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「カザフ族の伝説では、動物はみんな喋るんです」新鋭ジン・イー監督が語る『ボタニスト 植物を愛する少年』

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ライター:#石津文子
「カザフ族の伝説では、動物はみんな喋るんです」新鋭ジン・イー監督が語る『ボタニスト 植物を愛する少年』
『ボタニスト 植物を愛する少年』©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

『ボタニスト 植物を愛する少年』5月15日より全国公開
長編デビュー果たした新鋭ジン・イー監督インタビュー

新疆ウイグル自治区の草原の村で、植物と対話する少年の姿を描く『ボタニスト 植物を愛する少年』が、5月15日(金)より全国公開される(配給:リアリーライクフィルムズ)。これが長編デビュー作となるジン・イー監督が、自身の故郷の記憶と精神的風景をもとに、自然との対話、記憶の循環を詩的な映像で綴った美しい作品だ。

本作でベルリン国際映画祭ジェネレーションKplus部門でグランプリを受賞した中国・第8世代の俊英に話を聞いた。

『ボタニスト 植物を愛する少年』©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

「私が最も伝えたいのは、命が経験したもの」

――ジン・イー監督は現在32歳と伺いました。中国で30代前半で長編監督デビューするというのは、かなり早い方なのでしょうか?

そうですね、僕は運がいいほうです。年齢だけでなく、今の中国でこうした文芸調の映画のお金を集めるのは結構大変なんです。その面でも、とても幸運でした。

ジン・イー監督

――新疆ウイグルは監督の故郷だそうですが、カザフ族の少年を主人公にしたいと思った理由を教えてください。

新疆にはウイグル族だけでなく、カザフ族もいて、カザフ族にも長い歴史があります。カザフスタンという国のことはおそらく皆さんご存知かと思いますが、新疆のカザフ族と、カザフスタンの国の人とは、言語がちょっと違うんですね。私が生まれ育った村は多民族で、他にもいろんな民族の人が一緒に生活しています。

――監督は、「映画は物語で語らなくてもいい」ということを意識していたそうですね。映画学校(北京電影学院)に入って、それを知ったとお聞きしました。

ええ、ですから映画の中に、物語というものはそんなに明確には存在していません。私がここで最も伝えたいのは、その雰囲気というか、命が経験したもの。人と人の交流の中で、ある変化に直面した時にどう対応するのか。そういったものを主人公を通して伝えたいと思っています。

『ボタニスト 植物を愛する少年』©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

「カザフ族には長男を祖父母の子供として育てる、という習慣があります」

――映像がとても詩的です。面白いのは、主人公アルシンの兄は祖母の息子として育てられている。つまりお兄さんは叔父さんでもあるわけです。その兄はとても都会に憧れている。これは兄弟どちらか、それとも、どちらにも監督自身が投影されているんでしょうか?

若い世代というのは一般的に都会に憧れるものですよね。兄は辺鄙な土地から憧れの大都市に行って、溶け込めず、田舎に逆戻りした。しかし、都会で見知ったものもあります。そういった戸惑いを抱えながら生きている人というのは、私の友人にも多いですし、私自身にもそういう部分があります。それはカザフ族をはじめとした少数民族の人でも、僕のような漢民族の人の中にもある。一方、主人公の中にも私の記憶が刻まれている部分があります。内なる感情の部分が、そこに込められています。

『ボタニスト 植物を愛する少年』©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

――長男は祖母の息子になる、というのは、不思議な風習ですね。さらに映画の中では、行方不明になったおじさんの話が何度も出てきます。主人公は彼から植物について学んでいましたが、あれは、実際には主人公の父親ということなのでしょうか?

カザフ族は伝統的に、長男を祖父母の子供として育てる、という習慣があります。一番上の孫が祖父母の子供になるんです。なぜかといえば、高齢の親を連れては遊牧ができないので、そのために一番上の子を一緒に住まわせるわけですね。

この映画の中で語られる行方不明のおじさんは、ある意味では精神面の父親とは言えるでしょう。人の人生において植物はどういう存在なのか、ということを教えてくれてた大きな存在。精神的な意味での父ですね。

『ボタニスト 植物を愛する少年』©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

「大きな自然の中で、全ての存在はこの世界の一部です」

――なるほど。映画の中でアルシンの実の父親の存在感がありません。日本だと、不在であっても父親の存在感が描かれがちなので、そこがすごく新鮮に感じました。

実際に私が暮らしていた村では、子どもたちは父と母と接する機会が極めて少ないんです。生活のため街で働く両親とは離れて暮らしているので。だから映画の中でも両親についてあまり言及しませんし、子供が積極的に自分の感情を表現することも多くありません。その代わり、自然の中で成長して、自然と共に生きている。それを伝えたかったんですね。

『ボタニスト 植物を愛する少年』©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

――親とは触れ合わないけれど、自然が彼を育ててくれている、ということでしょうか。とてもいいことのようにも思えるし、反面ちょっと寂しいことのようにも感じますね。

そうですね。映画の中で、例えば馬と会話ができるとか、人間を超越した感性をアルシンは身につけています。この感性は両親から教えられたものではありません。でも映画はいわば、ある人間の成長過程の一部だけを取り上げています。両親についてや、そのほかのことは、見る人が想像するっていう余地を残しているんです。直接的に意識したわけではないのですが、例えばイエス・キリストも、生まれた時の物語はありますが、その後の両親との物語というのは全くないんですよ。

『ボタニスト 植物を愛する少年』©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

――それはとても面白い指摘ですね。さらに、この映画では馬や熊が喋ります。動物が知恵を授けてくれるというのは、どこからインスピレーションを得たものなんでしょうか?

