〈ミニシアター映画〉は音楽映画そのものへの興味も一般的にした
現在、存在するのは〈ミニシアター・ムーヴメント〉が生み出した、映画の楽しみ方・観方の遺伝子を引き継いで展開している、数々の常に存在する刺激的な〈アートムービー〉の有り様なのだが、その話をする時の中心となるのが『トレインスポッティング』(1996年)だ。93年に発表され、圧倒的な注目を得ていた新世代のイギリスの作家アーヴィン・ウェルシュの青春小説を、知る人ぞ知る存在だったダニー・ボイル監督が、当時無名のユアン・マクレガーを始めとした若く個性的なアクターたちで映画化。音楽シーンにも繋がりの深かった監督は、イギー・ポップからアンダーワールドまで、これまた濃いメンツのサウンドで彩った。
尖った最先端に鼻が利く観客たちの間で話題となるだろうその作品は、渋谷で最も若者の支持を得ていた単館系映画館で公開されるが、これが、後の伝説の始まりとなったのだ。
クラブミュージック他の新しい波の音楽から選曲されつつも、映画世界とぴったり寄り添ったサントラは特に衝撃的で、〈アート系映画〉のポップとの共存の最も幸福な形がそこにあった。この関係からヒントを得て生まれる若い映画が、その後次々生まれ、その多くはまた、渋谷で上映されていく。
そこから、明らかに〈ミニシアター映画〉は、一部の好き者ファンが愛好する映画というより、時代を先取りし過ぎている映画としての理解にシフトされていったと思う。そして、その注目点のひとつとして、どういった音楽が使われるか、も中心のひとつとなり、音楽映画そのものへの興味も一般的になっていった。
そして20年が経ち、主人公レントンの事件以来の帰郷という意味合いをもって、続編『T2 トレインスポッティング』が作られた。再び、ボイル監督たちが、スタイルも前作を彷彿とさせる一筋縄でいかない語り口と、アイデアに溢れた楽曲の使い方で、かつての観客たちも、現在の映画の楽しみ方の一つとなったスタイルのルーツを確認するかのごとく、感覚の同窓会に盛り上がったのだった。
ストーリーテリングのスタイルが、自分自身の批評となり、そのシニカルさは観るものにもポップだがヒリヒリと伝わる感覚、それは言葉にはしづらいもの。
音楽の意味も重要だった。
1作目の冒頭の疾走から、リミックスの状態で登場する2作目ラストの初心に戻るかのイギー・ポップ「ラスト・フォー・ライフ」、1作目のラストの緊張感と飛翔感を伴い、音楽のスタイルとしてもそれまでにない新しさが衝撃だったアンダーワールド(彼らは、本作サントラ参加をきっかけに世界的ビッグ・アーティストに育っていく)の「ボーン・スリッピー」。「ボーン・スリッピー」のクールさは、そのまま『トレインスポッティング』の価値を高めていく手助けとなった。
名作と覚えられていく映画の多くは、物語が面白いことや、キャラクターたちに共感できる、といったものだけでは決してない。観るものの感覚に何らかの衝撃を与えた〈語り方〉こそが重要といえるかもしれない。そのスタイルの、それまでにはなかった方向性を明確な説得力で提示した作品の代表格が『トレインスポッティング』なのである。
『トレインスポッティング』の大きな意味のさらにひとつは、映画ファンと音楽ファンの位置を今までにない形で近づけたことにある。おそらく、この作品以降、ファッションとして語られる映画と音楽は同じ世界観の中で取り上げられる事が多くなった。映画ファンが音楽の話を、音楽ファンが映画の話を多くするようになった。おそらく、それぞれの面白さを補強し合う作品が増えていったからである。
1990年代後半から2000年代は、まさしくサウンドトラック・シーンがミニシアター映画活性化とともに、最も賑わった時代であった。青春の思い出のサントラがこの時代の作品、という方も少なくないと思う。映画と音楽の様々な実験が果敢に次々と行われ、ファンたちも、そんな作品群を温かく追いかけた。それは、恐れを知らない最後の時代だったゆえ、ということもある。だが、この時代が残した〈他の時代には残せなかった〉貴重で意味深い冒険は、ある意味、似た体験を今後行える機会はもはや訪れない可能性の方が大きいとも思う。
『トレインスポッティング』は、今思えば、それほどに大変なエポックメイキングで、今後現れ得ないポイントをもった作品。そして、未経験だった方が、この映画に接すると、〈今の映画のいくつかのデジャヴュ・ポイントを持った作品〉でもあるかもしれない。それは、この映画こそが原点である表現スタイルを無数に生み出しているからだ。いずれにせよ、目が耳が感覚が離せない瞬間が連続する映画が『トレインスポッティング』である。
文:馬場敏裕
『トレインスポッティング』
人生を選べ、キャリアを選べ、未来を選べ。だけどそれがいったい何なんだ?
ドラッグ中毒のマークと仲間たちによる、90年代最高の“陽気で悲惨”な青春映画。
制作年: | 1996 |
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