笑顔の先にある“真の勇気” ―『グリーンブック』

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
ライター:髙橋直樹
笑顔の先にある“真の勇気” ―『グリーンブック』
『グリーンブック』©2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.
2019年アカデミー作品賞を受賞した『グリーンブック』が2019年3月1日から絶賛公開中! 世界中の観客を魅了した、痛快かつ爽快な感動の実話が日本を席巻している。

ひとつの小さな輪がやがて大きな輪になって……

『グリーンブック』©2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

1962年、誰にも明かさない切なる願いを胸に秘めた天才的な黒人音楽家が、アメリカ南部へのコンサートツアーを決意する。それがどんなことを意味するのか、我々には容易に想像はできない。

当時、まだ黒人に対する差別が法律で定められていたアメリカ南部で、アフロ系アメリカンの人々が宿泊先を見つけるのは至難の技だった。法の下で差別が認められたアメリカ、特に南部では、食事はもちろん、用を足すことも、宿泊先でも、どんな嫌がらせが待ち受けていることか、ドツボを踏むに決まっている。

その決意は、痛みが伴う大きな決断だった。このツアーを無事に進めるために、ニューヨークのナイトクラブの元用心棒トニー・バレロンガに声がかかる。良く口が回ることから“リップ”と呼ばれるイタリア系の陽気なこの男は、働いていたクラブが閉鎖され現在無職、家族を養うために仕事を探していた。だが、用心棒はできても、召使いのように身の回りの世話はできないとトニーは突っぱねる。それでもこの先の窮地を乗り切るために、ドン(ドクター・シャーリー)は運転手兼用心棒としてトニーを雇うことにする。

ツアーに旅立つ日、トニーは車のカギと一冊の本を渡される。その書物が、黒人を快く受け容れてくれる宿泊先をまとめた<グリーンブック>である。才能に恵まれて上流社会で育ったドンが後部座席に座り、イタリア系社会で歯に衣着せぬ物言いをするトニーがハンドルを握る。2人を乗せた車は、ニューヨークから南部へと向かう。互いに水と油、両極端な2人の旅には、どんな難題が待ち受けているのだろう……。

ピーター・ファレリーがトニーの実息ニック・バレロンガから2人の話を耳にした。ひとつの小さな輪がやがて大きな人々のつながりとなって一本の素晴らしい映画に結実。先に発表されたアカデミー賞で“最優秀作品賞”を始めとする三冠受賞に輝いた。

人の心が動く至極のモーメント

『グリーンブック』© 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

『グリーンブック』とは、ミックスされること(mixed)をテーマにした作品だ。人という肉体は決して混ざり合うことは叶わないけれど、人の心は混ざり合うことができる。感情も、気持ちも、食事も、飲むことも、そして音楽も、人の心は受け容れることが叶う。時を共に生きることで、人は変わることができる。今まで知らなかった何かを感じ、それまで意識しなかったことに心を震わせたりする。ささやかだけれど、大きな変化。意識下で進む、穏やかなる成長。

このテーマを最も象徴するシーンが、アカデミー賞《助演男優賞》に輝いたマハーシャラ・アリが演じるドンが、バーミンガムの安酒場で演奏を披露する場面だ。カウンターでカティサークを飲んでいたドンは、ピアノに向かうとショパンの「木枯らしのエチュード」を弾き始める。クラシカルな演奏に聴き入ったのはバーのお客たちだけではなく、その店でプレイするミュージシャンたちも同じだ。完全アウェイの店で、気負うことなく、飾りたてることなく、偉そうに口を尖らせることもない、ドンの誠実な演奏が人の心を動かしていく。

演奏が終わり鍵盤から手を離した彼の周りには楽器を持った男たちが集う。自然に始まったアドリブのセッションで、互いに間合いを取り合った彼は、飛びっきりの笑顔で鍵盤を叩き始める。即席で編成されたバンドのグルーヴで人々が踊り始める。ひとりひとりの心が一緒になって、大きなひとつのグルーヴが生まれていく。その時、ことの一部始終を見つめていたトニーは、満面に微笑みを浮かべて大きくうなずく。

ヴィゴ・モーテンセンは、豪快な食べっぷりを納得させるまでに体重を増やし、イタリア訛りでトニーを演じ、この場面で最上級の穏やかな笑顔を披露する。表情だけでこのシーンを集約して見せるヴィゴの献身的な演技が心に沁みる。人の心が動く至極のモーメントがここにある。

差別や偏見が蔓延する南部へと旅することが勇気ある行動だとするならば、ツアーを終えたドン・シャーリーが「もう一歩」を踏み出すことにも“真の勇気”が隠されている。彼の選択には、現代人が無意識下に感じているもうひとつの大きなテーマが隠されているからだ。

文:髙橋直樹

『グリーンブック』は2019年3月1日より絶賛上映中

受賞結果一覧ほか 第91回アカデミー賞

『グリーンブック』

1962年、ニューヨークの一流ナイトクラブ、コパカバーナで用心棒を務めるトニー・リップは、ガサツで無学だが、腕っぷしとハッタリで家族や周囲に頼りにされていた。ある日、トニーは、黒人ピアニストの運転手としてスカウトされる。彼の名前はドクター・シャーリー、カーネギーホールを住処とし、ホワイトハウスでも演奏したほどの天才は、なぜか差別の色濃い南部での演奏ツアーを目論んでいた。二人は、“黒人用旅行ガイド=グリーンブック”を頼りに、出発するが……。

制作年: 2018
監督:
キャスト:
  • BANGER!!!
  • 映画
  • 笑顔の先にある“真の勇気” ―『グリーンブック』