気になるってことは、きっと好きなんだろうなっていう思いでした。それはある種、自分の基準にしてることであって、共演者で「昨日この人なに食べたんだろうな」とかって思うと「あ、自分は好意を抱いているんだな」って思ってるんです。食べ物の話はすごく多かった気がしますね。

©2023 映画「市子」製作委員会

杉咲:なに話してたっけ?

若葉:「今日、花火大会らしいよ」とか。

杉咲:現場の近くで、音が聞こえたんだっけ?

若葉:見えた見えた。覚えてないの?

杉咲:うん……! ちょっと記憶が薄れてるなぁ。

若葉:すごい花火が見えてたんですよ。

杉咲:そうだ。確かその後に、劇中で市子が走っていくトンネルが近くにあるのですが、そこが夜になると結構怖い場所で。ちょっと一人で(若葉に)奥まで行って来てもらおうと思って、離れたところから眺めてました(笑)。

若葉:市子が歩いた道を歩いたりとか。クランクアップしてすぐ帰りましたけどね、東京に。

杉咲:名残惜しさゼロで。これだけ色濃い時間を共にしたわけですし、最終日まで残ってくれると思うじゃないですか。でも、アップのタイミングで帰ろうとしている気配を感じとったので、「また明日ね!」と念を押してみたのですが、次の日現場を見渡したら本当にいなかった……。

©2023 映画「市子」製作委員会

―「記憶が薄れてる」とおっしゃったのは、それが1年前の撮影だったからというよりは、やっぱり入りこんで市子になっていたからなんでしょうか。

杉咲:どうでしょう? 入り込んでいたとはあまり思っていないのですが、現場が本当に楽しかったんです。矛盾しているかもしれませんが、自分にとって忘れられない瞬間ほどそのときに戻れないというか、半分夢だったみたいな感覚になってしまうことが私は結構あって。そしてそういった曖昧な記憶ほど信じられる感覚があるんです。市子を演じていて感じたことも、そうでないときに現場で過ごして楽しかったことも、強烈にかけがえのない時間だった感覚だけが心に残っています。

―撮影時期が夏で良かったことはありますか?

杉咲:本編でも印象的に響き渡る蝉の鳴き声は、実際の現場でもずっと共にしていたもので、生命を感じずにはいられない日々でした。それから、暑くて暑くて体力が奪われていく感覚も、役を演じる上でとても重要なポイントだったように思います。

少し話が逸れるのですが、クランクイン前に、若葉さんがスタイリストさんに「現場で流れる汗を大事にしたいから、あまりケアをしないでほしい」とリクエストされたと聞いて、さすがだなと思って。私も見習っていたのですが、初日に若葉さんを見たら、思いっきり氷嚢当ててました。

若葉:(笑)。不覚にもちょっと熱中症みたいになってしまって。

杉咲:うそうそ(笑)。体調管理が一番ですからね。

若葉:これはマズいぞと思って「氷嚢、氷嚢ください!」って(笑)。でも汗とかは本物です。さっき杉咲さんがおっしゃったみたいに、映画に乗ってくる蝉の鳴き声とかが本当に窓の外から聞こえてくるので、たとえばセリフのやり取りの中で黙った瞬間も「ミンミンミンミン」って聞こえてくる。心地よさもあれば、シーンによっては煩わしく聞こえたり。 それはやっぱり、役者の温度を上げる作用はあったかなと思います。

若葉竜也 杉咲花

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『市子』

川辺市子(杉咲 花)は、3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズを受けた翌日に、突然失踪。途⽅に暮れる⻑⾕川の元に訪れたのは、市⼦を捜しているという刑事・後藤(宇野祥平)。後藤は、⻑⾕川の⽬の前に市子の写真を差し出し「この女性は誰なのでしょうか。」と尋ねる。市子の行方を追って、昔の友人や幼馴染、高校時代の同級生…と、これまで彼女と関わりがあった人々から証言を得ていく長谷川は、かつての市子が違う名前を名乗っていたことを知る。そんな中、長谷川は部屋で一枚の写真を発見し、その裏に書かれた住所を訪ねることに。捜索を続けるうちに長谷川は、彼女が生きてきた壮絶な過去と真実を知ることになる。

監督:戸田彬弘
脚本:上村奈帆 戸田彬弘

出演:杉咲花 若葉竜也
   森永悠希 倉悠貴 中田青渚
   石川瑠華 大浦千佳 渡辺大知
   宇野祥平 中村ゆり

制作年: 2023