クリント・イーストウッドは健康と長寿の“運び屋”だった!

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ライター:石熊勝己
クリント・イーストウッドは健康と長寿の“運び屋”だった!
『運び屋』©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
クリント・イーストウッド監督・主演作『運び屋』の公開が間近に迫っている。新しい彼女との噂など88歳にして現役バリバリのイーストウッドの最新作を、「クリント・イーストウッド ポスター大全」で知られるフリー編集者・石熊勝己氏が語ってくれた。

イーストウッドの映画人生はほとんどが「運び屋」だった!

『運び屋』©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

『運び屋』を観て思い出したのが、テレビシリーズ『ブレイキング・バッド』(2008~2013年)だ。末期ガンと診断された化学教師が、家族に金を残すためにドラッグ精製を始めて大成功してしまう犯罪コメディ。主人公ウォルターはいつもポンティアック・アズテックなる見たことがないほどカッコ悪い車に乗っているが、愛する息子には(ドラッグでもうけた金で)高級スポーツカーを買ってやる。冴えないチンピラの相棒は汚れたトヨタの四輪駆動、怪しい弁護士はキャデラック、お洒落な悪人はヴォルヴォなど、登場人物のキャラクターによって車種が違い、ドラマを見ているうちにそれぞれ納得できるよう“配車”されていた。車社会アメリカで人物を描き分けるのにこんなスマートなやり方があったか、と感心したものだ。

クリント・イーストウッド監督・主演作『運び屋』の主人公は、使い古したフォードの年代物ピックアップトラックに乗っている。が、“仕事”をこなして大金を得ると、ピッカピカの新車リンカーン Mark LTピックアップに乗り換える。朝鮮戦争に従軍した退役軍人なので、当然アメリカ車至上主義だ。一方、“運び屋”の周囲でウロウロしているカルテル・ギャングたちはそろって日本車だ。ステイタスよりも故障しなくて燃費が良い車を選んでいるのだろう。さらに、主人公が道端でパンク修理してやる車も日本製ハイブリッド車。便利でエコかもしれないが、タイヤぐらい替えられないでどうする、と『グラン・トリノ』(2008年)の主人公がカツを入れそうな雰囲気なのに、“運び屋”はにこやかに助けてあげる。やっていること(=ドラッグの“運び屋”)は犯罪だが、根はいい人間なのだ。『ブレイキング・バッド』の主人公(=ドラッグの“作り屋”)と同じように。ただ、ふたりとも、それぞれの事情で金が必要だっただけで……。

クリント・イーストウッドは苦労人だ。1930年、アメリカの大恐慌の真っただ中に生まれ、父親は職を求めてカリフォルニアを転々とし、10代までに30回も引っ越しを繰り返していたという。アメリカが貧乏だった時代、まさにジョン・フォードの名作『怒りの葡萄』(1940年)の中を生きてきたのだ。

俳優になる前は、ガソリンスタンドで働き、木こりまでしていた。テレビ『ローハイド』(1959~66年)のカウボーイ役で人気が出るが、映画初主演はイタリアへ渡ってのマカロニ・ウエスタン『荒野の用心棒』(1964年)。すでに30代半ばだった。世界的マカロニ・ブームを巻き起こしてハリウッドへ凱旋するも、『ダーティハリー』(1971年)で文字通りのスターになった頃は、すでに40代。70年代から80年代にかけて、“ハリウッド・スター”としての全盛期イーストウッドにはいくつかの“顔”があった。『ダーティハリー』シリーズやアクション物・西部劇では無口でシニカルなヒーロー、『ダーティファイター/燃えよ鉄拳』『ブロンコ・ビリー』(1980年)『センチメンタル・アドベンチャー』(1982年)などでは陽気で女好きのトラック野郎やエンターテイナーを演じつつ、監督としても経験を積み、1992年に『許されざる者』でアカデミー作品・監督賞を獲得して以後、世界的巨匠としてハリウッド映画界に君臨しているのは誰でも知っての通り。

若いころは「速い車と尻軽女にしか興味がなかった」というイーストウッドは、そのまま『運び屋』の主人公にも通じる。イタリアで『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(1966年)に出た後、オムニバス映画『華やかな魔女たち』(1966年)に少しだけ出演を頼まれ、出演料の代わりに赤いフェラーリをもらって帰ったという話はイタリアでは伝説化し、フェリーニが映画の題材にまでした。『ローハイド』で延々と牛を“運んで”いた俳優は、イタリアからスポーツカーを“運んで”帰ったのだ。

実はイーストウッドの映画人生は、ほとんどが「運び屋」だった。マカロニ・ウエスタンでは最後に決斗に勝って金を運び去り、『サンダーボルト』(1974年)では銀行強盗のために20ミリ機関砲を運び、『ガントレット』(1977年)や『マンハッタン無宿』(1968年)では証人や犯人を移送、『ダーティファイター』シリーズ(1978~80年)はトラック輸送、『ファイヤーフォックス』(1982年)ではソ連から奪ったジェット戦闘機を運んだ。大統領を安全に“運ぶ”『ザ・シークレット・サービス』(1993年)もやっていた。『運び屋』の原題である「ミュール」、つまり「ラバ」はアメリカのドラッグ業界(というかFBIや警察)の隠語で「運び屋」なのだが、イーストウッドはかつて「ラバ」と呼ばれる役をやっている。シャーリー・マクレーン演じる怪しげな尼僧をひょんなことから“運ぶ”ことになるドン・シーゲル監督の西部劇『真昼の死闘』(1970年)で、原題は「尼僧サラの二頭のラバ」。尼僧が乗っている本物のラバと、旅の相棒になるガンマン、つまりイーストウッドを「ラバ」に例えたなかなかユーモアあふれる題名だ(それにひきかえ日本題は全く意味不明……)。ちなみに、この『真昼の死闘』のためにエンニオ・モリコーネが書いた曲「The Braying Mule[泣き叫ぶラバ]」をクエンティン・タランティーノが『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)で流していた。

