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2030年、人はまだ「稼いで」いるか? AIと資本主義のゆくえを、四本の映画と政治の現場、そしてハイデガーの技術論から考える

2030年、人はまだ「稼いで」いるか? AIと資本主義のゆくえを、四本の映画と政治の現場、そしてハイデガーの技術論から考える
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※ 本ページはプロモーションを含みます。
※本記事の情報は2026年10月27日時点の情報です。最新情報は公式サイトにてご確認ください。

1930年、世界恐慌のただ中で、経済学者ジョン・メイナード・ケインズは「孫たちの経済的可能性」という短い論文を書いた。百年後、人類は技術進歩によって「経済問題」から解放され、週15時間ほど働けば暮らせるようになるだろう、という予言である。その百年後まで、もう4年を切った。

生産性はケインズの想定をはるかに超えて伸びた。それでも私たちの労働時間はさほど減っていない。生成AIが一気に普及したこの数年は、「仕事がなくなる」という不安と「人手が足りない」という悲鳴が、同じ日の新聞に並んでいる。

2030年、人間は働いて対価を受け取り、生活を営めているのか。それとも貨幣が意味を失い、人は一次産業へ回帰していくのか。本稿は、この問いに一つの答えを出すことを目的としない。四本の映画と、いま実際に動いている政治の現場を手がかりに、見通しの幅を示し、最後に、その見通しの中で私たち一人ひとりがAIとどう向き合うのかを、哲学者ハイデガーの技術論とともに考えてみたい。

数字は「消える」とは言っていない

2013年、オックスフォード大学のフレイとオズボーンは、米国の雇用の約47%が自動化の高いリスクにあると推計した。日本でも2015年、野村総合研究所が両氏と共同で、国内労働人口の約49%が技術的には代替可能だとする試算を公表している。

だが「技術的に代替できる」ことと「実際に代替される」ことの間には、コスト、制度、組織の慣性、顧客の感情という分厚い層がある。世界経済フォーラムの「仕事の未来レポート2025」は、2030年までに世界で1億7000万の仕事が生まれ、9200万が失われると見通した。IMFは世界の雇用の約4割がAIの影響にさらされるとしつつ、その約半分は生産性が高まる側に回りうると指摘する。日本ではパーソル総合研究所が、2030年に644万人の人手不足を推計している。働き手が減る社会では、AIはまず「足りない手を補う杖」として入ってくる。

問題は量ではない。配分と質である。

四本の映画が先回りして描いたもの

ニール・ブロムカンプ監督の『エリジウム』(2013年)では、富裕層が軌道上のコロニーで最先端医療を独占し、地上の人々はロボットに監視されながら働く。主人公マックスは、自分たちを取り締まる警備ロボットを自らの手で組み立てている。

ノーベル経済学賞を受けたダロン・アセモグルは、サイモン・ジョンソンとの共著『技術革新と不平等の1000年史』で、技術の果実が広く行き渡るかどうかは技術そのものではなく、誰がその方向を決めるかで決まると論じた。人を減らすが生産性はたいして上げない「そこそこの自動化」は、パイを大きくせずに取り分だけを動かす。

トマ・ピケティが『21世紀の資本』で示した「r>g」、すなわち資本収益率が経済成長率を上回る限り格差は広がるという命題も、AI時代には新しい意味を帯びる。AIはそれ自体が資本だからだ。計算資源とデータを握る者が富を積み上げる速度は、労働で稼ぐ者の速度を容易に引き離す。エリジウムの軌道上と地上を隔てているのは宇宙空間ではなく、資本へのアクセスなのである。

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アンドリュー・ニコル監督の『TIME/タイム』(2011年)では、残りの寿命がそのまま通貨になる。描かれているのは「貨幣が消えた未来」ではなく「貨幣が生命そのものになった未来」だ。

社会学者ゲオルク・ジンメルは貨幣を見知らぬ者同士の信頼の結晶と捉え、人類学者デヴィッド・グレーバーはその起源を人間同士の約束に求めた。貨幣が社会的な請求権の体系であるなら、AIが生産コストを下げても貨幣は消えない。土地、時間、注目、信用といったAIに量産できないものの配分をめぐって、むしろ鋭く働くはずだ。劇中で物価が恣意的に引き上げられ、貧困地区の人々が「時間」を搾り取られていたように、貨幣の価値を決めるのは生産力だけではなく、権力の配置でもある。貨幣経済が崩れて人々が自給自足へ向かうというシナリオは、少なくとも先進国では考えにくい。そもそも一次産業こそ、自動走行トラクターやドローンによる自動化の最前線にある。

