ロジャー・コーマン監督が惚れた『PERFECT BLUE』、南阿佐ヶ谷の机の上からベルリン映画祭へ!(2/2)

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ライター:BANGER!!! 編集部
ロジャー・コーマン監督が惚れた『PERFECT BLUE』、南阿佐ヶ谷の机の上からベルリン映画祭へ!(2/2)
『パーフェクトブルー』©1997 MADHOUSE
アニメーションで本格的な現代サスペンスに挑んだ『PERFECT BLUE』が、世界中で大絶賛された今敏監督。本作は日本公開よりも早く海外映画祭で様々な賞を受賞し、世界21ヶ国での販売ライセンスを獲得した。20年前、まだ日本のアニメに現在程の影響力がなかった時代、初監督作品の時点で“世界の今敏”に押し上げたのは当時の海外セールス担当である中垣ひとみさん。作品セールスのために世界的監督たちへ直撃したこと、ベルリン映画祭での今敏監督夫妻との思い出をとても楽しそうに語ってくれた。

ロジャー・コーマンにコメントを貰いに行くなんて、知識があったら絶対にできない

『パーフェクトブルー』©1997 MADHOUSE

-ファンタスティック映画祭でベストフィルムに選ばれてから、そのほかの映画祭の反応はどうでしたか?

ファンタジア映画祭での受賞のおかげで、いろいろな映画祭から招待状が届くようになりました。次に行った韓国のプチョン国際ファンタスティック映画祭も、今監督と一緒にご招待いただきました。この時点で、「この作品は海外に売れる」と感じていたので、売るためにできることはなんでもしよう、と思い始めましたね。

-例えばどのようなことをされましたか?

プチョン映画祭では審査員として著名な監督が来ることが分かったので、審査員リストを事前に送ってもらい、日本のPR会社の方に「この中ですごい人にマーカー引いてください!この人にコメントもらったら売れる、という人を教えて!」とお願いするために、大阪から東京に出向いたんです(笑)。まだまだエンタメ業界のことは全く分からなかったんですよね。そこでラインを引いてくれたのが、ロジャー・コーマン監督(『デス・レース2000年』ほか監督)とアーヴィン・カーシュナー監督(『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』ほか監督)。

映画祭が始まってすぐに本部に出向き、韓国語の通訳さんを紹介してもらい、「この人たちが会場に来たら連絡して!」と、ラインが引かれた監督の名前を伝えたんです。そうしたら、あるパーティにロジャー・コーマンがいるよ、という情報があったので、ひとりで乗り込んだんですよね。でも、どの人がロジャー・コーマンかわからない(笑)。となりの人に「ねぇ、どの人がロジャー・コーマン?」と聞いたら、指差した先に人だかりができていたんです。なのでその人だかりをかき分けて行き「監督!あなたの作品の大ファンです!本当に素晴らしい!」って(笑)

-とにかく気づいてもらうことが大事だと(笑)

もちろん!前の人を押しのけて、後ろから押しかけてくる人も体でブロックして(笑)近づいていきました。そうしたら、ちゃんとこちらを見てくれて、声をかけてくれたんです!すかさず「『PERFECT BLUE』は私たちレックス社の第1作です。幸運にもファンタジア映画祭でベストフィルム賞を取りました!ぜひスクリーニングでご覧いただき、ご意見をいただけませんでしょうか?世界に名高いロジャー・コーマン監督から学び、次の作品に活かしたいと思います!」と、とにかく熱烈にお願いしたんですね。そうしたら、彼も審査員として見なければいけない作品と(『PERFECT BLUE』上映の)日時がダブっている中、『PERFECT BLUE』の上映に来てくださったんです。

-審査員として見なければいけない作品を蹴って来てくれたんですか?

とっても良い方ですよね(笑)。審査員として見なければいけない作品はビデオで見ることにしてくださったんです。映画祭のディレクターにコーマン監督が観にいらっしゃることをお伝えしたところ、『PERFECT BLUE』上映時、少し上の貴賓席をご用意くださり、ディレクター自らが上映前に「ロジャー・コーマン監督がいらしてくださいました!」とご紹介されました。監督はスポットライトが当たる中、立ち上がって手を振り、観客の歓声に応えておられましたね。そして上映後、席からスクリーンの横にいる私のところまで走ってきてくださり、ハグしながら「本当に素晴らしい作品だ!」と褒めてくださった。さらに、「翌日のパーティで推薦コメントをあげるから、来なさい」とまで言ってくださって。

そこで翌日のパーティで直筆のコメントをくださり、「フリーで使用していいよ」と言って頂いたんです。その時の直筆のコメントが、日本での公開当時のパンフレットに使われています。実はそのコメント、私が使っていた商談ノートに書いていただいたんですよね(笑)。今思うと色紙くらい持ってけ!と言いたいですが、本当に当時はコーマン監督から直々にコメントをいただけるすごさもよく分かっていなかったので……ホントに何も知らなかったんですねぇ(笑)

その後、アーヴィン・カーシュナー監督にも会いに行ったんですが、彼はもう帰らなければならない日で。なので、ビデオをお渡しして、同じく推薦コメントを欲しいとお願いしました。そうしたら、後日FAXでコメントを送ってくださったんですね。もちろん、「世界中でタダで使っていいよ」の一言と一緒に(笑)。本当に、この作品の持っているパワーと運は素晴らしい。

お二人のコメントは、海外用の劇場チラシをはじめ、全世界プロモーションで使用させていただきました。

ロジャー・コーマン「驚異的で、パワフルな作品だ。もし、アルフレッド・ヒッチコックがウォルト・ディズニーと共同で映画を作ったならば、きっとこのような作品ができただろう」

日本のパンフレットでも使用された、ロジャー・コーマン直筆のコメント

-そんな偉大な監督たちに直接交渉ができるなんてすごいですね

こんなこと本当はできないですよ!(笑)でも当時、こういう場合はエージェントを通さなければいけない、なんて知らなかったんですもん!エージェントってなに??みたいな感じで(笑)

―知らないとはいえ、萎縮したりはしませんでしたか?

仕事ですよ!この作品を売るために、そんな、萎縮なんてしてられない。それに、せっかく映画祭前にマーキングまでお願いしに東京まで出向いて、手ぶらでは帰れないじゃないですか。ただ、こんなことが許されたのは、会社としても全てが初めてで、誰にも経験値がなかったからだと思います。業界を分かっている人がいたら、絶対にできなかったと思いますよ。

 -本格的に海外セールスを始めたのはいつ頃からですか?

プチョン映画祭の次に行った1997年のミラノ・フィルム・マーケットから真剣に売ろう、と決意しましたね。

その後、ヨーロッパ各国の配給会社と交渉を始め、最終的には日本公開に先駆けて、スペイン語圏、フランス語圏、イタリア語圏、英語圏、ドイツ語圏と、主要マーケットに販売することが出来ました。作品も素晴らしいので簡単そうに聞こえるかもしれませんが、実際の契約書にサインをするまで、先方の本社を訪ねることもたくさんありました。先方はエンターテインメントビジネスを主力とするプロ集団です。でも、私はやっぱりひとり(笑)。条件的にうまくいかないことだってもちろんありましたし、腹が立って電話を叩きつけるようなことも、しょっちゅうありました(笑)

今敏初監督作品でベルリン映画祭をはじめ50以上の映画祭から招待

当時のベルリン映画祭のパンフレットのコピーと、スクリーニングの入場チケット

-他に思い出深い映画祭はありますか?

