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「もし僕の母みたいな人をマルチバースに放り込んだら?」ダニエルズ監督が語る『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の世界

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ライター:#永岡裕介
「もし僕の母みたいな人をマルチバースに放り込んだら?」ダニエルズ監督が語る『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の世界
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎ 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

本国アメリカでは2022年春に公開、全世界総計1億ドル超えという桁違いの興行収入を記録――そして数多の賞レース覇権を例に出すまでもなく、A24史上最大のヒット作となった『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。ことごとくミーム化した劇中エピソードやアイテムだけが断片的に伝わってくるネット上の狂騒ぶりに、(約1年間、ネタバレを踏まないように細心の注意を払わなければいけない緊張も相まって)ヤキモキさせられた日本の映画ファンも少なくないだろう。そんな待ちに待った話題作が、とうとう日本に上陸する。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎ 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

気鋭コンビ監督ダニエルズが『エブエブ』を語る

夫ウェイモンドと共に中国から移民として遥々アメリカへやってきたエヴリン。長年一癖も二癖もある客たちの応酬に辟易しながらもコインランドリー経営で生計をたてていたが、老齢にさしかかった彼女は今や人生の全てに疲れ果てていた。頼りにならない夫に、中国から呼び寄せた祖父の介護。反抗的な娘のジョイは、同性の恋人ベッキーの存在を理解しないエヴリンに不満を抱いている。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

そんな彼女の事情などお構いなくやってくるのが“納税の義務”だ。堆く積もったレシートとの格闘の末、税金申告のために税務署に向かったエヴリンたちだったが、エレベーターの中でウェイモンドが突如豹変、別の人生を別の世界で生きる“自分たち”の存在を伝えられ、そのマルチバースの宇宙全体を強大な“悪”がカオスに陥れようとしていると知らされる。そして、それを止められるのは何故かエヴリンだけ? 普通の“おばさん”が世界を救う壮大な戦いに巻き込まれていく……。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎ 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

監督を務めたのはダニエル・クワンとダニエル・シャイナートからなるコンビ、ダニエルズ。ポール・ダノとダニエル・ラドクリフの無人島密室劇的コメディ『スイス・アーミー・マン』や、DJスネイク「Turn Down for What」のミュージックビデオ等、奇抜なアイデアで一部界隈のカルト的な人気を博していた彼らだが、今作が彼らの代表作となることは間違いないだろう。

ここではダニエルズへのインタビューと、ゴッサム・インディペンデント・フィルム・アワード直後に開催されたA24のバーチャルカンファレンスのQ&Aの様子も交えて『エブエブ』の世界を解き明かす。

「僕の母のようなキャラクターをマルチバースの世界にポンと放り込んだら面白いんじゃないか」

クワン:父方の祖母はニューヨークのチャイナタウンでコインランドリーを経営していて、エヴリンたちと同じように店の上の階に住んでいたんだ。だから祖母たちの家に遊びに行った時の光景とか、監視カメラの映像が絶えず流れているテレビだったり……。そんな思い出が“コインランドリーを経営する家族”の姿の直接的なインスピレーションなんだ。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎ 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

中華系移民二世のクワンに対し、相棒のシャイナートは「(ジェイミー・リー・カーティス演じる)ディアドレのクレイジーな白人女性像は、僕の家族から来ているんだ(笑)」と皮肉る。確かにエヴリン一家を取り囲む“混沌”は、移民家庭特有のジェネレーションギャップや、地域コミュニティとの齟齬などが大きな要因であり、『クレイジー・リッチ!』に始まり『シャン・チー/テン・リングスの伝説』、A24作品なら『フェアウェル』や『ミナリ』のような、一見アジアンレプリゼントの印象が色濃いストーリーに見えなくもない今作だが、物語はそれらと比較にならない無数のレイヤーで観衆を揺さぶる。

クワン:エヴリンというキャラクターの造形に関しては、僕自身の母親からきている側面も当然あるよ。僕の母親は何事にも自分なりの意見を持っていて、“キャラが立ってる”というか、全方向にいろんなことをやりたいと常に思っているような人なんだ。そんなキャラクターをマルチバース、SFの世界にポンと放り込んだら面白いんじゃないかと思ってね。

でも一番大きく反映されているのは自分自身だと思う。ポール・トーマス・アンダーソンが「『マグノリア』のキャラクターは全て自分自身の反映だ」って言っているのと同じかもしれない。たとえ中年の母親であっても、自分が反映されていなければキャラクターとしてのリアリティは生まれないんじゃないかな。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎ 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

ダニエルズの二人は、自身を「成熟した映画文化と玉石混淆のインターネットの両方から洗礼を受けた世代の映像作家」と分析する。そんな彼らが常日頃感じていた“現代を生きる不安”が大きく反映されたキャラクターが、今作のヴィランであるジョブ・トゥパキだろう。

あらゆる世界を経験したような全能感が、倫理や客観的事実の理解を失わせる。諦念の果てに広大な虚無しか感じられなくなれば、やがて自暴自棄になる(自棄を決断する瞬間、無意識に涙が伝っていることにも気づかない程に傷つきながら……)。ジョブ・トゥパキは、ネット社会がもたらした現代の病理のメタファーと言えるかもしれない。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎ 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

彼女を救うこと――たとえ涙を誘う展開にとことん水を差すキャラであろうとも(笑)――際限なく拡張する想像が創り出した無数の次元と絶え間ない混乱を、愛に溢れた世界に変えようと奮闘するエヴリン。その姿からは、ダニエルズ自身に多くのインスピレーションをもたらした奔放なネットカルチャーを、もう一度信じるに値するものだと捉え直したいという切実な思いすら感じられる。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎ 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

