言葉が変われば流儀も変わる!インド映画の多言語世界を探検しよう

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ライター:安宅直子
言葉が変われば流儀も変わる!インド映画の多言語世界を探検しよう
『チェンナイ・エクスプレス~愛と勇気のヒーロー参上~』©Red Chillies Entertainments Pvt. Lt
『ムトゥ 踊るマハラジャ』日本公開20周年リバイバルや、『バーフバリ』2部作のメガヒットにより大注目の南インド映画。今回は、南インド映画日曜研究家の安宅直子さんが、知っておくとより映画を楽しめる基礎情報を教えてくれた。

インド映画は言語で細分化され、独自の作風を育む

まずはベーシックなところから始めましょう。映画大国インドでは、ここ数年は毎年1500本を超える映画作品が製作されていますが、その中でも南インド、特にタミル語圏とテルグ語圏は、映画界がとても元気なところとして有名です。

南インド映画の話に行く前に、インドにおける言語の分布について見てみましょう。13億超の人口を擁するインドには、国語というものが現在のところありません。最も話者の多いヒンディー語は、主に北インドで話される言葉で、これが国の第一公用語とされています。それに続く存在感を示しているのが、1947年までインドを植民地支配したイギリスの置き土産である英語で、こちらは国土全域に広く話者がいます。また、お隣のパキスタンの国語であるウルドゥー語は、ヒンディー語とは文字が全く異なるものの、日常的な話し言葉ではほぼ100パーセント意思の疎通が可能な兄弟語で、インド人でこれを母語とする人も、ヒンディー語圏に多いです。

一方で、5つの州からなる南インドでは、ドラヴィダ系の4言語が主に話されています。このドラヴィダ系言語は、北インドのヒンディー/ウルドゥー語とは文法・音韻・文字が異なる別系統の言語群です。その中で最も古い言葉であるタミル語はタミルナードゥ州の州公用語、そこから枝分かれしたカンナダ語はカルナータカ州の、テルグ語はアーンドラ・プラデーシュとテランガーナの2州の、マラヤーラム語はケーララ州の州公用語です。インドの映画界はこうした言語によって細かく分かれ、お互いに緩やかな交流をもちながらも、それぞれの言語圏ごとの嗜好に沿って独自の作風を育みながら歩んできました。

緩やかに連続する北インドとパキスタンの文化

昨年の秋に東京・大阪などで開催された「インディアンシネマウィーク2018」で、ヒンディー語映画『同意』(2018年)をご覧になった方もいらっしゃるでしょう。この作品は、インドの北の端のカシミール出身のイスラーム教徒の女性が、軍事的に緊張関係にある隣国パキスタンの軍人の家庭に嫁入りし、スパイとして活動するという愛国的なメロドラマでした。圧倒されるのは、彼女がパキスタンにあって、軍事的・政治的な緊張の中で極限の生活をしているにもかかわらず、文化的な摩擦はほとんどないということです。劇中で彼女は、ウルドゥー語、ヒンディー語、英語(そしておそらくカシミーリー語も)を操る人という設定でした。婚家の人々と言語・宗教・階級を同じくする彼女だからこそ、社会に溶け込んでスパイ活動を行うことができたわけです。

映画で描かれるインド亜大陸に存在する文化の境界線

『同意』でヒロインを演じたアーリヤー・バット主演の別の作品で、日本未公開のヒンディー語映画『2 States』(2014年)を見てみましょう。ここでは彼女は、南インドのタミルナードゥ州出身の大学生を演じています。映画は、彼女が北インドのパンジャーブ州からやって来た男の子と恋に落ち、二人が結婚を両家の家族に認めさせるまでの紆余曲折がテーマのラブコメです。両家は言語から始まり、食生活、金銭観にいたるまで全てが両極端であり、お互いに偏見を持ち、ことあるごとに衝突します。こうした文化摩擦を乗り越え、二人が家族を和解させ無事結婚式を挙げるまでが、一本の映画となるのです。この作品は、英語で書く売れっ子作家チェータン・バガトの同名の自伝的小説を基にしており、劇中の出来事はある程度まで現実を反映していると思われます。

北インドのヒーローと南インドのヒロインとのロマンスといえば、ヒンディー語映画『チェンナイ・エクスプレス ~愛と勇気のヒーロー参上~』(2013年)もそうでした。こちらはより一層どたばたコメディーのテイストが加わっており、2013年のインド映画興行収入で『チェイス!』に続いて第2位になった大ヒット作です。ここでもやはり、北インドと南インドの様々な局面での考え方や流儀の違いが、かなり誇張された形でテーマになっていました。

『チェンナイ・エクスプレス ~愛と勇気のヒーロー参上~』©Red Chillies Entertainments Pvt. Lt

こちらの作品では、視点は北インド人のヒーロー側からのもので、主として映画によって培われたであろう南インドのイメージ、たとえば男性がまとう腰巻、大勢の手下を抱えた暴力的な領主などといったものが、漫画的にデフォルメされて描かれていました。大ヒットはしたものの、南インドの映画ファンのなかには、この作品の笑いの質に、のみ下せないものを感じた人もいたようです。

こうした作品群を見てみると、インド亜大陸の中に存在する文化の境界線は、国境とは必ずしも一致せず、主に言語によって分かれているということが体感できます。ただし、念のためここで付け加えますと、文化摩擦と言ってはみたものの、北インドと南インドの間で何か深刻な対立が起きているわけではありません。ごく例外的な局面を除き、両者は緩やかな交流の中で、余裕ある無関心をキメながら、それぞれの文化活動に勤しんでいるのです。

南インド映画と題しながらヒンディー語映画の名前ばかり挙げてしまいましたが、次回からは、南インドのそれぞれの言語圏の映画に分け入っていきたいと思います。

文:安宅直子

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