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『ウトヤ島、7月22日』“リアル”と“リアリティ”の狭間で体感する、無差別テロの恐怖

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ライター:#大倉眞一郎
『ウトヤ島、7月22日』“リアル”と“リアリティ”の狭間で体感する、無差別テロの恐怖
『ウトヤ島、7月22日』Copyright © 2018 Paradox
犠牲となったのは、77人の若者たち……。単独犯として史上最多の命が奪われたテロ事件を、72分間のワンカットで描く。

リアリティに悩む

『ウトヤ島、7月22日』Copyright © 2018 Paradox

「リアリティが感じられない」
「リアリティを欠いている」
万能の言葉で、気に入らない映画、ドラマ、小説、マンガ、果てはCMにまで使われる。それ言っとけば、とりあえず「好きではない」ということが伝えられるし、なんとなくインテリ風で格好がつく。

でもさ、リアリティってどういう意味よ。
私も使うから、今、悶々と悩んでいるんだけど、いわゆる辞書に登場する「迫真性」ということで納得してしまっていいものか。
「迫真性」でいいんだったら、そんなに悩まない。
「本当にやってるみたい」という意味で考えれば、トム・クルーズが実際に飛行機にしがみついたり、激しく胸を打って肋骨折ったりした作品は、キャッチフレーズに「『リアリティ』を超えた『リアル』アクション」なんてのがいいと思うけど、それで映画自体が素晴らしいものかどうかはまた別でしょ。「M.I.シリーズ」必ず観ますけどね。
「ボヘミアン・ラプソディ」のウェンブリー・スタジアムのシーン、観客はどうやって動員したんだろう、とか今時かなりナイーブな(アホな)ことを思ってしまった私は、あんときは誰もいなかったのよ、と証拠映像を見せられ泣き崩れたけど、よく考えれば私には十分「リアリティ」を感じられたんだから、それでよくね。

最近の日本のテレビドラマで「リアリティ」を感じられるものは、申し訳ないが1本もない。
どちらかというと「リアリティ」派の私は、すっかりテレビっ子から脱してしまって、夕飯の時間に何となく「あはは」と力なく笑えるものを観るんじゃなくて、眺めるくらい。
あとはうるさいからすぐにスイッチ切っちゃう。
日本にもいい役者さんがたくさんいるのはわかっているんだけど、あれじゃ無理。
ごめんなさい。
2011年に放送された「それでも生きていく」以降は、少なくとも私に「リアリティ」を感じさせてくれたテレビドラマはありません。
「リアリティ」がなくても面白いものを作ってくれれば、それはそれでアリですけど。

ドキュメンタリーはリアルか

『ウトヤ島、7月22日』Copyright (c) 2018 Paradox

では、ドキュメンタリーはドラマじゃないから「リアリティ」に溢れていて、と申しますか、「リアル」を撮っているわけだから「リアリティ」しかないでしょ、というのもまた違う。
嘘くっせードキュメンタリーもこの世には大量に生産されていて、むしろ有害なものの方が多いんじゃないかと思うくらい。
監督が撮りたいと思っているように撮るんだから、そこですでに「リアル」は失われていて、「リアリティ」からも程遠くなっていたりする。
う〜ん、これではいつまでたっても映画に行き着かないので、リアリティ論議はまた別の機会にしましょう。

というわけで、今回紹介する作品の「衝撃」をどう受け止めればいいのか戸惑った私は、内容に切り込めず、周辺をうろついていた。

まずお伝えしなければならないのは、この作品はドキュメンタリーではありません。
そう思ってしまう人もいる可能性が充分あるから申し上げておかなくては。
実際に起きた事件を当事者たちの証言をもとに「作られた」映画です。

2011年7月にいきなりノルウェーで大規模連続テロ事件と聞いて、まさかイスラム過激派がノルウェーを狙うわけがないだろうという私の直感は当たり、合計77人の命を奪った犯人はノルウェー人極右テロリストだった。

ウトヤ島では労働党青年部のキャンプで賑わっていた。
ここまでは何が起きているのかわかる。
最初の爆発音が聞こえたところから、72分間カメラは一切の説明を拒否し、ワンカットで無差別銃乱射事件の混乱を追い続ける。
若者たちはどこに逃げていいのかわからず、ひたすら走り回る。
その混乱した行動は観せられている私たちには不可解としか思えない。
しかし、私たちも銃を乱射している人間が何人いるのかわからない。
そこは危ない、じっとしているんじゃない、冷静に銃声の聞こえる方向を確認しろ、と声をかけたいが、なにしろ8年前の事件の詳細を覚えていないので、それもできない。
観ている側もパニックに巻き込まれる。
犯人の姿をほとんど撮さない。ドローンを飛ばして状況説明をしてくれるわけもない(ワンカットで撮っているので、ありえない話だけど)。
ひたすら若者たちと一緒にカメラは逃げる、走る。
それはまさに犠牲者となった若者たちが震えた恐怖そのものである。

犯人像を全く描かないこの作品は異色である。
作品の中では動機も手段も結末もわからない。
自分で調べるしかない。

ワンカット、72分間が「リアリティを追求するための手段だった」と解説をするのはたやすいが、もっと重要なのはそれで何を描こうとしたのかである。
私たちは「リアル」な混乱の中に放り込まれるが、これは映画であるから「リアル」ではない。「リアリティ」を感じられるかどうかなんて知ったこっちゃない。そんな議論は吹っ飛んでしまう。

私たちはテロの悲劇、大量殺戮の残虐さを「何人死亡」という数字でしか把握できません。
でも、それでは「リアリティ」が感じられない。
私たちの世界で実際に起きていることを知ることはできません。
でも、それはあくまで私が感じたこと。
なぜこの作品が作られたかは、みなさんご自身でお考えください。

年齢制限はありません。
どうしますか。
観ますか、やめておきますか。

文:大倉眞一郎

『ウトヤ島、7月22日』は2019年3月8日(金)ロードショー

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『ウトヤ島、7月22日』

単独犯として史上最多の命が奪われたテロ事件。犠牲となったのは、未来を夢見た77人の若者たち……。

制作年: 2016
監督:
出演: