なぜ、ヌードになるのか?シドニー・スウィーニー、過激作『ユーフォリア/EUPHORIA』で見せた体当たり演技の意味
『ユーフォリア/EUPHORIA』でシドニー・スウィーニーが演じたキャシー・ハワードは、シリーズの中でも特に大胆な描写が多いキャラクターだ。
恋愛やセックス、承認欲求に振り回されるキャシーを描くため、作品ではスウィーニーがヌードや親密なシーンに挑む場面も少なくない。だが本人の言葉を追っていくと、そこには単純な“セクシーな役”とは異なる考え方が見えてくる。キャシーにとって、自分の体はコミュニケーション手段のひとつでもある。
『ユーフォリア/EUPHORIA』© 2026 WarnerMedia Direct Asia Pacific, LLC. All rights reserved. HBO Max and related elements are property of Home Box Office, Inc.
スウィーニーは米ファッション雑誌「Teen Vogue」に対し、ヌードには物語とキャラクター上の意味があり、キャシーの体そのものが彼女にとって「別のコミュニケーションの形」になっていると説明している。そこが『ユーフォリア/EUPHORIA』における大胆な描写を見るうえで重要なポイントだ。
キャシーは自分がどう見られているかを強烈に意識し、男性から求められることで自分の価値を確認しようとする。大胆なシーンも、その承認欲求や危うさを可視化する役割を持っている。一方で、スウィーニーが書かれたものをすべて無条件に受け入れていたわけではない。
シーズン2では、キャシーがトップレスになる必要性を感じない場面についてクリエイターのサム・レヴィンソンと話し合い、必要がなければ変更されたことを明かしている。本人は撮影現場で強要されたとは感じておらず、意見を伝えれば尊重されたと説明している。
つまりスウィーニーは、大胆であること自体を目的にしているわけではない。キャシーという人物を描くために意味があるなら演じ、意味が薄いと感じれば意見を出す。その線引きをしながら役を作っていた。
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さらに興味深いのは、スウィーニー自身がこうしたシーンを非常に客観的に捉えていることだ。撮影現場では身体を保護するためのカバーなどが使用され、スタッフが周囲にいる中で細かく撮影されるため、本人にとって親密なシーンはロマンチックなものではなく、極めて技術的な仕事だという。画面に映っている裸も「シドニー」ではなく「キャシー」のものとして切り離して考えていると話している。だからこそスウィーニーが問題視してきたのが、女性俳優がヌードを演じることで演技そのものまで軽く見られてしまう風潮だった。
本人は、男性俳優がセックスシーンやヌードを演じても賞を獲得し、演技を評価される一方、女性の場合は「脱いだ女優」というイメージが先行してしまうというダブルスタンダードを指摘している。実際、『ユーフォリア/EUPHORIA』でキャシーを演じたスウィーニー自身が、その状況を経験した。
彼女は『ユーフォリア/EUPHORIA』での仕事を誇りに思い、自分でも優れた演技ができたと感じていた。それでも大胆なシーンばかりが注目され、演技について十分に語られなかったという。その後『ホワイト・ロータス』へ出演すると批評家から演技を高く評価され、「『ユーフォリア/EUPHORIA』では見ていなかったのか」という疑問を抱いたことも明かしている。
『ユーフォリア/EUPHORIA』のキャシーが印象的なのは、シドニー・スウィーニーが大胆な描写に挑んだからだけではない。愛されるために自分自身を差し出し、他人からの視線によって自分の価値を確かめようとする少女を演じるうえで、身体表現までキャラクターの一部として使った。その大胆さと危うさを切り離さずに演じたことが、キャシーというキャラクターの強烈な存在感につながっている。