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ケン・ローチ監督の『家族を想うとき』(2019年)は、SFではない。個人事業主として宅配を請け負うリッキーは、携帯端末に時間とルートを管理され、休めばペナルティを負う。テクノロジーは仕事を奪ってはいない。仕事を細切れにし、監視し、管理職の役割を代行している。社会心理学者ショシャナ・ズボフが「監視資本主義」と呼んだ論理である。一方、妻アビーの介護労働は、AIが最も苦手とする身体と関係性の領域にある。ロボット工学者ハンス・モラベックが指摘したとおり、機械にとっては論理推論よりも、子どもが無意識にこなす身体の動きのほうが難しい。人間が一次産業に「集中する」のではなく、人の手と身体を要する仕事の相対的な価値が上がる。問題は、社会がそれを賃金としてきちんと支払えるかどうかだ。

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スパイク・ジョーンズ監督の『her/世界でひとつの彼女』(2013年)で、主人公セオドアは他人の手紙を代筆する仕事に就いている。その仕事はいま、生成AIが最も得意とする作業になった。物語の終盤、AIのサマンサが同時に何千人と対話していたことが明かされる。無限に複製できる存在と、一つの身体しか持たない存在。社会学者アーリー・ホックシールドの「感情労働」の議論を踏まえれば、言葉の上の共感が安価になるほど、生身の人間が責任を引き受けてそこに立ち会うことの価値は希少になっていく。

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「資本主義を守る」政治――アメリカで起きていること

四本の映画には、もう一つの共通点がある。いずれの社会でも、技術がもたらす秩序を維持しようとする政治の力が、背景で静かに働いていることだ。エリジウムには移民船を撃ち落としてでも秩序を守ろうとする国防長官がおり、『TIME/タイム』には時間の流通を取り締まる「タイムキーパー」がいる。そして現実の世界でも、AIと資本主義の関係をめぐる政治は、アメリカを中心にすでに大きく動いている。

2025年7月、トランプ政権は「アメリカのAI行動計画」を公表した。軸はAI開発競争での勝利と規制の抑制だが、労働省はこれを「労働者中心」の戦略と位置づけ、AIで職を失った人の迅速な再訓練への資金や、AIが雇用・賃金に与える影響を継続的に追跡する研究拠点の設置を打ち出した。同年12月には大統領令によって、州ごとのAI規制が企業の負担を増やし国際競争を妨げるとして、司法省に州法へ異議を申し立てる専門チームを設けさせた。

これに対し、州の側は引かなかった。カリフォルニア州のAI安全法は効力を保ち、コロラド州は2026年5月に自州のAI法を作り直して、雇用判断にAIを使う企業の義務を定めた。同年7月には200人を超える州議会議員と労働団体が、連邦による州法の一括無効化に反対を表明している。

対立は党派の線だけでは引けない。2025年11月、共和党のジョシュ・ホーリー上院議員と民主党のマーク・ワーナー上院議員は、大企業にAIに起因する解雇や職の置き換えを四半期ごとに労働省へ報告させる超党派法案を発表した。左派のバーニー・サンダース上院議員の陣営は同年10月、AIと自動化で今後10年に最大で約9700万の米国の雇用が失われうるとする報告書を出し、週32時間労働や「ロボット税」を提案した。もっとも、この推計はAIモデルを用いた試算で、手法には異論もある。

ここで見えてくるのは、「資本主義を守る」という言葉が少なくとも二つの意味で使われていることだ。一つは、規制を抑えてイノベーションと国家の競争力を守るという意味。もう一つは、資本主義の中で働く人々の居場所と取り分を守るという意味である。前者は中国との競争を、後者は国内の分断を、それぞれ最大の危機と見ている。

双方の言い分には、それぞれ無視できない重みがある。競争力を重んじる側は、規制が厳しすぎれば資金力のある大企業しか対応できず、かえって新しい挑戦者を締め出すと主張する。開発で他国に後れを取れば、雇用そのものが国外に流れるという懸念もある。一方、労働者の側に立つ人々は、規制なき競争の果実が一握りの企業に集まり、雇用の質が静かに損なわれていく現実を指摘する。どちらも「アメリカの資本主義を守る」と言いながら、守ろうとしているものが違うのである。欧州はAI法による規制を先行させ、日本は2025年に、罰則より推進を主眼とするAI推進法を成立させた。どれが正しいかは、まだ誰にも言えない。

経済史家カール・ポラニーは『大転換』で、市場が社会を飲み込もうとするたびに、社会の側が自らを守ろうとする「二重運動」が起きると論じた。いまアメリカで起きている綱引きは、その現代版として読むこともできるし、技術覇権をめぐる国家戦略の一局面として読むこともできる。

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見通しは一つではない

以上を重ねると、2030年の姿は少なくとも三つの方向に分岐しうる。

一つ目は、AIによる生産性の上昇が人手不足を埋め、賃金と雇用が保たれる道。少子高齢化の日本には、この道が比較的開かれているかもしれない。ただしそれは、AIを人減らしではなく、一人ひとりの力を伸ばす方向に使えた場合に限られる。

