『燃えよデブゴン』か『イレイザーヘッド』かそれが人生の分かれ道-サモ・ハン特集に添えて

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
ライター:椎名基樹
『燃えよデブゴン』か『イレイザーヘッド』かそれが人生の分かれ道-サモ・ハン特集に添えて
『おじいちゃんはデブゴン』© 2016 Irresistible Alpha Limited, Edko Films Limited, Focus Films Limited, Good Friends Entertainment Sdn Bhd. All Rights Reserved.
誰しも、「初めての体験」がその後の人生に影響することがある。椎名基樹が構成作家として活躍している理由も、実は散々な「初めての一人映画館体験」にあった…のか。

昔の映画館にあった妖しさの中に一人で行く、そんな通過儀礼

みなさんは、初めて一人で映画館に行った時のことを覚えているだろうか。

子供は様々な冒険を自らに課して、それをイニシエーションとして成長して行くものだと思うが、「一人で映画に行く」ことは、中学1年の私にとって差し迫った課題であった。それは早急にやらねばならぬことであり、その欲求は高まっていた。私は、早いとこ「一人映画鑑賞童貞」を卒業したいと感じていた。

私が育った静岡市の映画館は、当時、「七間町通り」に10 館近く軒を連ねていた。今はもうシネコンに集約されているらしく、私が東京暮らしをしている間に、七間町はとっくに映画街ではなくなっている。清潔健全な現在のシネコンもいいが、昔の映画館にあったあの独特な妖しさが失われてしまったのはやはり寂しい。

静岡市にはショッピングや食事をする、メイン商業地帯の呉服町があり、その奥に七間町がある。そこはカルチャーの街であった。呉服町に比べて七間町は、どこか大人びていて、そしてどことなく暗さがあった。後になって知ったことだが、七間町にはかつては赤線があり置屋が100 軒あったという。

「一人で映画館に行く」ことは中学1年生の私にとって、大人の妖しい世界への好奇心と克服すべき恐怖心が、ない交ぜになった正にイニシエーションだったのだ。大人になるべく、私は勇んで映画館にチャリで向かった。そのチャリは買ってもらったばかりの自慢のスーパーカーライト(わからない人は各自調査)のチャリだった。

写真提供:大谷航

映画館街に着いたはいいが、何を観るべきか非常に迷った。なにせ「一人で映画館に行く」ことのみが重要で、その時、どんな映画が上映されているかすら、私は知らなかった。当時、静岡市の最大の映画館はオリオン座であった。その建物は別格の風格があった。正面の壁には巨大なジョルジュ・スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」のタイル画があった。165 万個の美濃焼のタイルを用いて制作されたという。

写真提供:大谷航

あの素晴らしい壁画は正に芸術作品で取り壊されてしまったことは残念だ。そして壁画とともに「LIVE TODAY」の文字が書かれていた。今でも記憶に残る、シンボリックな建物だった。

娯楽の王様として君臨していた洋画のなかで、香港カンフーは別格だった!

話題作は全てここで上映された。『ジョーズ』、『キング・コング』、『ミラクル・ワールド/ブッシュマン』、『スター・ウォーズ』、『E.T.』などが上映された時は、オリオン座の周りを人の列が幾重にもとぐろを巻いていたのを覚えている。70 年代後半から80 年代は、洋画が娯楽の王様として君臨していて、皆ありがたいものでも観るかのように、映画館に行った。そして、私が初めて一人で映画を観に行ったその時、オリオン座に掛かっていたのは『燃えよデブゴン』だった。

今回、CS映画専門チャンネル ムービープラスでサモ・ハンの特集が組まれる。今のサモ・ハンの活躍を当時の中坊だった私が知ったら驚くだろう。そのころ、私たちはジャッキー・チェン、ユン・ピョウなどの香港のカンフースターに夢中だった。

『七小福[HDリマスター版]』© 2018 Celestial Pictures Limited © 2018 Fortune Star Media Limited.

その中でサモ・ハンは、当然イロモノだった。「面白い動けるデブ」という認識で、ウガンダ・トラのように思っていた(これも知らない人は各自調査。カレーは飲み物の名言あり)。

当時の中坊は、カンフースターたちを、俳優というより格闘家のように捉えていた。誰が一番強いかで熱くなり口喧嘩になった。だから『イップ・マン 葉問』で達人の拳法家として登場したサモ・ハンに、思いがけず出会った時は感動した。当たり前だが彼らは格闘家ではなく俳優だったのだ。

こつこつと役者としての「味」や「存在感」を身につけて、現在進行形の映画シーンで、昔とまったく別の魅力を放っている、サモ・ハンに感動した。そして、役者という仕事のおもしろさや素晴らしさを感じた。同時に自分も仕事に対する心構えについて叱咤激励されているよう思えた。

80 年代のサモ・ハンをイロモノと見ていたがもちろん大好きで、『燃えよデブゴン』のキャッチーさは非常に魅力的だった。タイトルだけでもうたまらない。しかし、13 歳の私が悩んで悩んだ末に選んだのはあろうことか、オリオン座の向かいにあった、映画街で最も小さく暗い並木座で上映していた、デヴィッド・リンチの『イレイザーヘッド』だった。

『イレイザーヘッド 4Kリストア版』
価格 ¥1,500+税
発売元・販売元 株式会社KADOKAWA
© 1977 David Lynch – All Rights Reserved.

デヴィッド・リンチの知識などあるはずもなかった。ただ同年に上映され大ヒットした『エレファント・マン』の前日譚という触れ込みで、二匹目のどじょうを狙って、未公開のリンチ作品を急遽公開したのが『イレイザーヘッド』だった。

そもそも当時の日本にデヴィッド・リンチがなんたるか、解説出来る文化的下地など存在せず、『エレファント・マン』もただの感動話として喧伝されるのみだった。

私はなぜかカルト映画の代名詞を筆下ろしの相手に選んでしまった。きっと「一人で映画を観る自分」に酔って背伸びし過ぎてしまったのだろう。かくして映画を観たわけであるが、冒頭10 分間で私は慌てて席を立った。

冒頭ずっとザラザラとした不快音が響き、宇宙空間に髪の毛が逆立った男の顔が浮かんでは消えるシーンを観ているうちに、気持ち悪くなって来た。そのうちこの無声シーンが終わるだろうと我慢したが、ちっとも終わらなかった。

吐き気はどんどん強くなった。ついにはトイレに駆け込んで本当に嘔吐してしまった(!)。そして、嘔吐した後、席に戻ろうとしたが結局できず、映画館を出た。

表に出ると「デブゴン」の看板画が見えた。その楽しげなエンターテインメント色が溢れ出る絵を見て、一瞬に消えてしまったお小遣いのことを思い「こっちにすれば良かった」と激しく後悔した。

この話を玉ちゃん(玉袋筋太郎にーさん)にすると「そこが人生の分かれ目だな、デブゴンを選んでいれば出役になったよ。『イレイザーヘッド』を選んだから裏方になったんだな」とおっしゃる。なるほど…。「初体験」の失敗は、40年経っても引きずり、後悔を呼ぶものらしい。

文:椎名基樹

Share On
  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • BANGER!!!
  • 映画
  • 『燃えよデブゴン』か『イレイザーヘッド』かそれが人生の分かれ道-サモ・ハン特集に添えて