「VICE=悪党」が世界を悪夢に突き落とす! 映画『バイス』【惹句師・関根忠郎の映画一刀両断】

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ライター:関根忠郎
「VICE=悪党」が世界を悪夢に突き落とす! 映画『バイス』【惹句師・関根忠郎の映画一刀両断】
『バイス』©2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.
息子ブッシュ政権でアメリカ史上もっとも権力を握った副大統領であり、9.11後の同国をイラク戦争へと導いたとされる男、ディック・チェイニーを描いた社会派エンタテインメント映画! クリスチャン・ベールがすさまじい肉体改造によって副大統領になりきり、アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を獲得した話題作。

こりゃァ魂消(たまげ)た! 怪人ディック・チェイニー像に驚愕

『バイス』©2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

人間、決して表立つことなく、あくまでも「陰」の存在であり続け、それでいながら絶大な「権力」を手中に収める稀人がいる。国の大事を取り扱い、国の将来を左右するのは容易なことではないが、静かに潜航しながら、そんな離れ業を「陰」に隠れてやってのける大物もいる。例えば、アメリカ合衆国の元副大統領ディック・チェイニーのように。

こんな「知ったかぶり」で、わたしのような政治音痴が、こんなユニークな暴露的・笑劇的? 実録映画について書き始めるのは、いささか罪悪感が伴うものの、まあ何てったってこんなにも「オモロイ魑魅魍魎」な世界を垣間見ることができたのは大きな収穫だった。日本映画ではトントお目に掛かれないトンデモ「実在政治家」とその周辺人物たちの狡猾な駆け引きを暴く大胆な展開はお見事!

そもそもディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)という男は、第43代アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュ(サム・ロックウェル)に再三請われて(乞われてといった方がいいくらいか?)副大統領になったらしい。大統領立候補を決めたものの、粗忽丸出しのG・W・ブッシュが、チェイニーに摺り寄って「副大統領候補になってくれ」と子どもみたいに頼み込む場面は、可笑しくておかしくて一人で「フフフ」と含み笑いし続けた。一方、チェイニーは中々色よい返事をせず、何だか焦らしているようで、深慮遠謀なのか狡猾なのかつかみどころがない。このシーンがわたしの一番のお気に入りだ。後の9・11テロのことを想起しながら見ていると、さらに可笑しさと同時に恐ろしさを感じざるを得ない。世界を悪夢(アメリカのイラク侵攻)へと大きく導いた端緒がもうそこに発芽している、という想像に駆られるからだ。政治と政治家と時代の邂逅を映画というリアルが描く恐ろしさと言うべきか。

タイトルの『バイス』だが、英語の辞書を引けば、【VICE】とは悪、悪徳あるいは代理、次の。そして【VICE PRESIDENT】とは副大統領、副総裁のこと。つまり“悪党”と“副大統領”が重ねられている。

これはリアル伝記か笑劇風刺か!?

『バイス』©2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

よくもまァ、これだけの公私双方の実話を、チェイニー本人の許可も取らずに映画化したもんだと感心感嘆。『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015年)で知られるアダム・マッケイ監督(兼:脚本・製作)は、「十分な取材と研究」を重ねたことで自信たっぷりだったという。

政治家を演じる他俳優陣にも驚かされる。ディック・チェイニー、G・W・ブッシュ、ドナルド・ラムズフェルドを演じたクリスチャン・ベール、サム・ロックウェル、スティーヴ・カレルの見事なソックリさんぶりが楽しい。クリスチャン・ベールに至っては体重を20キロも増やして、頭髪・メイクの造りに毎日5時間も掛けたというから頭が下がる。

わたしが東映の任侠やくざ映画に携わり始めた1963年、青年チェイニーは自堕落で大学を中退。暫く電気工なんかをしていて、酒と喧嘩に明け暮れていたそうな。そうしたワイルドな木偶の坊を救ったのが恋人リン(エイミー・アダムス)だった。極めて聡明な才媛リンに背中を押されるまま、後の国務長官ラムズフェルドの下で働くことになったチェイニーは、やがて政治の世界へと身を投じ、太々しくも絶大な権力を手に入れていく。かと思えば一転、思いがけなくも石油会社のCEOに招かれ高額な報酬を得たり、その転身出世のプロセスは、わたしたちの理解を超える。土台、庶民レベルでは分からない権力構造や人脈のなせる業か。