また、英語の「ミュール=ラバ」には頑固者の意味もある。ラバは、機嫌が悪いとテコでも動かないらしいのだ。新参のカルテル・ギャングがルールを変えようが、一顧だにしない『運び屋』の主人公は、二重の意味でまさに「ミュール=ラバ」だった。

ダーティハリー時代からエクササイズと瞑想。タフなイーストウッドは健康の達人

『運び屋』©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

『運び屋』の主人公は、デイリリーの花を育ててばかりで家族を気にかけず、年をとっても女好きで、毎度、娼婦を2人呼んで楽しんでいる(90歳なのに!)。そんな人物像を、映画を作ることに熱中し、何度も結婚して母親違いの子どもが何人もいるクリント・イーストウッド本人に重ね、主人公の娘役を(実際にスポイルされていた)最初の妻との間の娘アリソンが演じていることに感心する向きもあるだろうが、まあ、そんなことよりも、男性ファンが気になるのはイーストウッドの健康法だ。半世紀以上にわたって映画に主演、88歳にして90歳の老主人公を“演じ”、監督までこなして全米興行収入1億ドルを超える大ヒット作を放った映画人は、まさに空前絶後だ。

『ダーティハリー』以後、40代で大スターとなったイーストウッドが、70年代から80年代、つまり40代から50代にかけて大活躍した時期に気にかけていたのは、自分の身体であり健康だったのは間違いない。

イーストウッドが初めて眼鏡を使うようになったのは58歳だったというが、ちょうどそのころに主演したのが、シリーズ最終作『ダーティハリー5』(1988年)だ。これは、イーストウッド長年の念願企画『バード』(1988年)にワーナー ブラザースが資金提供してくれたのはいいが、どう見ても興行的には当たりそうにないジャズ映画の代わりに、ワーナーの希望を受けてバーター的に引き受けたらしい。『バード』撮影終了後に製作を開始し、先に夏休み映画として全米公開されて週間興行全米1位を記録した『ダーティハリー5』の脚本を書いたのは、ダーク・ピアソン、サンディ・ショウ、スティーヴ・シャロンという映画界では全く無名の3人なのだが、彼らはイーストウッドの“健康”仲間だった。禁酒・禁煙はもちろん、毎日3マイルのジョギング、2時間のジム・エクササイズ、肉を摂らない食事、アルギニン、コリン、セレニウムなどを服用する健康法はピアソンとショウによって「ライフ・エクステンション[Life Extension: A Practical Scientific Approach]」なる本にまとめられ全米ベストセラーとなった。この本のモデルが、クリント・イーストウッド本人だったのだ(ピアソンらは、その後映画製作には一切関わっていない)。

すでに『ダーティファイター』の主人公をジョギングが趣味のトラック・ドライバーにしていたイーストウッドだが、『ダーティハリー5』では相棒の刑事と(捜査もしないで)海辺をジョギング、トレーニングジムのシーンも特に意味もなく出てくる(ちなみに、このジムはサンフランシスコの撮影事務所の2階に設置され、実際にイーストウッドが撮影中に利用していた!)。ピアソンは葬儀のシーンに、またイーストウッドが指導を受けていた抗酸化物質などの専門家も医者役で出演している。すでにやりつくした感があった『ダーティハリー』映画とはいえ、世界的に人気があるヒット・シリーズで58歳の「刑事」を演じることを通じて、さりげなくジョギングとジム・トレーニングの大切さをハリー・キャラハンにアピールさせていたのである。

その後、日系人の血が入った女性キャスターと結婚したこともあり(のちに離婚)、朝食は豆腐の味噌汁、打ち合わせなどでも緑茶しか飲まない生活を送りつつ、近年は「トランシェンデンタル・メディテイション[超越瞑想]」を40年も続けていると公表し、デヴィッド・リンチが設立した瞑想財団へのサポートも表明している。ビートルズやザ・ビーチ・ボーイズからヒュー・ジャックマン、ケイティ・ペリーまでが実践する瞑想法(1日2回、15~20分でよいらしい)は、イーストウッドが肉体の健康だけでなく、精神の健康にも気を配っていることを示している。確かに、身体が健康でも頭がボケていては映画は作れない。一般的に、年齢を重ねたベテラン監督ほど、内容もセリフも「くどく」なり、同じことを何度も語りたがるなあと閉口した体験がある映画ファンは多いと思う。しかし、クリント・イーストウッド映画に、そんな「くどさ」は無縁だ。

『運び屋』には、実話の映画化作品のエンディングによくある、字幕テロップで事件や関係者のその後を解説するような親切は一切ない。法廷における主人公の態度ですべてをまとめて見せる監督イーストウッドの潔さは、「ライフ・エクステンション」と「超越瞑想」の賜物のようだ。

自らの“運び屋”映画人生をまとめたようにも見えた『運び屋』こそ、クリント・イーストウッド最後の主演作にふさわしいと思っていたのだが、もしかすると彼はもう一本、「超越瞑想」映画を考えているかもしれない。ジムで鍛え、瞑想し、緑茶を飲みながら……。

文:石熊勝己

『運び屋』は2019年3月8日(金)より全国ロードショー

『運び屋』

アール・ストーンは金もなく、孤独な90歳の男。商売に失敗し、自宅も差し押さえられかけた時、車の運転さえすればいいという仕事を持ちかけられる。それなら簡単と引き受けたが、それが実はメキシコの麻薬カルテルの「運び屋」だということを彼は知らなかった……。

制作年: 2018
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