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老クリントの魅力を楽しむ『運び屋』【惹句師・関根忠郎の映画一刀両断】

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ライター:#関根忠郎
老クリントの魅力を楽しむ『運び屋』【惹句師・関根忠郎の映画一刀両断】
『運び屋』©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

ブレイク作となった『ローハイド』、そして『夕陽のガンマン』シリーズに代表されるマカロニ・ウエスタンで人気を博し、『ダーティハリー』への出演でスター俳優となったクリント・イーストウッド。自らも従軍経験を持つイーストウッドが『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』に続き、驚愕の実話を描く。

余裕満点の円熟の極み 映画の快感ここにあり!

『運び屋』©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

2018年に米寿を迎えたクリント・イーストウッドが、「皆さんお待たせしました」とばかり、また新作を撮って意気軒昂ぶりを世界に顕示した。無論のこと久々の監督・主演作である。その新作が何と『運び屋』というから少々面食らってしまう。原題は「THE MULE」。MULEはミュール(mjúːl)と発音するのだが、これすなわち「騾馬(ラバ)=雄ロバと雌馬との子」。人に使われて愚直にモノを運んで生きる動物のこと。実はこの言葉は俗語(業界の隠語)では“運び屋”として使われているという。これは絶妙の日本公開タイトルだ。じゃァ一体、誰が何を運ぶの?

話の中身はこうだ。やがては90歳を迎える老人が、商売にしくじって金もなく、長年ないがしろにしてきた家族にも見放されてしまった。だが、人生何が起きるか分かったもんじゃない。ある日のこと、ひょんな所で妙な仕事を持ちかけられる。「車の運転さえ上手なら、コレを運んでくれれば金を払う」― 仕事があると言うのだ。クリント扮する老爺アール・ストーンは、その品物が何であるのか知らないまんま、男が示すA地点からB地点まで難なく運んで、思わぬ大金を得てしまう。「何だこりゃ?」― 運んだ荷が何なのか!? 詮索はおろか頓着もしないアールは生来の大らかなキャラで、ごく自然体に“その荷”を運び続けて、今まで稼いだこともないような途方もないビッグマネーを手にして大ハッスル。財政乏しき仲間の退役軍人会に大番振る舞いしたりする。

この老後破産的老人にとって、こんなことは「棚からボタ餅」以上の話だが、実際にあった話というから2度ビックリ。何にも知らぬままメキシコ麻薬組織の“運び屋”になっていた老人の正真正銘のトゥル―・ストーリーの映画化作品なのだ。何ていい題材を見つけたものか。こんなのそうそう滅多に出会えるもんじゃない。撮影時、クリントはモデルの人物レオ・シャープと同年の87歳。終始、安全運転を心がけてきた老人が、まさか大量のコカインを運んでいたなんて。そんな役どころを得たクリントの映画的強運は尽きることがない。

ちょっとやそっとではヘタに動じない戦争でたたき上げられた退役軍人の気質、デイリリーの栽培に打ち込んで家族を顧みない職人根性、女性への興味も人一倍という米寿の老人役を、飄々と演じて見る者の目を一人占めするクリント・イーストウッドの巧まざる快演。余裕満点の円熟の極み。その一挙手一投足を見、次は何を言うのかとセリフを待ちながら、クリントを楽しみ続けられる観客の歓び。映画の快感ここにあり! と言い切ろう。

イーストウッドとクーパーの共演が醸しだす極上酒の味わい

『運び屋』©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

映画の語り口(運び)のウマさにも舌を巻く。その一つが麻薬カルテルの組織犯罪と謎の運び屋の摘発(あるいは壊滅)に挑む捜査官たちの動きだ。さらに、主人公である“運び屋”アールを待つ結末に対して心が揺れ続ける。なぜって、アールはドラッグの運び屋だかられっきとした犯罪者なのだ。

そこで捜査官コリン・ベイツ(ブラッドリー・クーパー)の登場。この二人の出会いと駆け引きの人間的含蓄は、スリリング且つどこか極上酒の味わい。勿論、どうなっていくのか結果は伏せておこう。クリントとブラッドリーの共演は本当に見もの。心の底から堪能できる名演だ。

