米政府が生んだ“黒き救世主とユダの苦悩”の真実!『ユダ・アンド・ザ・ブラック・メサイア』の容赦ない人間描写を見よ

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米政府が生んだ“黒き救世主とユダの苦悩”の真実!『ユダ・アンド・ザ・ブラック・メサイア』の容赦ない人間描写を見よ
GLEN WILSON / WARNER BROS. / Allstar Picture Library / Zeta Image

“赤くて黒い血”の物語

「もし、君の娘が黒人(Negro)のボーイフレンドを連れてきたらどうするね?」
「私の娘は、まだ赤ん坊ですが」
「答えになっていないな」
「……連れてくるわけないですよ(She won’t)」

劇中、マーティン・シーン演じるFBI長官、J.エドガー・フーバーとFBI捜査官ロイ・ミッチェルの間で交わされる会話である。今ならポリコレ的にアウトだが、1970年代頃まではこのような考え方がまかり通っていた。1960年代末、公民権運動ののち、様々な反差別運動が沸き起こり、アメリカ各地で暴動が発生。中でも過激だったのがブラックパンサー党だ。

ブラックパンサー党は、マーティン・ルーサー・キング・Jr.牧師が暗殺されたことで「非暴力主義で社会変化をもたらすことはできない」と判断。彼らはマルコムXの主義を引き継ぎ、急進的に黒人解放闘争を繰り広げていた。Black Lives Matter(BLM)が声高に叫ばれている現在も共感できる話だ。だが彼らは黒人に限定せず、あらゆる格差をなくそうとした。つまり共産主義(民族主義)に傾倒した集団であり、むしろAll Lives Matter的な活動を行ったのだ。

冷戦時代のアメリカにおいて共産主義は敵国の思想だ。加えて、国民を平等に扱わないことで資本主義バランスを保っていた当時のアメリカ政府にとって、ブラックパンサー党は脅威そのものだった。映画『ユダ・アンド・ザ・ブラック・メサイア/Judas and The Black Messiah(原題)』は、そんな時代に流された“赤くて黒い血”の物語だ。

政府が作り出した“黒き救世主とユダの苦悩”の物語

車泥棒で逮捕されたチンピラのオニールは、FBI捜査官ロイから「ブラックパンサー党に潜入して情報員になるなら、無罪放免にしよう」と取引を持ちかけられる。背に腹はかえられぬと取引に応じたオニールは体よく潜入に成功し、ブラックパンサー党のカリスマ的リーダー、フレッドと出会う。彼のカリスマに惹かれ、オニールは心が揺れていく。迷った末に潜入捜査を辞めたいと申し出るが、FBIはフレッド暗殺を計画。強権的にオニールを脅迫して情報提供を強制するようになり、悲劇が起こる。

タイトルの“The Black Messiah(黒き救世主)”は、フレッドを指す。彼を聖人として讃えているかのようだが、そうではない。人望のある反政府勢力の出現を恐れたエドガー・フーバーが生み出した妄言なのだ。フレッドはアメリカの社会構造に疑問を持った純粋な共産主義者として描かれていて、決して救世主ではない。裏切り者としてユダ役を担うオニールも、無学なチンピラでしかない。

スタンフィールドとカルーヤの抑制を効かせた見事な演技

本作は実話である。1969年、オニールの手引きによるFBIの襲撃でフレッドは暗殺されてしまう。これはネタバレではなく歴史上の事実であり、本作を理解する上で重要だ。

注目すべきは政府によって彼らの人生がぶっ壊され、死に至るまでのプロセスだ。手に汗握る銃撃戦もあるし、潜入捜査ものとしてのスリリングさも持ち合わせている。だが、あくまでそれはおまけ程度。本作は、人種を超越し、目的に向かって突き進む人間模様を淡々と描くことに徹している。観客に媚びた黒人娯楽映画(ブラックスプロイテーション)化することを拒絶しているのだ。ゆえにオニールを演じるキース・スタンフォードが魅せる抑えの効いた繊細な演技は圧倒的であり、ダニエル・カルーヤによるフレッドの流暢な演説、それに反するかのように時折見せる生臭い人としての芝居には目を見張る。

本作は60年代への郷愁や感情論による歴史修正を排除し、不安定な時代をあからさまに描写した秀作だ。スタンフィールドとカルーヤの“作品のために”抑制を効かせた芝居が評価され、第93回アカデミー賞助演男優賞にWノミネートされたことは素晴らしい。

文:氏家譲寿(ナマニク)

『ユダ・アンド・ザ・ブラック・メサイア(原題)』は日本公開日未定

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『ユダ・アンド・ザ・ブラック・メサイア(原題)』

ケチな犯罪で捕まったウィリアム・オニールはFBIのロイ捜査官に弱みを握られ、情報を横流しするためブラックパンサー党に潜入する。イリノイ支部の代表フレッド・ハンプトンに接近したオニールは次第に彼に魅了されていくが、急速に支持を拡げていくブラックパンサー党を恐れたフーバー長官の命令により、ハンプトン暗殺に加担することになる。

制作年: 2020
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