南インドの大都会を舞台にした『バンガロール・デイズ』と変わりゆく恋愛観や家族観

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ライター:安宅直子
南インドの大都会を舞台にした『バンガロール・デイズ』と変わりゆく恋愛観や家族観
『バンガロール・デイズ』©PVP Cinema all rights reserved ©Bommarillu Bhaskar Cinema all rights reserved.
CS映画専門チャンネル ムービープラスで日本初放送される南インドの大都市に憧れる若者たちの群像劇『バンガロール・デイズ』をご紹介。『バーフバリ』シリーズのバラーラデーヴァ役で知られる人気俳優ラーナー・ダッグバーティがメインキャラクターの一人として出演!

IT産業の中心地!多様な言語が飛び交う都市「バンガロール」

<左>鉄道駅近くの興行街ガーンディナガル。カンナダ映画スターのカットアウト(=人型の切り抜き大看板)がよく見られる。(2014年に撮影) <右上>ケンペ・ガウダ・バスステーションは作中でもちらりと写る市街バスのターミナル。Wi-Fiのマークのような半円が特徴的で、バンガロールのランドマークの一つ。<右下>MGロードはガーデンシティーの異名を持つバンガロールの緑豊かな目抜き通り。ナンマ・メトロが高架上を走る。

恒例の休暇旅行でバンガロール(正式名ベンガルール)に行ってきました。バンガロールはインドでも有数のIT産業の中心地。インド全国から、さらに諸外国からもIT技術者がやって来るコスモポリタンな街です。元々はマイソール藩王国領内の小村でしかなかったこの地に、英国が19世紀初頭に軍の駐屯地を置いたのが、今日の発展の出発点でした。インド独立後の1956年にマイソール州(後にカルナータカ州と改称)の州都となり、1990年代からはIT産業のハブのひとつとして頭角を現すことになります。2011年に南インドでは初の都市鉄道「ナンマ・メトロ」が開通しました。また、現代インドの都市文化を語るうえで欠かせない大型ショッピングモールも、他の都市に先んじて多数オープンしています。

注目すべきはこの街の住人の言語の多様性です。バンガロールに限れば、カルナータカ州の公用語であるカンナダ語も、母語として話す人は過半数に満たない41%ほど。タミル語の話者は18.4%で第2位、それにテルグ語(15.5%)、ウルドゥー語(12.9%)が続きます。そして多くの局面で人々の間で取り交わされるのは英語であったりします。この多言語状況のおかげで、バンガロールは南インド4言語とヒンディー語の映画作品が選りどり見どりで楽しめる、映画ファンにとってのパラダイスでもあるのです。

多様な文化が行き交うバンガロールだから描けるヒューマンドラマ

『バンガロール・デイズ』©PVP Cinema all rights reserved ©Bommarillu Bhaskar Cinema all rights reserved.

そんなバンガロールを舞台にした映画『バンガロール・デイズ』をご紹介したいと思います。この作品は2016年に封切られたタミル語映画(原題Bangalore Naatkal)で、2014年に公開されたマラヤーラム語映画『Bangalore Days』のリメイクです。両作のストーリーラインは概ね同じで、登場人物の出身地がマラヤーラム語版ではケーララ州の田舎だったのを、本作ではタミルナードゥ州南部のどこかという設定に変えています。メインのキャラであるアジュ、アム、クッティの3人は、仲良しのイトコで、子供時代は夏休みを田舎の祖父の家で一緒に過ごすのが常でした。大人になりそれぞれの道を歩み始めても、その頃からの夢である「バンガロールで暮らすこと」は変わっていません。クッティはIT企業への就職で、アムはプラサードとの見合い結婚で、そして風来坊のアジュはクッティの住まいに押しかけることによって、憧れのバンガロール生活は始まります。子供時代と変わらずにただもう毎日を楽しもうとする3人が、それぞれに愛する人を見つけることで成長していく姿が描かれます。

伝統的な価値観から離脱し、都会で模索する自分らしい生き方

『バンガロール・デイズ』©PVP Cinema all rights reserved ©Bommarillu Bhaskar Cinema all rights reserved.

ところで、オリジナルのマラヤーラム語映画がつくられたケーララ州には、バンガロールのようなメガロポリスがありません。若者が憧れる都会がバンガロールであるというのは、すんなりと理解できます。一方、リメイクである本作の舞台もバンガロールでなければならなかったのか、なぜタミルナードゥ州の州都チェンナイではだめだったのか、というのは自然な疑問でしょう。私もちょっといぶかしく思いました。それに対する答えは、100パーセントの説得力はないかもしれませんが、バンガロールという町の持つクールさにあるのではないかと思います。まず地理的に海抜920メートルと比較的過ごしやすく文字通りクール、また様々な人々が行きかう大都会に特有の、隣人への無関心や穏健な個人主義といったものは、とりわけよそからやってくる中産階級の若者には魅力的でしょう。家庭内や仲間内では母語、その外では英語で生活し、故郷でのカーストや地縁や大家族から切り離されているけれど、寄る辺ない異郷でもない、という稀有な空間なのです。ちなみに、ご当地のカンナダ語映画にとってのバンガロールはというと、上に述べたものとは随分違っているのですが、それはまた別の機会に。

本作では、南インド映画では伝統的に価値観の軸となってきた大家族主義からの離脱が強調されているようです。離婚した両親に捨てられたと感じ、そのトラウマを乗り越えられないアジュ、通いの家政婦だけしかフラットに入れないプラサード、エキセントリックな母親に振り回されて迷惑顔のクッタン。そして両親が健在なディヴィヤも、結婚して生家を離れることにほとんど葛藤がないようです。彼らが個として人生と向き合うための場として、バンガロールという都会が設定されたように思われます。

それが最も皮肉な形で現れるのが「アンタークシャリ」を巡るやりとりかもしれません。朝帰りをしたクッタンに、アジュが何をしてきたのかとしつこく尋ね、クッタンがふざけて「アンタークシャリさ!」と答えるシーンがあります。アンタークシャリとは、昔からインドで行われている歌のしりとりです。二手に分かれた競技者の一方が、歌(大抵が映画の挿入歌)を数小節歌い、相手方はその最後の音節から始まる別の歌で応酬するという遊戯で、二人でもできますが、大抵は大家族の集まりで老若男女がそれぞれのレパートリーを持ち寄って賑やかに行われます。少し古めのファミリー映画には時々これが登場し、見せ場の一つとなっていることがあります。けれども、本作中で模索される人と人との関係性は、アンタークシャリに象徴される旧来の家族観とは随分違ったものなのです。タミル語映画をはじめとした南インドの映画界では、大家族礼讃の価値観に基づいた作品がまだまだ主流です。けれども本作や、あるいは2015年の東京国際映画祭で上映された『OK Darling』のような、それとは違うあり方を模索する作品が、これからは徐々に増えてくるようにも思えます。アンタークシャリは、本作の終盤でもう1回言及されますのでお聞き逃しなく。

文:安宅直子

『バンガロール・デイズ』

幼少期を共に遊んで過ごした3人の一番の夢は、大都市バンガロールでの生活だった。ある日、クッティの勤務地がバンガロールに決まり、時を同じくしてアムがバンガロールのビジネスマンと結婚することになる。憧れの街へ移り住んだ彼らを思わぬ運命が待ち受ける。

制作年: 2016
監督:
キャスト:
  • BANGER!!!
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