素晴らしい映画はいつだって登場人物全員がどうかしている
『フェイス/オフ』(1997年)は、FBI捜査官とテロリストが顔を入れ替えられてしまう、というストーリー。大林宣彦監督の『転校生』(1982年)やアニメ『君の名は。』(2016年)のような 「入れ替わり譚」だ。しかし、入れ替わったのはうら若き男女ではなくトラヴォルタとケイジ。この奇跡のようなキャスティングの実現だけでも映画史に名を残す偉業であるのは間違いない。
トラボルタが演じるFBI捜査官ショーン・アーチャーは6年前に幼い息子マイケルを、ケイジ演じるテロリストのキャスター・トロイに殺されている。それ以来アーチャーは私情パンパンで手段を問わずにトロイを追いまくる復讐鬼となっていた。なので当然家族は顧みず、嫁さんと娘には疎まれ三昧。仕事をともにする同僚に対しても同様で、高圧的かつ愛想ゼロ。ただただトロイを追うことだけが人生のすべてなのだった。
いっぽうトロイは、エキセントリックな言動が目立つ残虐非道で派手好きな男。例えるなら超悪いルー大柴のような人物で、終始楽しそうに「トゥギャザーしようぜ!」と人を殺す。その性格を如実に表した愛銃は金ピカに塗られたコルト・ガバメントのクローン銃で、グリップには龍の彫刻があしらわれている下品っぷり。そんな、ハナっから狂っている男ふたりの顔が入れ替わる。
オープニング早々、アーチャーはトロイをフルボッコにして昏睡状態のまま逮捕することに成功する。しかし、逮捕される前にトロイがロサンゼルスのどこかに細菌爆弾を仕掛けていたことが判明。トロイからは昏睡状態で聞き出せないし、爆弾のありかを知っているのは刑務所に入っているトロイの弟・ポラックスのみ。これを受けて、アーチャーの上司はアーチャーに提案する。
「あなたの顔をトロイと交換して刑務所に潜入し、ポラックスに会って爆弾の場所を聞きだすのよ!」
ちょっと何言ってるか分からない。天才すぎて頭がおかしい上司。それに「仕方がないな」と顔替え作戦を受け入れるアーチャー。素晴らしい映画はいつだって登場人物全員がどうかしている。
しかし、冷静な全観客は思うだろう。「顔だけ替えただけじゃ、骨格も声も違うんだし無理があるでしょ……」
こういう野暮でつまらない凡人の発想にも、本作では「脂肪を注入」やら「声は特殊な機械で変更」などのエクスキューズを用意してくれている。親切丁寧すぎて頭が下がる思いだ。
トラボルタとケイジだからこその企画
こうしてアーチャーは科学者渾身の最先端技術でもってトロイとなり変わり、おっかなびっくり刑務所へ繰り出した……のだが、いっぽうその頃、昏睡状態のはずだったトロイがなぜか覚醒。起きたら顔がないのでずいぶん驚かれていたが、気合いで立て直してすぐさま部下に連絡。アーチャーを手術した科学者を拉致し、アーチャーの顔を自分に移植させ、アーチャー・フェイス変換計画を知る数名を殺害。トロイ(中身はアーチャー)を永久的に刑務所に閉じ込め、アーチャーになり代わってアーチャー・ライフを送ることに決めたのだった……。
というところまでで、まだまだ序盤。映画はこのままものすごい密度をキープし続け、本来の顔を失う=<アイデンティティの喪失>という真面目なテーマをかすりながら、ジョン・ウーらしさ溢れる凄まじい銃撃戦、飛び交う鳩、スローモーション満載で『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)とほぼ同じ上映時間を1秒も飽きさせることなく爆走する。
しかし、この映画でもっとも凄まじいのはアクションではなく、トラボルタとケイジの一人二役っぷりだ。ふたりは撮影前の2週間を共に過ごし、隙あれば互いの作品をチェック。お互いの動作の癖を吸収しきったうえで撮影に挑んだという。この作品以降、ふたりの作品選びやハリウッドでの立ち位置がなんとなく似ちゃってるのはこの作品のせいなのかもしれない……。
当初はシルヴェスター・スタローンとアーノルド・シュワルツェネッガーの企画だったというが、スタローンとシュワならどうしても観客の期待に応えるためのアクション頼りになってしまう。トラボルタとケイジのような、見ているだけで楽しい動物的キテレツ演技合戦は見られなかっただろう。
ちなみに本作の公開から数年後、再びニコラス・ケイジとジョン・トラボルタの再共演企画が立ち上がった。タイトルは『Shrapnel』。またもや過去に因縁のある二人の男が死闘を繰り広げる話で、監督は『プレデター』(1987年)や『ダイ・ハード』(1988年)のジョン・マクティアナン。どう考えても映画ファン待望の企画だったはずだが、2006年にジョン・マクティアナンがとある映画プロデューサーの盗聴を私立探偵に頼み、FBIの事情聴取の際に虚偽の証言をしたことから逮捕されてしまい企画は一度頓挫。その後、『Shrapnel』の脚本をもとに企画は復活したが、監督もキャスティングもすべて変更され、トラボルタとロバート・デ・ニーロの初の共演作として話題になった『キリングゲーム』(2013年)となった。
それ以外にも、脚本を担当したマイク・ワーブが「アンジェリーナ・ジョリー主演で女性版の『フェイス/オフ』を考えている」と発言したこともあったが、これも瞬時に頓挫。しかし、根強いファンが多いこの作品、いまだにネット上ではファンの間でリメイクのキャスティング案が飛び交っている。
文:市川力夫
『フェイス/オフ』
幼い息子を非常なテロリスト、キャスター・トロイに殺されたFBI捜査官ショーン・アーチャー。激しい銃撃戦の末、ついにトロイを捕えるが、頭を強く打ちトロイは昏睡状態に…。しかし、ロサンゼルスを壊滅させる時限式の細菌兵器爆弾を仕掛けていたことが判明。植物人間となったトロイ以外に爆弾の場所を知るのは、獄中の弟ポラックスだけだが、彼はトロイ以外の人間に心を開かない。FBI秘密捜査班はアーチャーを呼び出し、昏睡状態のトロイの顔を剥ぎ、最新技術でアーチャーに移植し、トロイになりすましたアーチャーがポラックスから爆弾の在りかを聞き出すという極秘任務を言い渡す。
制作年: | 1997 |
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監督: | |
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