「ビジュアルだけのストーリーテリングは、ある意味とてもユニバーサルな表現」

ダニエルズは、マルチバースという壮大な世界観を無数のナンセンスを駆使して描き出す。 映画のパロディ引用、実際の映画祭プレミアのミシェル・ヨーの姿、そして想像力の極北とでもいうべき「ホットドッグ」や「石」の宇宙。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎ 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

その前人未到のアイデアは、ともすれば単なる思いつきに見えなくもない有象無象の集積の中に、普遍的な真理を見つけ出そうとしているかのようだ。

クワン:文脈に一貫性を持たないカオティックなインターネット的視覚性と、伝統的な映画芸術が持っている視覚表現、その両方のちょうど真ん中に位置しているのが僕たちのスタイル。何が成熟していて何が未成熟なのか、何がくだらなくて高尚なのか、上流と下流を分別せず、アイデアを全て同じ箱の中に入れてコレクションしているような状態。それらを同等に扱うアプローチを大事にしているし、そこから未知の化学反応を起こしたいと思っているんだ。

シャイナート:ハイブロウとロウブロウ(教養の有無)をミックスする手法が大好きで、恐怖や感動に対して相反する概念をいつも組み合わせてしまうんだ。ロウブロウをミックスすることは、観客のマインドを武装解除する意味もあるんじゃないかな。だからホットドッグ・ユニバースみたいな状況でも皆の感情を揺さぶることができたなら、それは大成功だね。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎ 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

また二人は、先に開催されたカンファレンスでは今作の創作手法について、このように言及している。

シャイナート:偶然だけど、反語的な手法で物語を描くことになったんだ。この映画には三つの言語とさらに字幕があって、アメリカに根を下ろした中国系移民の物語だ。文字通りの意味なら、それは特定されたある固有の物語を描いている――ということかもしれないけれど、一見相反する語り口を用いることで普遍的な真理に近づくことができたんだ。

クワン:映画監督としてのキャリアより、まずミュージックビデオ監督としてのバックグラウンドがあったことも、僕らのビジュアルランゲージの特徴だと思う。MVはセリフなしで物語を紡がなければならないし、ビジュアルだけのストーリーテリングが重要になってくる。それはある意味では、とてもユニバーサルな表現だとも言える。「Mr.ビーン」の様にフィジカルで、言葉が分からなくても目で見ただけで感覚を刺激するようなね。

シャイナート:僕らが大好きなカンフー映画も同じようなものかもしれないな。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎ 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

「まさにキー・ホイ・クァンの人生が、この映画のプロットになっていると気づいた(笑)」

数えきれないほどのノミネーションをきっかけに、ミシェル・ヨーをはじめ今作のキャストたちのハリウッドでの存在感の際立ちぶりは目を見張るものがあるが、その中でも現実のライフストーリーを以てして最も大胆なコントラストを描き出しているのが、やはりウェイモンドを演じたキー・ホイ・クァンだろう。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎ 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』と『グーニーズ』で天才子役として一世を風靡するも、俳優業をリタイアしてからは映画界で裏方稼業を送っていたキーは、今作で役者への本格復帰を果たした。彼がハリウッドでの武術指導の傍ら、香港ではウォン・カーウァイの助監督を務めていたと知れば、『グランド・マスター』や『花様年華』のトニー・レオンは、もしかしたらキー・ホイ・クアンだったかもしれない――という冗談のような「What If…?」も急にリアリティを帯び始める。

クワン:クランクアップの時にキーと話していて、「映画界に残らない選択もあったかもしれないけど、結局自分が選んできた今以外の人生の選択肢は考えられない」と言っていたことが忘れられないよ。「俳優は辞めてしまったけど、こうして映画業界に居続けたから妻にも出会えたし、この作品も僕にとってかけがえのないものになる予感がしているんだ」と話す彼を見て、最初は全く意識していなかったんだけど、そのとき初めて彼の人生がまさに映画自体のプロットになっていることに気づいたんだ(笑)。

創作の過程で美しいアクシデントや偶然がたくさん重なったことが、この映画を特別なものに変えたとつくづく感じているよ。ミシェルはもちろん、(祖父役の)ジェームズ・ホンにも言えることだけど、違う時代を生きてきた各々のキャリアが重層的に作用して、まだどこにも発揮されてない――誰もが持っている――可能性を祝福する映画になったことを、とても嬉しく思うよ。

シャイナート:「通りですれ違っただけのような一瞬の出会いの中にも、無限の可能性があったかもしれない。それでもあなたが今歩いているそのシンプルな人生こそが、かけがえのないものだ」ということが、この映画で伝えたいメッセージなんだ。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©︎ 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

取材・文:永岡裕介

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は2023年3月3日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

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『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

経営するコインランドリーの税金問題、父親の介護に反抗期の娘、優しいだけで頼りにならない夫と、盛りだくさんのトラブルを抱えたエヴリン。そんな中、夫に乗り移った“別の宇宙の夫”から、「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と世界の命運を託される。まさかと驚くエヴリンだが、悪の手先に襲われマルチバースにジャンプ! カンフーの達人の“別の宇宙のエヴリン”の力を得て闘いに挑むのだが、なんと巨悪の正体は娘のジョイだった……!

監督・脚本:ダニエル・クワン ダニエル・シャイナート

出演:ミシェル・ヨー キー・ホイ・クァン
   ステファニー・スー ジェニー・スレイト
   ハリー・シャム・Jr ジェームズ・ホン
   ジェイミー・リー・カーティス

制作年: 2022