そしてもう一つ、“運び屋”アールが長年顧みなかった家族の存在。特に元妻のメアリー(ダイアン・ウィースト)との確執話は、多くの中高年男性なら誰もが心当たりがあるんじゃないだろうか。私なんかは、昔からダイアン・ウィーストの大ファンだったから、余計にこの夫婦の心情は身に沁みて堪らなかった。当初、麻薬運びのサスペンス映画かと思っていたから、本作がこれほど家族というテーマに寄り添っていくとは実に意外なことで、思わず落涙してしまった名場面も心に刻まれた。クリントはまたまたいい映画を作ったものだと鑑賞後に、実に気持ちのいい感銘を胸に最寄りのバーに立ち寄って、ひとりオンザロックスのグラスを傾けたのだった。

アメリカの大地、我が道を走るイーストウッド

『運び屋』©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

ここからは余談になることを許して欲しいのだが、私が大の洋画ファンになったのは、遠い昔の1950年前後のことだった。今からほぼ70年前のことだが、きっかけは西部劇ファンだった兄の影響で、特に当時人気のハリウッド製の西部劇を求めて、戦後数年を経た復興途上の新宿界隈を歩き回り、週に2、3日は映画館の暗闇に浸る日々を過ごしていた。ジョン・ウェインやゲイリー・クーパーの早撃ちや殴り合い等のダイナミックなアクションに魅了されたからに違いなかったが、もう一つの要素はスクリーンに映し出されたアメリカ西部の大地であったような気がする。ダイナミックな開拓時代のウェスタン・アクションにすっかり魅了されたのだった。

この頃のスクリーンは無論、タテヨコ1対1.33のスタンダード・サイズだったが、それでも広い荒野とそこを疾駆する馬上のガンマンたちの雄姿は、子どもごころにたまらなく魅力的に映った。木造安普請の家々が犇めく我が町とは全く別世界のアメリカ西部の広大な景観は、家と小・中学校の往復の退屈さとつまらなさを、目いっぱいの解放感でどれほど救ってくれたことか。

しかし、やがてさしもの古典的B級アメリカン西部劇も、60年代に入って徐々にスクリーンから退場の時がきて、やがてはテレビ・ウェスタン『ローハイド』の若きクリント・イーストウッドに出会うことになった。こうしてみるとファンとしてのイーストウッドとの付き合いも相当長いものとなる勘定だ。19世紀後半の大西部を馬で疾駆したクリントが、今度は21世紀、現代のアメリカ南部をピックアップ・トラックで走る姿を見るのは一入感慨深いものがある。

そのピックアップ・トラック! 日本ではあまり見かけることも少ないが、車体の形状はキャビンと荷台が一体となっているトラックのことだ。道路の狭い日本の都会では、ガタイの大きいこの種の車は利用価値が薄らぐが、アメリカの大地にはよく似合う。特に広大な中西部や南部諸州での疾駆はダイナミックでカッコいい。われわれには残念ながら映画で見ることしかできないが、このピックアップ・トラックは頑丈無骨、パワフルなスタイルが西部フロンティア時代のシンボル、「馬」を想起させる。男なら一度はこれに乗って、アメリカの広大な土地を疾駆してみたい。老いたミュール、クリントが、これに乗ってディープ・サウスを疾駆し、カントリー・ソングを口ずさみながら、軽快にハンドルを握るシーンが幾度となく出てくるが、これこそ何ものにも替え難い“映画の至福”の時間。思わず一緒にカントリー・ソングを歌い出したくなる衝動に駆られた。

文:関根忠郎

『運び屋』CS映画専門チャンネルムービープラスで2022年3月ほか放送

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『運び屋』

アール・ストーンは金もなく、孤独な90歳の男。商売に失敗し、自宅も差し押さえられかけた時、車の運転さえすればいいという仕事を持ちかけられる。それなら簡単と引き受けたが、それが実はメキシコの麻薬カルテルの「運び屋」だということを彼は知らなかった……。

制作年: 2018
監督:
脚本:
出演: