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カンバーバッチが挑む“男らしさ”の呪い Netflix『パワー・オブ・ザ・ドッグ』 アカデミー賞 最多ノミネート

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ライター:#市川夕太郎
カンバーバッチが挑む“男らしさ”の呪い Netflix『パワー・オブ・ザ・ドッグ』 アカデミー賞 最多ノミネート
Netflix『パワー・オブ・ザ・ドッグ』独占配信中

第94回アカデミー賞の大本命

「有害な男らしさ」(Toxic masculinity)が蔓延する世界に、「有害な男らしさ」が描かれている映画が増えている。なかでも、過日発表された米アカデミー賞で最多の11部門、12ノミネートを果たした『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は強烈な1本だ。

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舞台は1925年のアメリカ北西部モンタナ州。そこで農場を共同経営しているのが、知的かつ尊大で全然風呂に入らない痩せ型の兄フィル(ベネディクト・カンバーバッチ)と、学はないが寡黙で身奇麗な肥満気味の弟ジョージ(ジェシー・プレモンス)。完全に対照的な兄弟だが、ジョージが未亡人ローズ(キルステン・ダンスト)と結婚したことにより、ローズとその息子ピーター(コディ・スミット=マクフィー)が家族に加わることで、農場には不穏な空気が流れはじめる……。

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モラハラ三昧で風呂にも入らない恐ろしき支配者カンババ

風呂に入らず悪臭を撒き散らしても何食わぬ顔でいられるほどフィルは力の強い立場にいる人間で、すべての人に対して支配的な態度だ。寝食を共にする弟ジョージにさえ、向けられる言動はあきらかにガスライティング(心理的に操作し、相手の正気を失わせる心理的虐待)で、ジョージの寡黙さはジョージ本来の性格ではないことは明白。フィルの前ではバカで太っちょな弟という役割に押し込められている。この態度はローズにも、ピーターにも一貫する。

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威圧的な振る舞いでその場をコントロールしようとするフィルの振る舞いにほとほとうんざりして反吐が出そうになる頃、フィルのセクシャリティと共に苛立ちの原理が明らかになる。フィルもまた伝統的な価値観の被害者であり、観客は抑圧されたフィルに対して同情的な眼差しを持たされてしまう。

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次第にフィルとピーターの距離が近くなるにつれてローズが塞ぎ込み、映画はさらに複雑な方向に進み始める。ジョニー・グリーンウッドが手がけた不穏いっぱいのスコアは今にも爆発しそうな緊張感を高め、背筋が凍りつくサスペンス・スリラーとなってゆく。

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「私たちはただ黙って耳を傾けなければならない」

1967年に出版された同題の原作を、『ピアノ・レッスン』(1993年)や『ある貴婦人の肖像』(1996年)で知られるジェーン・カンピオンが脚色し、監督した本作。ノンクレジットだったが実は原作があった『ピアノ・レッスン』も含め、何度か小説を脚色してきたジェーン・カンピオンの手腕は本作でも光っている。その真価を発揮するのが2度目の鑑賞時。冒頭から不気味なほど緻密で過不足のない語り口であったことに驚くはずだ。ちなみにゲイのカウボーイという共通項を持つ『ブロークバック・マウンテン』の原作者E・アニー・プルーは、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』原作小説の改訂版のあとがきで影響を綴っている。

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映画を観終わりタイトルに立ち帰ると、見えてくる景色がある。聖書における犬は、いつも汚らしく不潔で、どこでも吠え、人を襲う嫌悪されるべき存在で、人殺しと同格。その犬の、力とは。劇中に登場する炭疽菌のように「有害な男らしさ」は触れる者すべてを侵食して蝕んでゆく。

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フィルはもちろんのこと、フィルの呪縛から抜け出すため無意識にローズを追い詰めるジョージ、母ローズを「男らしく」守るため、その母が愛でているウサギでさえ何食わぬ顔で解剖してしまう無敵のピーター。抑圧の抑圧の抑圧の、負の連鎖ヒエラルキーのいちばん下で押しつぶされているのがローズだったのではないか。

我々男性は態度を改める必要がある。男性たちは反論し否定し「Not All Men(すべての男が悪いわけではない)」と、幼稚な言い訳を口にする。しかしそれは違う。私たちはただ黙って耳を傾けなければならないんだ。

いまはただ、映画公開時にベネディクト・カンバーバッチが口にした言葉を反芻したい。

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文:市川夕太郎

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』はNetflixで独占配信中

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『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

威圧的だがカリスマ性に満ちた牧場主。弟の新妻とその息子である青年に対して冷酷な敵意をむき出しにしてゆくが、やがて長年隠されてきた秘密が露呈し……。

監督・脚本:ジェーン・カンピオン

出演:ベネディクト・カンバーバッチ キルステン・ダンスト
   ジェシー・プレモンス コディ・スミット=マクフィー
   フランセス・コンロイ キース・キャラダイン
   トーマシン・マッケンジー ジュヌヴィエーヴ・レモン

制作年: 2021