二つ目は、果実が計算資源とデータを握る一部に集中し、エリジウムの地上のような分断が深まる道。

三つ目は、ポラニーの言う社会の自己防衛が働き、所得保障や従業員所有、労働時間の短縮といった新しい社会契約が模索される道である。フィンランドが2017年から2年間行ったベーシックインカムの実験では、就労を押し上げる効果は限られた一方、受給者の幸福感や信頼感は改善したと報告されている。

どの道が優勢になるかは、技術の性能だけでは決まらない。政治が、企業が、そして私たち一人ひとりが、技術をどう扱うかに左右される。だからこそ本稿は、ここで答えを出さない。代わりに、もう一歩深い問いを置いてみたい。

ハイデガーの問い――AIは私たちを何として見ているか

ドイツの哲学者マルティン・ハイデガーは1953年、「技術への問い」と題した講演を行った。ナチスへの加担という消えない汚点を持つ思想家だが、この講演が投げかけた問いは、AIの時代にこそ重みを増している。

ハイデガーによれば、技術を「人間が目的のために使う手段」と見るのは正しいが、それだけでは技術の本質に届かない。近代技術の本質は、あらゆるものを、いつでも取り出して使える「在庫」として立たせ、駆り立てる見方そのものにある。彼はこれを「ゲシュテル(総かり立て体制)」と呼んだ。ライン川に発電所が建つとき、川はもはや詩に歌われる流れではなく、水力の供給源として現れる。

危険は、この見方が人間自身に向けられたときに極まる、とハイデガーは言う。私たちが日常的に口にする「人材」「人的資源」という言葉を思い出してほしい。『家族を想うとき』のリッキーは端末に最適化される配送資源であり、『TIME/タイム』の人々は時間の在庫であり、『her』で代筆されていた言葉は、いまや生成される在庫になった。AIが私たちの仕事を奪うかどうか以前に、私たちがAIを通じて、世界と他人と自分自身を「在庫」としてしか見られなくなること。それがハイデガーの見た本当の危険である。

ハイデガーは、技術を意味するギリシャ語「テクネー」が、もともと職人や芸術家の営みを指していたことにも注意を促す。テクネーとは、隠れていたものを明るみへと「もたらす」こと、彼の言葉で言えば「ポイエーシス」の一つのかたちだった。陶工が土から器を引き出すとき、土は在庫ではなく、器になりうる可能性として尊重されている。技術には本来、ものをそれ自身の姿で輝かせる道もありうるのだ。

しかし彼は、技術を捨てよとは言わなかった。講演の終わりで彼は、詩人ヘルダーリンの一節「危険のあるところ、救うものもまた育つ」を引いている。そして1955年の講演「放下」では、技術的な道具を使いながらも、それに自分のすべてを明け渡さない態度、つまり道具に対して同時に「然り」と「否」を言う構えを説いた。

2030年がどの道に進むにせよ、AIを使うかどうかは、もはや選択肢ではないだろう。選べるのは、それをどう使うかである。目の前の仕事と人を「処理すべき在庫」として眺めるためにAIを使うのか。それとも、ひとりの顧客、ひとつの作品、ひとつの土地を、それ自身として深く見るための時間を取り戻すためにAIを使うのか。

企業を率いる人も、組織を預かる人も、そうでない人も、明日AIに何かを頼むとき、一度だけ立ち止まって問うてみてはどうだろう。いま自分は、この技術に何を「在庫」として差し出しているのか、と。その問いに答えられるのは、AIではなく、私たち自身しかいない。

主な参考文献・資料

J・M・ケインズ「孫たちの経済的可能性」(1930年)
C・B・フレイ、M・A・オズボーン「雇用の未来」(2013年)/野村総合研究所 プレスリリース(2015年12月)
World Economic Forum, The Future of Jobs Report 2025
IMF, Gen-AI: Artificial Intelligence and the Future of Work(2024年)
パーソル総合研究所「労働市場の未来推計2030」
The White House, Winning the Race: America’s AI Action Plan(2025年7月)/米労働省 プレスリリース(2025年7月23日)
大統領令14365号 Ensuring a National Policy Framework for Artificial Intelligence(2025年12月11日)
M・ワーナー、J・ホーリー両上院議員 AI-Related Job Impacts Clarity Act 発表(2025年11月5日)
米上院HELP委員会(サンダース議員)報告書(2025年10月6日)
D・アセモグル、S・ジョンソン『技術革新と不平等の1000年史』(早川書房)
G・ジンメル『貨幣の哲学』/D・グレーバー『負債論』(以文社)
S・ズボフ『監視資本主義の時代』(東洋経済新報社)
A・R・ホックシールド『管理される心』(世界思想社)
K・ポラニー『大転換』(東洋経済新報社)
Kela(フィンランド社会保険庁)ベーシックインカム実験 最終報告(2020年)
M・ハイデッガー『技術とは何だろうか』(森一郎編訳、講談社学術文庫)/『放下』(辻村公一訳、理想社)

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