思春期に揺れる少女の“羽ばたき”を女性視点で描く韓国新世代監督の長編デビュー作『はちどり』

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思春期に揺れる少女の“羽ばたき”を女性視点で描く韓国新世代監督の長編デビュー作『はちどり』
『はちどり』© 2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

色んな国や街を訪れ、そこにいる市井の人々を見かけるたび、それぞれの暮らしが確かにその場所に存在している。なぜだか毎回その圧倒的な事実にハッとするのだけど、それは自分が如何に半径数メートルほどの狭い世界で生きているかということを再確認する作業であり、自分と同じように生きている誰かを思いやることの大切さを改めて考えさせられる。

『はちどり』© 2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

激動の90年代韓国を舞台に少女たちのささやかな交流を描く

物語の舞台は1994年、経済成長も著しい激動の韓国ソウル。商店街で餅屋を営む両親の元で生活する三兄姉妹の末っ子で14歳のウニ(パク・ジフ)は学校に馴染めず、学外にいる親友や恋人、後輩の女の子と遊んで暮らす日々を送っていた。

『はちどり』© 2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

両親は仕事が忙しく、満足に子供と向き合えていないにも関わらず、学歴至上主義に加えて品行方正であれと叱責するのみで、ある種のネグレクト状態。父の圧力に押され自分を殺して勉学に勤しむ兄と、それを放棄した奔放な姉に挟まれ、学校でも家庭でも孤立していたウニは、通っている漢文塾の新任講師・ヨンジ(キム・セビョク)と出会い、次第に心を開いていく。そんな彼女との交流を通して、半径数メートルの世界の中で自分が何者なのかを手探りで確認していく物語である。

『はちどり』© 2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

「馬鹿にされない人になれ。ソウル大学に行け」という、学歴至上主義の父親。それは子供たちを鼓舞しているようで聞こえはいいが、親に恥をかかせるなという自分本位の願望でしかない。その自分本位具合は家族で食事をとるシーンでも顕著だ。ウニは、兄に一方的に暴力をふるわれていることを伝えるも、「喧嘩しないで」と簡単に処理する親はあまりにも薄情で、お世辞にも相互理解が生まれているとは考えづらい。臭いものには蓋をせよと言わんばかりの態度だ。

問題が起こった時、いつだってきちんと背景を考える必要がある。ウニは蓋をしてほしいんじゃない。臭いものの原因を突き止めて消してほしいのだ。ただ、彼女の訴えはいつも届かない。ウニ自身を含めた登場人物の感情は、ほとんど一方通行と言っていい。

『はちどり』© 2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

ハチドリのように儚くも必死に羽ばたく少女を通して監督が伝えたかったこと

相互的であるべきことが正常だと思う僕なんかは、ウニが唯一対等に言葉を交わせるヨンジの存在を異端な人物として描かれることに少し驚くのだけど、そんな当たり前に感じていた事柄が実はかけがえのないものなのだということを、キム・ボラ監督は暗に伝えてくれる。

『はちどり』© 2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

家族とも折り合いがつかず、恋人とは連絡が途絶え、親友とも喧嘩をして居場所がないウニは、ヨンジのいる漢文塾だけを拠り所にする。家父長制が色濃く残る90年代を背景に、女性はこうあるべきという論調で語られる描写が度々あるが、ヨンジはウニに向かって「殴られたら立ち向かえ。黙っていてはダメ」と説く。

『はちどり』© 2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

その言葉を受けて、ウニは発散しようのない感情や何者にもなれない不甲斐なさを感じながら、自分に変化をつけようともがきはじめる。それは“はちどり”の様に必死で羽根をばたつかせているかのようで見ていて苦しくなるけれど、それを笑う権利がある人なんてこの世にいるのだろうか。どれだけ彼女が虐げられようとも、そこには壊されない美しさがある。

『はちどり』© 2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

切り揃えられたボブカットやシワのない制服、挨拶を怠らないところや率先してドアを開けてあげるところ、母親の作ったチヂミをきれいに食べたり、恋人のためにお手製のカセットテープを作るところ。そんな潜在的な美しさや生活の中に散りばめられた健気な思いやりが沢山あることを、彼女自身がいつか気づきますように。

『はちどり』© 2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

文:巽啓伍(never young beach)

『はちどり』は2020年6月20日(土)よりユーロスペースほか公開

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『はちどり』

1994 年、ソウル。家族と集合団地で暮らす14歳のウニは、学校に馴染めず、 別の学校に通う親友と遊んだり、男子学生や後輩女子とデートをしたりして過ごしていた。 両親は小さな店を必死に切り盛りし、 子供達の心の動きと向き合う余裕がない。ウニは、自分に無関心な大人に囲まれ、孤独な思いを抱えていた。

ある日、通っていた漢文塾に女性教師のヨンジがやってくる。ウニは、 自分の話に耳を傾けてくれるヨンジに次第に心を開いていく。ヨンジは、 ウニにとって初めて自分の人生を気にかけてくれる大人だった。 ある朝、ソンス大橋崩落の知らせが入る。それは、いつも姉が乗るバスが橋を通過する時間帯だった。 ほどなくして、ウニのもとにヨンジから一通の手紙と小包が届く。

制作年: 2019
監督:
出演:
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