スウェーデン、メルボルンなど、招待された映画祭は50以上ありました。でも、その中でも印象に残っているのは98年2月にベルリン映画祭に招待されたことですね。今監督と奥様とご一緒しましたが、監督も「南阿佐ヶ谷のスタジオの机の上で作っていた作品がベルリン(映画祭)まで来れた!」って本当に喜んでくださって。私は海外セールスと合わせて、通訳やアテンドとして監督とご一緒しましたね。監督は各国の取材からTVのインタビューまで、毎回毎回同じような質問ばかりで苦痛だったと思いますが(笑)、とても精力的に協力してくださいました。奥様もご一緒でしたので、食事などもよく行きましたね。お二人ともお酒が大好きでね、仲の良い素敵なご夫婦でした。

ベルリン映画祭上映会場の前で。今敏監督(左)と中垣ひとみさん(右)

ベルリン映画祭にて。TVや雑誌など海外メディアからの取材も相次いだ

監督は私のセールスやアテンドについても高く評価してくださいましたし、当時の様子を監督自身がかなり詳しくオフィシャルサイト(KON’S TONE)に書かれているのですが、「マダムREX」という人物が出てきます。それ、私(笑)

試写やプロモーションが終わり、一足先に監督と奥様が帰国される日、私の息子宛にお土産をくださったんです。カードも添えてくださり、裏に未麻(『PERFECT BLUE』の主人公)の絵を書いてくださった。もう私の一生の宝物です。

『PERFECT BLUE』主人公・霧越未麻のイラストと今敏監督のサイン

-お話を伺うと『PERFECT BLUE』の海外セールスは、知らなかったからできたことが大きいですね

そうですよ!何度も言うように知ってたらできないですよ!私たちが素人集団(笑)だったからできたんです。ただ、私が“海外に売るためにこれをやったらいいかも”と思ったことを全てやった、というだけです。

-でも、その情熱があったからこそ初監督作品で“世界の今敏”になった

いや、それはわからないですよ!いずれ世界には出られたはずです。鬼才の今監督ですから。いまも監督がお若くして亡くなったことは(2010年 46歳没)、日本アニメ界の大きな損失だと思っています。

-改めて当時を思い出していただいていかがですか?

当時の私は、作品の世界観てなんのこと?と思うくらいアニメーションを見る目がなかったです。『AKIRA』(大友克洋監督/1988年)だって、この仕事を始めてから観たくらい。でも、私は根っからのセールスパーソンなので、ファンタジア映画祭に行って、みんなが素晴らしいと言ってくれた。そんなにいいんだったら売ろう!と思って必死で売ったし、やってみたら何より楽しかった。(ファンタジア映画祭から)2年ちょっとの間、大変なこともたくさんありましたが、充実した日々でした。今監督はじめ、MAD HOUSEの丸山社長(当時)やご助力くださった国内外の映画人の方々には感謝しかありません。

この仕事を続けたい!と強く思いましたが、私にはご縁がなかった。いまも残念に思っています(レックスエンタテインメントの販売するアニメーションは『PERFECT BLUE』のみ)。

今監督はその後、『パプリカ』で2006年のヴェネツィア国際映画祭のコンペに出るような監督になり、その今敏監督の最初の作品に携われたことを心から誇りに思っているし、私はとても幸運でした。

ただ、私がひとりで海外で売ってくるなんて誰も信じていなかったみたいで、売って帰ってきた時は、本当に売ってきた!って全員びっくりしてましたね(笑)。きっと、こんな素人が売ってくるなんて思ってなかったんだと思いますよ(笑)。

 

<サイコホラーアニメ『PERFECT BLUE』を世界アニメファンが観られたのは、“海外セールス素人”のおかげ!?(1/2)>

『PERFECT BLUE』

今敏の初監督作で、世界中の映画祭で絶賛されたサスペンス・アニメーション。アイドルグループを脱退し、新人女優として第一歩を踏み出した霧越未麻。しかし、自分の意向とは裏腹に舞い込む過激なグラビアやTVドラマの仕事に戸惑いを隠せないでいた。そんな中、何者かから彼女を「裏切り者」と罵るファックスが届き、彼女の関係者を標的とした殺人事件が続発する…。

制作年: 1998
監督:
キャスト:
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  • アニメ
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