チェイニーの半生が実にテンポよく鮮やかに描かれ、「ああ、そんなもんですか……」と呆気にとられ、「へえ、へえ」と頷き、「マジか!」と驚くこと請け合い。こんな男がのちに世界最強大国アメリカの副大統領として絶大権力を振るうことになろうとはまさに想定外! とにかくチェイニーには得体の知れない面白さがいっぱい。いったい何を考えてるんだ? 何を目的にしてるんだよ? この点、まるで「鵺」の如し。彼があまりにも淡々とコトを進めていく。本人自身が何も語らず、何を求めているのかが分からない。

「これホント?」「リアルな伝記なの?」「強烈に風刺笑劇を狙った、いわゆる過激マッケイ・タッチなの?」と頭をヒネリたくなる場面もあるけれど、そこがまた楽しめるので文句はない。就寝前のチェイニーが、妻のリンと話をしながら歯を磨くシーンは、フツーの生活人としての描写が秀逸で、思わず「フフフ……」とほくそ笑んでしまう。さりげないシーンに隠された、人物描写の妙を決して見逃さないで下さい。見方ひとつで、映画の価値が倍増することもあるんです。

9・11同時多発テロからイラク侵攻を指揮!

『バイス』©2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

話が後先逆転してしまったが、映画の冒頭は当然のごとくあの9・11テロ事件。アメリカ国内上空を飛行していた複数の旅客機がハイジャックされて、そのうちの2機がワールド・トレード・センタービルに突っ込んだ瞬間が画面に広がる。この世界騒然たる巨大事件の下、ホワイトハウスの危機管理センターで指揮を執ったのは、チェイニーその人だった。その場に不在だった大統領G・W・ブッシュを差しおいて、独断先行であらゆる状況に対処。極めて冷静な判断をもとに重大な決定を次々と下したという。文字通りの【影の大統領】として、あたかも亡霊のごとく目立つことなく、この異常事態において大役を果たし続けたわけだ。副大統領と言えば飾り物、な~んもすることが無いなんて、揶揄の対象にされがちだったらしいが、チェイニーにおいては断じて違う。

ブッシュ大統領の演説に驚異の支持率91%!?

『バイス』©2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

テロの危機に直面し、肝心の大統領G・W・ブッシュは何をしたのか。

「世界の国々は決断しなければならない。我々の側につくのか、テロ側につくのか」

これは、世界に向けられたブッシュ演説の一節だ。恐るべき事件の推移をテレビに釘付けになって見ていた当時のわたしは、このブッシュの演説のテロップを目で追いながら、思わず驚き、そして身を乗り出した。実はこのフレーズは、忘れもしない我が惹句と重なったのだ。

「我につくも、敵にまわるも、心して決めい!」

ブッシュの演説は、わたしが1977年秋に、東映の時代劇『柳生一族の陰謀』(1978年)のために作ったキャッチコピーに酷似していたのだ。訴求する内容は全く同じ。権力亡者のダーティ・ヒーローとして、『仁義なき戦い』(1973年)の深作欣二監督が造形した主人公・柳生但馬守を受けて、わたしが宣伝用にキャッチコピーを作り、全宣材(ポスター・新聞雑誌広告・予告篇・TVスポット等)に使われた。セリフもどきのこの文言は日本中に拡散、流行した。作品は当時の金額で配給収入17億7000万円(興行収入にすれば倍額35億円強)を記録し、空前の大ヒット記録を収めた。

それにしても、世界同時多発テロ事件の24年前に作った惹句が、2001・9・11ブッシュ・スピーチの文言で甦るとは。この演説に遭遇した当時のわたしは、驚きとは別に、大いに不快感をも感じた。テロへの報復に燃え上がる国民を無思慮に煽る“熱狂的敵対感”は如何なものか、と。演説の妙によるヒロイックな高揚感に、ある危険なものを感じていたのだ。91%というブッシュ演説に対する驚異の支持率、その代償は余りにも大きすぎたことは間違いない。

『バイス』は2019年4月5日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか上映中

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『バイス』

大統領を差し置いてアメリカを操り、世界をメチャクチャにした悪名高き副大統領<バイス>、その名はディック・チェイニー。実話&社会派ブラック・エンターテインメント!

制作年: 2018
監督:
出演:
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