いま観るべき映画! アメリカの“建前”と“矛盾”をえぐり出す挑戦的なヒューマン・サスペンス『ルース・エドガー』

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ライター:BANGER!!! 編集部
いま観るべき映画! アメリカの“建前”と“矛盾”をえぐり出す挑戦的なヒューマン・サスペンス『ルース・エドガー』
『ルース・エドガー』© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

隠れた名作は数あれど、上映期間終了後に「あれ実はスゴい映画だったんだね」なんて言われるのはもったいない……。予期せぬ延期を経てついに公開された『ルース・エドガー』は、まさにそんな映画だ。とはいえ、間接的・構造的な人種差別に対して極限まで注目が高まっているタイミングで公開されたのは、作品をより深いところで理解するという意味では良かったのかもしれない。

『ルース・エドガー』© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

まるでオバマ前大統領のように知的な高校生ルース

『ルース・エドガー』の主人公はタイトルどおり、ルース・エドガーという名の17歳の少年。高校では成績優秀かつ運動神経も抜群で、同級生だけでなく大人たちも惹きつけるカリスマを持った秀才だ。彼は10歳の頃に白人の里親に引き取られたアフリカ系の移民であり、銃を手にして戦場に駆り出されていたという想像を絶する過去の持ち主。暗い過去を克服し立派な人間に成長した若者ということで、ルースはいち生徒としてだけでなく“可能性無限大の国アメリカ”を象徴する存在として祭り上げられていた。

『ルース・エドガー』© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

そんなルースが提出したレポートの中身に、歴史のウィルソン先生が“危険な匂い”を感じ取ったところから物語が動き始める。そのレポートは、革命のためならば暴力もいとわないと謳った急進的な活動家に関するものだった。しかも、これを不安視した先生がルースのロッカーからドンパッチな危険物を見つけたというからまた仰天(勝手に生徒のロッカー見るなよというツッコミもちゃんと劇中で拾っている)。当然ながら両親は息子の頭の中を案じるわけだが、問いただしても悪びれないどころか屈託のないルースの態度からは、どうにも真意が読み取れず……というかめっちゃ怪しい……かも?

『ルース・エドガー』© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

「心理スリラー」と聞けば背筋の凍るような展開を期待してしまうが、正直言ってわかりやすい山や谷やオチがあるようなお話ではない。本作は、黒人に向けられる「成功者かそれ以外か」という両極端なステレオタイプに疑問を投げかけ、さらに「本当の自由とは何か?」というメッセージを込めつつも、映画自体が説教くさい教訓話にはなっていないという驚くべきヒューマン・サスペンスなのである。

『ルース・エドガー』© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

オクタヴィア・スペンサー新境地? 新鋭vsベテラン勢の演技合戦も見もの!

常に模範的(文化的に認められるような振る舞い、リスペクタビリティ・ポリティクス)な黒人であろうとする教師ウィルソン(彼女のファーストネームが“ハリエット”というのは意味深)を演じるのは、『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』(2011年)で第84回アカデミー賞助演女優賞を獲得したオクタヴィア・スペンサー。

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『ルース・エドガー』© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

白人の友人からは「お前は他の黒人と違うからOK」と言われ、黒人の友人からは「お前はいわばオバマだ」と言われることに居心地の悪さを感じている主人公ルースを演じるのは、2020年7月10日(金)公開の『WAVES/ウェイブス』でスポ根ライフに疲れた高校生を熱演している新鋭、ケルヴィン・ハリソン・Jrだ。

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『ルース・エドガー』© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

そして親としての深い愛情はもちろん、リベラルな白人としての罪悪感を昇華させようとしているようにも見えてしまうルースの両親を、ナオミ・ワッツとティム・ロスがどよ~んとした風情で演じている。なお、ルースの同級生ステファニーを演じるアンドレア・バンはなんと31歳。実際ステファニーは高校生か大学生にしか見えないので、アジア系俳優は演じられる役の幅が広いという面では有利なのかもしれない。

『ルース・エドガー』© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

黒人へのステレオタイプがテーマの一つになっているだけあって、劇中でヒップホップやR&Bはビタイチ流れない。いかにも不吉なことが起こりそうな重~い劇中曲を手掛けたのは、『エクス・マキナ』(2015年)やNetflix『アナイアレイション ―全滅領域―』(2018年)のサウンドトラックも手掛けたコンビ、ベン・ソールズベリーとジェフ・バーロウ。今回もジワリと耳にこびりついてくるイイ仕事をしているので、ポーティスヘッドのファンでなくとも要チェックだ。

建前と矛盾に満ちた世界を容赦なく観客に投げつけてくる問題作にして傑作!

本作は、少年の心の闇が溢れ出すみたいなサイコスリラーではないし、あからさまな人種差別が引き起こすサスペンス劇というわけでもない。規律を維持することでキャリアを築いてきた黒人教師と、本当の自由とは何なのかを探し求める移民の黒人少年という構図は、世代間の価値観闘争のようにも見えるだろう。しかし、そこにルースの両親ら白人たちが“特権”の象徴として加わることにより、ルースとウィルソンの対比もぐっと意味合いが増し、観客の先入観からスルリと抜け出してみせる。社会的な現実と登場人物たちの思惑が常に交差しているので、どこか一部分だけを切り取って解説するのは不可能なのだ……!

『ルース・エドガー』© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

終盤、それまで悠然と振る舞っていたように見えたルースの“真意”がチラ見えしたとき(ここは映画館のイスから姿勢を正すタイミング)、きっとゾワゾワ~っと鳥肌が立つ(もしくはガッツポーズする?)はず。さらに母エイミーがくだす“ある決断”の衝撃度や、うっすらウィルソン先生に抱いていた負の感情がグラつく展開などなど、観る者の脳ミソを徹底的に揺さぶってくるジュリアス・オナー監督の見事な手腕には、白目をむいて口から泡を吹きながらサムズアップしてしまうこと間違いなし。鑑賞後は心に“しこり”ができたような感覚をそのまま持ち帰りつつ、ぜひパンフレットを買ってオナー監督のインタビューを読みながら反芻していただきたい(もちろん「偏見を助長するのでは?」といった意見もあるだろう)。

『ルース・エドガー』© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

ちなみに監督の前作がNetflix『クローバーフィールド・パラドックス』(2018年)というのは少々意外だったが、本作の後に観れば新たな気づきがありそうなので、未見の人もぜひチェックしてみよう。

『ルース・エドガー』は2020年6月5日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開

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『ルース・エドガー』

ルース・エドガーは文武両道に秀でた17歳の少年だが、課題のレポートをきっかけに同じアフリカ系の女性教師ウィルソンと対立し、日常が大きく揺らぎだす。ルースが過激思想に染まっているのではないかという疑惑は、彼の養父母である白人夫婦エイミーとピーターの旨にも疑念を生む。はたしてルースは何者なのか。

制作年: 2019
監督:
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