生きる意味より、存在の肯定。貧しくも美しい大家族の物語『春江水暖~しゅんこうすいだん』 まるで山水画のような美しい長回しに感嘆

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ライター:大倉眞一郎
生きる意味より、存在の肯定。貧しくも美しい大家族の物語『春江水暖~しゅんこうすいだん』 まるで山水画のような美しい長回しに感嘆
『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

山水画の世界

『春江水暖~しゅんこうすいだん』、作品のタイトルが抜群にいい。これだけで観に行かなきゃ、と立ち上がる人が多いんじゃないか。「春に川の水が暖かくなってきた」。蘇東坡の「恵崇春江晩景」の一節らしい。ああ、ここに白酒の一杯もあれば、生きることを全肯定したくなる。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

作品中に「この山水画を見て、気がついたことを言ってごらん」と教師が生徒に問う場面がある。生徒は「たくさんの山や川が描かれています」と答える。そんなの当たり前すぎて答えにならないんじゃないかと思ったら、「そう、その通り、山水画には多くの山、川が描かれています」と褒めるのである。

山水画に描かれるのは大部分が山と川であり、そこに小さく釣り糸を垂れる人間が置かれる。人の小さいこと。でも、その存在に絵を鑑賞する人間は安心する。生きる「意味」よりも、「存在」の肯定である。

山と川の世界だった中国、杭州の富陽、富春江に沿って栄えた都市が舞台の本作。大いなる自然が支配していた街は再開発が急激に進み、かつての山水画の面影はもはや河のほとりに薄く残るばかり。釣りをする人間もいるにはいるが、ひとり悠久の世界に浸ってはいられない。

あまりに早い世の移り変わりには付いていけず、ただ驚き、苦い思いで一日一日を暮らすだけ。しかし、人の営みは小さくとも愛しい。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

中国の大家族

年老いた母親を、男だけの4人兄弟とその家族、親戚が囲み、すぐに停電になってしまうレストランで母親の誕生日を祝う。精一杯のご馳走が並ぶ中、母親はお小遣いを一人ひとりに手渡すが、突然倒れてしまう。慌てる一同だが、そんな中でも借金取りに追われている三男は兄たちに金をせびる。ただでさえ苦しい生活の中、これまでに貸した金も返ってこないことに腹を立てているので、全く相手にされない。怒られているが、それ以上きつく言い争うような間柄ではない。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

母親は脳卒中で、命は助かるが、認知症が一気に進んでしまう。ゆっくり静養させてやりたいが、誰もそんな余裕はない。かといって兄弟間で世話を押し付け合うわけでもない。4人とも心優しいがゆえに、苦しい生活を強いられているだけなのだ。

古くなったアパートは取り壊され、次々と新たな高層マンションが建ちはじめている。うまく時代の流れを読んで富を手にした友人たちからは、早く家を買わないからもう手が届かないのよ、と励ましを装った蔑みの言葉を投げられる。

そんな兄弟それぞれに、ちょっとした事件が起きる。撮りようによってはドラマティックな絵にもなるのだろうが、カメラは淡々とそれを追うのみ。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

そんな重いテーマを淡く描くこの作品の中で驚いたのは、親に反対されている恋人が二人、手をしっかり握って河のほとりを歩くのだが、いきなり男は「泳ぐのと歩くの、どちらが早いかやってみよう」と服を脱ぎ捨て、河に飛び込む。平泳ぎで延々と泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。

カメラはそれをカットなしで追うのだが、見る側は追うというよりは横に長い山水画を見せられているような気分になってくる。そこに映るすべての人が釣り人のよう。カメラは回り続け、二人が再び手を取り合って船に乗り込むまで、11分以上カットなし。ただ、長回しがいいのではない。そのカットがあまりにも魅力的なのである。

役者は誰だ

異様なリアリティを感じる役者たちだったので、試写が終わって宣伝の方に役者は誰か? と伺ったところ、ほとんどの出演者は監督の親戚や、親戚の知り合いの素人だという。パンフレットをめくると、役者の経験があるのはほんの数人、しかもエキストラ程度でしか経験のない方々。長男夫婦役は監督の叔父夫妻で、実際の仕事も役と同じ料理屋。次男夫妻も実際の夫婦で、監督の両親の料理屋に魚を卸していた漁師、その息子役を演じているのも実の息子。三男も監督の叔父、ダウン症の息子も実の息子で、この作品ではかなり重要な役どころ。四男も監督の叔父。前述のカップルも本当の恋人同士。そうだったのか。それでこんな映画が撮れるのか。役者を揃えてずっこけている日本映画界の皆さん、どうお感じでしょうか。

しかも、季節を追う撮影なので2年をかけて撮られている。ワンシーズンにつき5日から10日程度の撮影。撮影が終わるとみんな自分の仕事に戻っていき、次の撮影の調整。役者もそうだが、スタッフもよく付き合えたものである。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

自分の両親まで引っ張り出して出演させた32歳のグー・シャオガン監督は、これが初めての長編作品。それが2019年、第72回カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品となり、第20回東京フィルメックスでは審査員特別賞を獲得。ツキがあるというよりも、インタビューを読んでいるとあちこち回り道をしているが、そのぶん人を惹きつける愛嬌だったり、幅を持っているように感じる。スタッフに支えられながら映画を撮り、映画の勉強をして、成長して、これからの伸びしろが計り知れない。

ため息が出るような長回しがもう一箇所あるので、観に行かれる方は決して最後までお席を立たないようお願いいたします。

ちなみに、映画の終わりに「巻一完」と出てくる。巻二は2022年から撮り始めるつもりらしい。で、三部作だそう。大きな構えの監督である。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

文:大倉眞一郎

『春江水暖~しゅんこうすいだん』は2021年2月11日(木・祝)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開

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『春江水暖~しゅんこうすいだん』

杭州市、富陽。大河、富春江が流れる。しかし今、富陽地区は再開発の只中にある。顧<グー>家の家長である母の誕生日の祝宴の夜。老いた母のもとに4人の兄弟や親戚たちが集う。その祝宴の最中に、母が脳卒中で倒れてしまう。認知症が進み、介護が必要なった母。「黄金大飯店」という店を経営する長男、漁師を生業とする次男、男手ひとつでダウン症の息子を育て、闇社会に足を踏み入れる三男、独身生活を気ままに楽しむ四男。恋と結婚に直面する孫たち。変わりゆく世界に生きる親子三代の物語。

制作年: 2019
監督:
出演:
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