もはや“戦争”とは呼べない、老人や子どもを含む一方的な大虐殺が今、この瞬間にも行われている――。アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートほか世界18の映画祭で賞賛された『アイダよ、何処へ?』(2020年)は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争における「スレブレニツァの虐殺」の真実に迫る、実話ベースのサスペンス劇だ。
実際に起った「大虐殺」の真実
1992年、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争が泥沼化するなか、東部ボスニアの町スレブレニツァは、国連によって攻撃してはならない町に指定されていた。だが、セルビア人勢力のスルプスカ共和国軍が、国連の警告を無視し侵攻を開始。1995年7月11日、セルビア人勢力の侵攻によって陥落したスレブレニツァの2万人以上にもおよぶ市民が、町の外れにあるポトチャリの国連施設に押し寄せた。
女性、子供、高齢者、負傷者で密な状態となる中、国連の通訳として働いているアイダは、夫と2人の息子を探していた。そんな中、国連保護軍のフランケン少佐の通訳となったアイダは、ホール内の市民にスルプスカ軍の司令官との交渉役を募る呼びかけを行う。そしてアイダ含む国連と民間の代表陣で、敵軍への交渉へと挑むことになるのだが――。
「手は尽くしている」「国連はいつもそうだ」
映画冒頭、主人公のアイダは国際連合保護軍の通訳をしている。そこにポジティブな気配はなく、永遠に続きそうな無益な問答が繰り返されている。
「手は尽くしている」「今は待つしかない」「相手が動かなければ攻撃する」
「ここは安全地帯のはず」「侵攻はないと言っていたのに」「国連はいつもそうだ」
アイダは通訳として慌ただしく走り回りながらも、混乱のなか家族を必死に探している。だが19世紀以前から続く多民族・宗教国家における衝突の火種はあらゆるところにくすぶっていて、まさに一触即発の最中にあった。本作はこの後、8000人超が亡くなったとされている「スレブレニツァの虐殺」を描く。つまり、映り込んでいる人の多くが殺されるのだ。