Netflixで大きな話題を呼んでいるドラマシリーズ『ガス人間』。東宝とNetflixが初タッグを組み、1960年の特撮クラシックを全8話の完全オリジナルストーリーでリブートした本作は、その圧倒的な映像美と濃厚な人間ドラマで多くの視聴者を虜にしています。
その原点である1950〜60年代の東宝には、きらびやかな怪獣映画の影で、人間のエゴや哀しい宿命をクールに描いた「変身人間シリーズ」と呼ばれる珠玉の特撮SF映画群が存在していました。
今回は、Netflix版のヒットを記念して、昭和特撮の黄金期を築いた「変身人間3部作」に、その先駆けとなった作品と究極の変身ホラーを加えた5作品を紹介します。レトロと侮るなかれ、そこには今なお色褪せない人間の生々しい欲望と、切ない愛の物語が眠っています。
人間の業と悲しみ
シリーズの先駆け:愛する人のため、見えない身体で悪に挑む男
『透明人間』(1954年)
監督:小田基義/特技監督:円谷英二
出演:河津清三郎、三條美紀、高田稔 ほか
【あらすじ】
ある日、顔を包帯で覆った男たちによる宝石店強盗事件が発生し、第二次世界大戦中の人体実験部隊、「透明人間」の生き残りである可能性が噂されていました。一方、ナイトクラブ「黒船」で働くピエロの南條は、ギャング団が自分たちの悪事の隠れ蓑として「透明人間」を名乗っていることに気がつきます。実は南條こそが、戦時の特殊部隊で実験台にされ、透明人間のまま終戦を迎えた本人で……。
【おすすめポイント】
東宝が本格的に「変身人間」というモチーフに挑んだ、記念碑的サスペンス。特撮の神様・円谷英二が手掛けた驚異の合成技術は、今観ても新鮮な驚きに満ちています。戦争の影を引きずり、社会の片隅でしか生きられない男の優しさと、悲劇的なラストが深く胸を締め付ける名作です。
シリーズ第1作:大都会のアンダーグラウンドを溶かす、恐怖の液体
『美女と液体人間』(1958年)
監督:本多猪四郎/特技監督:円谷英二
出演:佐原健二、白川由美、平田昭彦 ほか
【あらすじ】
麻薬密輸組織の男が、衣服と持ち物を残して跡形もなく消え去るという奇怪な事件が発生。捜査を担当する富永刑事は、生物化学者である政田の協力により、その消失が大量の放射能を浴びることで人間が液体化してしまった「液体人間」の仕業であることを突き止めます。警察、科学者、ヤクザの思惑が絡み合うなか、下水道から青く光るドロドロとした液体人間が、大都会の闇へと這い上がってきて……。
【おすすめポイント】
東宝・変身人間シリーズの記念すべき第1作。水爆の恐怖というシリアスなテーマを内包しつつ、昭和30年代のキャバレー文化やヤクザの暗躍といった「大人の歌謡サスペンス(ノワール映画)」としても抜群の完成度を誇ります。ヌメヌメと壁を這い、人間を容赦なくドロドロに溶かしていく液体人間のビジュアルは、CGのない時代だからこその生々しい不気味さです。
シリーズ第2作:科学の進歩が生んだ、復讐の瞬間移動
『電送人間』(1960年)
監督:福田純/特技監督:円谷英二
出演:鶴田浩二、平田昭彦、白川由美 ほか
【あらすじ】
第二次世界大戦の終戦直後、軍の隠し金塊を巡る陰謀に巻き込まれ、悪徳な仲間たちによって口封じのために刺し殺されたはずの男。それから14年後、当時の裏切り者たちが、不気味な予告状とともに次々と惨殺される事件が発生します。犯人が使ったのは、物体を電子に分解して別の場所へ瞬間移動させる画期的な「電送機械」。姿なき暗殺者=電送人間と化した男の、執念に満ちた復讐の猛追が始まり……。
【おすすめポイント】
シリーズ第2作であり、東宝特撮の中でも異彩を放つ本格派の「電送復讐スリラー」。SFガジェットとしての「電送装置」のデザインや、カチカチと不気味な起動音が鳴り響くなかで男がスッと消え去る瞬間移動のカットなど、スタイリッシュな演出が冴え渡ります。冷酷な復讐劇でありながら、戦争という時代の犠牲になった人間の悲哀がじっとりと描かれた一作です。
シリーズ第3作・Netflix版の原点:愛のために世界を敵に回す、究極のガス人間
『ガス人間第1号』(1960年)
監督:本多猪四郎/特技監督:円谷英二
出演:土屋嘉男、三橋達也、八千草薫 ほか
【あらすじ】
人体実験に失敗し、自らの肉体を自在に「気体(ガス)」化できるようになってしまった男・水野。彼は、没落して世間から後ろ指を指されていた美しい日本舞踊の家元・藤千代を深く愛していました。千代の華麗な復帰公演を実現させるため、水野はガス化能力を使い、銀行の金庫に侵入しては大金を強奪。警察の包囲網を嘲笑うかのように煙となって消え去る水野でしたが……。
【おすすめポイント】
今回のNetflix版の原点であり、特撮映画史、ひいては日本映画史に残る「狂おしくも美しいラブストーリー」の傑作です。怪演を見せる土屋嘉男の「ガス人間の孤独」と、若き八千草薫の息をのむような気品と哀愁。どんな強固な檻もすり抜ける無敵の怪物が、ただ一人の女性の愛の前でだけはひざまずく。ラストシーンの切なさと美しさが観客の涙を誘います。
究極の変身人間:狂気と絶望が支配する、伝説のキノコホラー
『マタンゴ』(1963年)
監督:本多猪四郎/特技監督:円谷英二
出演:久保明、土屋嘉男、小泉博 ほか
【あらすじ】
豪華なヨットでバカンスを楽しんでいた、若きセレブや知識人など男女7人。しかし、突然の嵐に遭遇し、船は大破して地図にない不気味な無人島へと漂着します。霧が立ち込めるその島には、奇妙なキノコ(マタンゴ)が生い茂り、難破した調査船の跡が残されていました。救助のあてもなく、食料も尽きかけ、飢えと猜疑心で狂い出していく7人。決して口にしてはならないとされる「マタンゴ」を、ある者が飢えに耐えかねて食べてしまい……。
【おすすめポイント】
「変身人間シリーズ」の精神的な系譜に位置する、日本ホラー映画の最高峰にして世界の映画人に多大な影響を与えた伝説の一作です。単にキノコ人間に変身する恐怖だけでなく、極限状態に置かれた現代人が、エゴや欲望を剥き出しにして自滅していく人間不信サスペンスとしての完成度も凄まじいです。そして、すべてが終わったあとに待ち受ける、あまりにも有名で救いのない「あのラストカット」は、今なお観る者の脳裏にトラウマを刻み込みます。
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見えない身体、溶かす液体、瞬間移動する電子、姿を変える気体、そして理性を奪うキノコ――。
昭和の東宝特撮が描いた「変身人間」たちは、どれも科学の暴走や戦争の影、そして人間の抑えきれない欲望が生み出した悲しき怪物たちでした。
最新のNetflix版『ガス人間』が持つあのダークで切ない空気感の遺伝子は、すでに60年以上前のこれらの傑作の中に、確かに息づいていました。
今週末は、現代のハイクオリティなリブート版に思いを馳せながら、昭和の巨匠たちが知性と技術のすべてを注ぎ込んだ、美しくも恐ろしい「変身人間」の世界へタイムスリップしてみてはいかがでしょうか。