マチュー・カソヴィッツ『憎しみ』で描かれた“パリ郊外(バンリュー)”の問題は、先鋭化して残っている

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ライター:齋藤敦子
マチュー・カソヴィッツ『憎しみ』で描かれた“パリ郊外(バンリュー)”の問題は、先鋭化して残っている
撮影:齋藤敦子
カンヌ映画祭で「パリ郊外(バンリュー)」の問題が持ち込まれてから20年以上が過ぎた。2019年、この問題はさらに先鋭化して残っている。

名作『レ・ミゼラブル』の150年後を、作品の舞台となった街で生まれ育った監督が描く

フランス映画のトップを切って、『レ・ミゼラブル(原題)』がコンペティションに登場した。ミュージカル<レ・ミゼラブル>の原作は、フランスの国民的作家ヴィクトル・ユゴーが19世紀中頃に書いた大河小説だが、そのとき、ユゴーが作品の舞台にしたパリ郊外の町がモンフェルメイユで(テナルディエの家があり、ジャン・バルジャンがコゼットと出会うところだ)、その150年後の姿を描いたのが、モンフェルメイユで生まれ育った映像作家ラジ・リで、彼の長編劇映画デビュー作である。

主人公は、モンフェルメイユの犯罪取締班に配属された新任警官と同僚のベテラン警官2人。彼らは、一見平和に見えるが、実は出身地や宗教で様々なグループが複雑に対立する犯罪多発地域を、法の力でコントロールしようとする。が、ある事件がきっかけで、さらなる対立が生まれ、ついにはグループ間の対立から世代間の対立へとエスカレートしていく。

犯罪多発地区バンリュー(パリ郊外)の問題を最初にカンヌ映画祭に持ち込んだのは、マチュー・カソヴィッツの『憎しみ』(1995年)だったかと思う。カソヴィッツやヴァンサン・カッセルが“怒れる若者”だったのだから、ずいぶん月日がたってしまったものだ。しかし、『レ・ミゼラブル(原題)』を見れば、カソヴィッツが『憎しみ』で描こうとした問題は、今もそっくりそのまま、いや、さらに先鋭化して残っていることが分かる。

説明的な描写はない。ただ事実だけが積み重ねられていく。10年以上もこのテーマを温めてきた監督のラジ・リは、最初から最後まで一瞬の緩みもない、異様な緊張感を持続させながら、バンリューの現実を我々に突きつける。

写真・文:齋藤敦子(photo&text by Atsuko Saito)

【BANGER!!!×MoviePlus】第72回カンヌ映画祭特集

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