【映画の今、世界の今】クリント・イーストウッド『運び屋』はアウトローな男の「泥沼からの脱出劇」

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
ライター:越智道雄
【映画の今、世界の今】クリント・イーストウッド『運び屋』はアウトローな男の「泥沼からの脱出劇」
『運び屋』©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
巨大麻薬組織から一目置かれる“伝説の運び屋”の正体は、なんと90歳の老人だった……。アカデミー賞受賞監督クリント・イーストウッド監督・主演最新作『運び屋』が全米興収1億ドル突破の大ヒット! メキシコからアメリカ国境をめぐるイーストウッドの最新傑作サスペンス、日本公開目前!!

花を愛した男が求めたのは、華のある生き方

『運び屋』©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

筆者の父親の長兄は花を愛した。彼らの実父が残した莫大な資産(村で五指に入ると聞かされた。2階の物置には荒縄で縛った脇差が転がっていたから、私は子ども心に貸金の担保だろうと判断した)を惜しげもなく注ぎ込んで、鉄骨総ガラス張りの温室を何棟も広大な地所に建てめぐらせた。伯父はそこで、ロードデンドロン(シャクナゲ)を育てていた。むろんそれらの世話を焼く園丁を雇っていたが多くは朝鮮籍の人たちだった。叔父は村では名士で「旦那」だった。品評会は彼にとっても重要な檜舞台だった。しかし彼は、私の父はじめ、6人もいた弟妹の面倒をよく見た。クリント・イーストウッドの『運び屋』を観て、花に魅せられた伯父のことが思い出された。

イーストウッドが演じる主人公アールは軍を退役した後、園丁にメキシコ人を雇い、たった1日しか咲かないユリ科の花「デイリリー」(属名:ワスレグサ)の育成に血道を上げ、品評会での成果に固執する。花に夢中なりすぎたあまり、妻子を顧みない悪癖ゆえに孤独なやもめ暮らしだ。花を愛した男は、華のある生き方を求めて破綻してしまうのか?

アールは金くい虫の園芸で差し押さえを食らい、方途に迷う状態で麻薬の運び屋になる。麻薬組織が命じた場所(イリノイ州の安モーテルの駐車場に)オンボロトラックを止めておくと、米側の一味が黙って麻薬を引き取り、グローブボックスに法外な礼金を残してくれる。要は国境の通関で疑われ難い白人老人を組織は利用したのだ。麻薬組織の幹部からは、“じいさん”を意味する「タタ」という愛称で呼ばれたこの男は、手にした礼金で新しいトラックに買い換え、差し押さえられた農園を取り戻す。それだけではなく、かつての戦友が集うクラブが破産の危機に瀕すると買い戻すために「運び屋」の仕事をこなし、資金を援助する。妻子より同時代の仲間に入れ込む有様だ。

だが、アールは自分が何を運んでいるかを知らなかった。何度目かの仕事の途上で、初めてその中身がドラッグだと知った時、たまたま通りかかった警察官に声をかけられる。「ピーカン(ナッツ)だよ」と苦笑いする彼の背後では、警察犬がけたたましく吠え続ける。この窮状をどう乗り切るかはここでは割愛する。

メキシコ国境からアメリカへ ― 国境線をめぐる脱出劇

『運び屋』©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

運び屋の依頼人は、メキシコに拠点を置くカルテルだ。筆者は映画『トラフィック』(2000年)の舞台となったティファナ(サンディエゴ南)にはよく行ったし、「9.11」はメキシコのコミューンで知った。

1960年代のカウンターカルチャーの華であるコミューンが、日本と違いアメリカでは相変わらず盛況である理由を取材していた時、メンバーの1人が「越智、大変なことが起きた」と言う。急いで本部の地下にある部屋に戻ると、巨大なテレビ画面には高層ビルが火を噴きだす映像が流れていた。スペイン語の実況を耳にして、これは映画なのかと錯覚したが、事態を知るに及び真っ先に「国境が封鎖される!」と判断した。とるものとりあえずメキシコ側のシウダー・ファレスへかけつけ、どうにかエルパソに入った。そこで目にした光景には仰天した。至る所に巨大な星条旗が翻り、「9.11」が全米に蔓延させた危機感の痛烈さをまざまざと感じた。予定通り北上を開始すると、至る所に臨時の検問所が設けられ、アールを慌てさせた警察犬どころの騒ぎではなかった。

ドナルド・トランプが提唱する「国境の壁」は、アメリカの政治史的な迷走と停滞をもたらしているが、メキシコ国境からは難民とドラッグが流入し続けている。この現実を阻止しようとDEA(アメリカ麻薬取締局)は運び屋の捜査網を張りめぐらせる。

『運び屋』に登場するメキシコの麻薬組織はバハ・カリフォルニアの本土側の対岸、シナロアを地盤としているのかもしれない。なぜならティファナの組織はすでに滅ぼされているので、シナロアの可能性が高い。この地域の拠点都市はクリアカンで、組織を率いる実在のボスは“ちび”を意味する「エル・チャポ」(本名ホアキン・グスマン、身長5フィート6インチ=168センチ)だ。エル・チャポは収監されていた重罪犯獄舎のシャワー室の床まで地下に小さなトンネル掘り抜かせ、“ちび”の体躯を利用して見事に脱獄に成功し官憲側の鼻を明かした。タタを「運び屋」に使う方法は、トンネル脱獄の名案を始め、智恵の回るエル・チャポが思いつきそうなアイデアである。

ところが、アンディ・ガルシアが演じる麻薬組織のボスにはエル・チャボの抜け目さはまるでなく、麻薬で荒稼ぎして建てた豪華なハシエンダでクレイ射撃とセックス・メイトを集めた豪奢な暮らしに現(うつつ)を抜かす。大仕事をこなしたタタを歓待し、セックス・メイトをあてがう隙を見せる。やがて、組織内で抗争が勃発、ボスが交代し運び屋にも綱紀粛正が及ぶ。折悪しく、長らく疎遠にしていた元妻が倒れたとの報せを受けたアールは、麻薬組織の指令違反を犯してルートを変更する。危うく粛正されかけるが、親孝行が意味を持つメキシコのカトリック信徒の心情によって生き延びる。麻薬組織の監視が続く中、DEAの捜査も着々と進んでいく。高齢化社会を生きる孤独な老人と家族の在り方、国境を越えて世界に蔓延するドラッグなど、社会性の高いテーマをもった実話を、イーストウッドはアウトローな男の「泥沼からの脱出劇」として仕上げた。

最後に、前述のティファナの麻薬カルテルは、すぐ南のシナロア、つまりエル・チャポのカルテルとの縄張り争いに敗れてエル・チャポの支配が貫徹される。彼は目下、再び刑務所暮らしであることを付け加えておこう。

文:越智道雄

『運び屋』は2019年3月8日(金)より全国ロードショー

Share On
  • Facebook
  • Twitter
  • LINE

『運び屋』

アール・ストーンは金もなく、孤独な90歳の男。商売に失敗し、自宅も差し押さえられかけた時、車の運転さえすればいいという仕事を持ちかけられる。それなら簡単と引き受けたが、それが実はメキシコの麻薬カルテルの「運び屋」だということを彼は知らなかった……。

制作年: 2018
監督:
脚本:
出演:
  • BANGER!!!
  • 映画
  • 【映画の今、世界の今】クリント・イーストウッド『運び屋』はアウトローな男の「泥沼からの脱出劇」