これはカザフ族の伝説からヒントをもらいました。その伝説の中では、動物はみんな喋るんです。カザフ族の文化の一部だと思いますね。

――多民族が暮らす村だとおっしゃっていましたが、人間もみんな違う背景を持ち、違う言葉を話す人たちがいるわけですから、動物が喋ってもいい気がしました。

その考え方も面白いですね。大きな自然の中で、全ての存在はこの世界の一部です。だから、馬が喋れることも、それほど現実を超越したものではないと思います。自然の中で、多分皆さんも、その声が聞こえているのではないでしょうか?

『ボタニスト 植物を愛する少年』©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

「植物の循環と同じように、人間の運命も季節のように循環していく」

――アルシンは植物を愛していますが、従来の映画だと彼が将来は村を出て大学に行き、植物学者になる、という展開を想像します。しかし、植物学者という意味でのボタニストを目指す訳ではないのがとても新鮮だと思いました。きっとある世代までだと、そういう夢を追いかける話、または名を遂げた学者が少年時代を振り返る映画になりそうな気がするんです。

これも私がこの映画に埋め込んだ、私の設計のようなもの、と言えるかもしれません。この映画の中には、アルシン、お兄さん、行方不明のおじさん、そして語り部の老人が出てきます。これは一人の人間の姿なのだ、とも言えるかもしれませんね。アルシンが都会に出て、結局馴染めずに、また田舎に戻り、年を経て老人になって、物語を伝えている、と受け止めてもいい。植物の循環と同じように、人間の運命も季節のように循環していくんです。

『ボタニスト 植物を愛する少年』©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

――なるほど。例えば、監督と同じ北京電影学院の大先輩であるチャン・イーモウやチェン・カイコーら第5世代と呼ばれる監督たちは、故郷を離れて都会で頑張った人を描くことが多かったけれど、そこから離れたのが、監督が第8世代と呼ばれる言われる所以なのかなと、今のお答えを聞いて思いました。

僕らの世代と、上の世代との一番大きな違い、それは我々の世代は歴史的な大事件をほとんど経験していないことなんです。ですから、監督として何かを伝えたいときに、個人の経験に基づいたものを、映画という手段を通じて伝えることになるんですね。

「日本では是枝裕和監督、溝口健二監督、そして三宅唱監督が好きです」

――映画は、少年と少女の淡い初恋との映画としても、胸に沁みるものがあります。アルシンが、漢民族の少女であるメイユーと一緒にいるシーンはどれも綺麗でしたが、気になったのは水の中にアルシンがいつも足を浸けていること。あれは足が自然と繋がっているような、自然の中に浸っていないとダメだということの象徴だったのでしょうか?

ええ。大自然と接触することは、とくに大都会で生活しているとその機会がなくなりますね。だから、水に浸かる、風に吹かれるという感覚の中に、大自然との接触を記憶に留めていくというふう思ったのと、それが精神の深いところに繋がっているということを、繊細に表現したかったんです。

『ボタニスト 植物を愛する少年』©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

――監督は北京電影学院で映画を勉強されましたが、影響を受けた映画監督や、今後目指すところを教えてください。

私の好きな監督というと、海外でしたらアッバス・キアロスタミやテレンス・マリックが好きです。キアロスタミとマリックの映画は、その環境、空間、風景を人間の精神の一部として描いています。私もまた、そういうところを追いかけてやっていきたいと思います。日本では、是枝裕和監督、溝口健二監督、そして三宅唱監督が好きです。中国の監督ではビー・ガン監督が好きなんですが、彼はこの映画でもたくさん助けてくれてました。ビー・ガン監督は生まれつきの才能がある方です。

近年、中国はすごく発展が早い。でも僕は個人的な経験を、皆さんに伝えていきたい。とはいえ、それを普遍的原理に落とし込むということを目指してはいません。これからも、ただ小さな世界を、映画を通して伝えていきたいなと思っています。

ジン・イー監督

取材・文:石津文子

『ボタニスト 植物を愛する少年』は5月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネマート新宿ほか全国順次公開

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『ボタニスト 植物を愛する少年』

中国・新疆(しんきょう)ウイグル地区の静かな村。
広大な草原と澄んだ空の下で暮らすのは、植物をこよなく愛するカザフ族の少年アルシン。
草花の名を覚え、葉のささやきに耳を澄ます彼は、誰ともなく“植物学者(ボタニスト)”と呼ばれている。

祖母と兄との穏やかな日々のなか、森羅万象、植物や精霊のささやき、言葉を話す馬や失踪した叔父の記憶に導かれ、現実と幻想が溶け合う不思議な世界を生きていた。

​そんな彼の前に現れたのは、漢民族の少女メイユー。
文化も言葉も異なるふたりの間に芽生えた淡い恋が、少年の心に新たな感情を呼び覚ます。
しかし、静かな村には少しずつ変化の兆しが忍び寄っていた。

制作年: 2025