『イージー・ライダー』との共通点、“負け犬”たちの物語
法律に触れたことをやっただけで、ほとんどの作品を市場から消し去られた日本を代表する役者さんピエール瀧のことを思うと、こんな映画を紹介していいのかと不安になります。
僕は瀧に「演技習ったことあるの?」ときいたことがあります。「ないよ、適当にやってるだけだよ」という瀧らしい答えが返ってきました。
本当は「瀧先生、弟子にしてください。演技のことを瀧先生の下で学ばせてください」と言いたかったんですが、弟子になるということは無職になるということです。当面の生活費がなくなるから無理だというのは分かっていましたので、僕もちょい役くらいの演技が出来るんじゃないかと思って、お恥ずかしいかぎりです。年金がもらえるようになったら、瀧先生のところにもう一度「鞄持ちさせてください」と言いに行こうと思っています。
瀧先生のようなキャラの濃い人ばかりが登場する映画が『トレインスポッティング』です。ヘロイン中毒という最低の男たちの物語なのに、観てるとなぜか元気になる不思議な映画、これは監督ダニー・ボイルの手腕でしょう。
90年代からミレニアムに向かうヨーロッパの若者の文化だったアシッド・ハウス、エクスタシー・カルチャーを代弁する映画です。70年代の『イージー・ライダー』みたいな映画です。
『イージー・ライダー』とも共通点があります。両者とも負け犬の物語なのです。『イージー・ライダー』は自由の象徴の映画のように思われていますが、実はヒッピーにとっては“悪のドラッグ”であるコカインを売ることで儲けた、あちら側の人間になってしまった男たちの物語なのです。
『トレインスポッティング』は当時流行っていたエクスタシーではなく、時代遅れのドラッグ、ヘロインにハマっているダサい人たちの物語なのです。最後の方で主人公のマーク・レントンは彼女を見つけたので、その後を追っていくと彼女はエクスタシーをやるようなクラブに入って行き、自分は時代遅れなんだと気づくシーンはまさにこういうことを言っているのです。『トレインスポッティング』はダサい、バカな奴らを笑う、でもそれは自分とどこか似ているよねと、自分を笑うコメディの構造になっているわけです。これがヨーロッパでウケた理由です。
『トレインスポッティング』に描かれていた?スコットランドと日本の若者の対極
そんな映画がなぜ日本でも大ヒットしたか、それは日本人にはドラッグというものがよく分からず、ヘロイン中毒なのに何故かオシャレというイメージが生まれたからでしょう。当時のトレンディ・ドラマの若者の部屋にはこの映画のポスターが貼ってあるというのが定番でした。当時勢いのあった単館系の映画館で上映したのも大きかったでしょう。あの頃の日本はデフレが始まっていたのに、まだ誰も不況だということに気づいていなかったのです。まだまだ日本の若者たちは元気一杯だったのです。まさか自分たちの国がこの『トレインスポッティング』の舞台となるスコットランドみたいになると思ってもいなかったんでしょう。今は日本の方が『トレインスポッティング』の頃のスコットランドみたいで、今のスコットランドの方がこの映画公開時の日本みたいに元気です。
『T2 トレインスポッティング』というのは実はこういうことを言っている映画なのです。現在のスコットランドは、アベノミクスと同じ金融政策をやってお金をジャブジャブにさせて元気になっているのです。
ここからはネタバレになるので観てない方は映画を観てから読んでください。
マークとシック・ボーイみたいないい加減な二人の事業計画にもポンとお金を出すのが、今のスコットランドなんです。若者に夢が生まれたのが『T2 トレインスポッティング』なのです。『トレインスポッティング』の頃は夢も希望もなかったからヘロイン中毒になるしかなかったのです。「イギリスの属国だから俺たちはヘロイン中毒なんだ」という深い意見も『トレインスポッティング』には出てきます。アメリカの属国の人間としては心に突き刺さる言葉です。
『トレインスポッティング』のオチはまさにそのことを言っています。生粋のスコティッシュのベグビー、アイリッシュ移民のスパッド、ヨーロッパからのシック・ボーイはイギリスから引っ越してきていたイギリス人のマークにお金を騙し取られるのです。そして『T2 トレインスポッティング』のオチはマークとシック・ボーイが手にしたお金を、新しい世代である東ヨーロッパの若い女性に取られるという構図なのです。
さすがロンドン・オリンピックの開幕式の演出をしたダニー・ボイルです。ブリティッシュ、ヨーロッパの歴史と未来を2本の映画でうまくまとめたと思います。
文:久保憲司
『トレインスポッティング』
人生を選べ、キャリアを選べ、未来を選べ。だけどそれがいったい何なんだ?
ドラッグ中毒のマークと仲間たちによる、90年代最高の“陽気で悲惨”な青春映画。
制作年: | 1996 |
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監督: | |
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