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『RRR』ラージャマウリ監督作 笑えて泣けるお家抗争コメディ『あなたがいてこそ』 南インド発ファクション映画

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ライター:#安宅直子
『RRR』ラージャマウリ監督作 笑えて泣けるお家抗争コメディ『あなたがいてこそ』 南インド発ファクション映画
『あなたがいてこそ』

2022年秋の『RRR』プロモーション来日から、一大旋風を巻き起こしているS.S.ラージャマウリ監督。その過去作『あなたがいてこそ』が、CS映画専門チャンネル ムービープラスで放映されます。

「大作の前に充電のつもりで撮った」

同監督にとって、2010年製作の本作は、2009年の『マガディーラ 勇者転生』と2012年の『マッキー』という、方向性はまるで違いながら野心的な2作品の間に挟まれた、ランタイム125分ほどの小品で、ハリウッドの無声映画『荒武者キートン』(1923年)から着想を得たコメディーです。「次の大作の前に充電のつもりで撮った」とは監督の弁。大作間の骨休めにまた別の映画を撮るとは、まさに“創造神”ならではです。

ハイダラーバードで小口の輸送業者として働くラームは、亡父の資産整理のために故郷のラーヤラシーマ地方に赴き、列車の中で知り合い好意を抱いた女性アパルナの家に成り行きから転がり込みますが、そこは彼を親族の仇の子として殺そうとする男たちの住処であることが分かります。大勢の使用人を抱え大邸宅に住む威厳ある家長ラミニドゥは、復讐を片時も忘れていませんが、「客人としてもてなすために招き入れた者を自分の神聖な屋敷の中で殺すわけにはいかない」「ラームが敷居を跨いで屋敷の外に出る瞬間まで待て」と、はやり立つ息子たちを制します。それを漏れ聞いたラームは、何とかして邸内に留まろうとあがきます。

『あなたがいてこそ』

原題の「Maryada Ramanna」の意味は、「尊敬すべきラーム兄貴」というあたりなのですが、古代チョーラ王国の有名な裁判官マリヤーダ・ラーマも連想させます。この人物の幾多の名裁きは、とんち話として親しまれています。また「Maryada」という語には、「敬意、尊厳」などとともに「もてなしの心」とでもいうべき意味もあるようで、劇中でお囃子のように「マリヤーダ、マリヤーダ」と繰り返されるシーンでは絵柄とのギャップが笑えます。

「ヒーロー・スニール」の役者人生すごろく

『マガディーラ 勇者転生』にも顔を出していた主演のスニールは1974年生まれ。幼少期から憧れていたのはテルグ語映画界のトップスターであるチランジーヴィ(ラーム・チャランの父親)でした。

スニール自身はスターファミリーとは無縁のため、エキストラから出発し、自分の容姿はヒーロー向きではないとの判断から、悪役俳優を目指していましたが、一方で身体能力が高くダンスが滅法上手いというアドバンテージも。いつの間にかコメディアンとして重用されるようになり、2002年ごろにブレイク。毎年15〜20本もの映画に出演するようになり、テルグ語映画界の若手コメディアンの筆頭となっていました。その彼が、『マガディーラ 勇者転生』の大成功で既にカリスマの域に達していたラージャマウリ監督と組んで主役を張るというので、本作は大いに注目されてヒットしました。

以前にラーム・チャランの紹介で書いたように、俳優の格付けがはっきりしているのがテルグ語映画界です。コメディアン枠の頂点にいたスニールは、本作への出演をきっかけに主役格男優となる意思を示し、それからしばらくは「ヒーロー・スニール」と呼ばれていました。しかし、主演になると当然ながら出演本数は激減し、しかも本作を超えるヒットが出せず先細りとなり、2010年代終わりごろには当初考えていた通りの悪役俳優に落ち着くことに。残酷な話ではありますが、同時に本作がスニールを一時でもヒーローにしたという事実は、ラージャマウリ監督特有のきめ細やかな演出や語りの巧さを裏打ちしているように思われます。本作のエンドロールでは、監督がスニールに演技をつける場面を見ることができます。

「修羅の国」ラーヤラシーマとは

ところで、名誉のための命を懸けた果し合いや、世代を継いだ復讐など、本作の作品世界を突拍子もないものと思う人もいるかもしれません。しかし、これはある程度まで現実を反映したものなのです。

アーンドラ・プラデーシュ州の内陸部、デカン高原南端のラーヤラシーマ地方は、荒々しい自然と独特の文化で知られ、テルグ語映画の中では1990年代中頃から、「ファクション映画」と呼ばれる作品群によって脚光を浴びるようになりました。

ファクションとは「徒党、党派、派閥」を意味する英単語ですが、テルグ語圏では特別なニュアンスをもって使われており、ラーヤラシーマ地方などの農村地帯に根を下ろす裕福な大地主とその家族・使用人・小作人などからなるある種の運命共同体のことを指しています。各ファクションを率いる“ファクショニスト”と呼ばれる人々には村落首長に比するほどの実力があることも。映画の中での彼らは、大家族といつでも戦闘要員になりうる多くの使用人を擁し、司法も警察も無きがごときに振る舞い、ライバル関係にある家同士で血で血を洗う抗争を繰り返すものとして描かれます。

 

実際に同地を訪れてみれば、人々の人情は厚く平和な風景が広がりますが、激烈なファクション抗争が、これまで現実に起きてきたのも本当です。このファクション映画というサブジャンルは、テルグ語映画としては初の日本劇場公開作となった『愛と憎しみのデカン高原』(1997年)が嚆矢だったと言われています。

ラージャマウリ監督は、乾ききった灼熱の大地、ラジオから流れるご当地伝説を歌うソング、鎌を手にした荒くれ男たちを荷台に満載して走るトラックなどなど、このサブジャンルのお約束モチーフを多数用いて、笑わせた末にほろりとさせる佳品を作り上げたのです。

『あなたがいてこそ』

文:安宅直子

『あなたがいてこそ』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年2~3月放送放映

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『あなたがいてこそ』

幼い頃、母に連れられ故郷を離れたラームは、大都会ハイダラバードで荷物配達をしていた。ある日、自転車が壊れ仕事をクビになってしまうも、故郷の土地を相続していたことを知る。土地を売るため、故郷に戻る道中、美しい娘と出会い意気投合するが、彼女は、亡くなっていた父親の宿敵の娘だった・・・。

監督・脚本:S.S.ラージャマウリ
出演:スニール サローニ ナジニードゥ

制作年: 2010