ラストシーンに“人生”の本質を見る アカデミー賞受賞の短編映画がYouTube配信中『向かいの窓』 

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
ライター:齋藤敦子
ラストシーンに“人生”の本質を見る アカデミー賞受賞の短編映画がYouTube配信中『向かいの窓』 
『向かいの窓』THE NEIGHBORS' WINDOW. Kiana (Maria Dizzia). Photographer: Wolfgang Held.

人生が映るニューヨークのアパートの窓

ニューヨークの“窓”が主人公と言ってもいい作品がある。それが第92回アカデミー賞で短編実写映画賞を受賞した『向かいの窓』(2019年)だ。ほんの20分という短さに人生が詰まっていて、見終わって心がじーんとする。現在配信中なので、家から出るのを控えている今の時期に見るのにぴったりだ。

始まりはマンハッタンの夕景。そこから、夜のブルックリンの住宅街へ。リビングで散らかったおもちゃを片付けているアリー(マリア・ディッツィア)。そこに子供たちを寝かしつけた夫のジェイコブ(グレッグ・ケラー)がやってくる。やっと静かな時間を取り戻した夫婦がテーブルに着き、ふと向かいの窓を見ると、若い男女が愛し合っている姿が飛び込んでくる。女性の体のしなやかさ、男性の情熱。アリーが妊娠中でしばらくご無沙汰だった中年夫婦は、互いに文句を言いつつ、ついつい見入ってしまう。

やがて赤ちゃんが生まれ、3人の子供の育児に追われるアリーは、向かいのカップルを双眼鏡でのぞいては、若さと女としての魅力を失った自分にひきくらべてしまう。それはジェイコブにとっても同じことだ。ところが、真夏のある日、向かいの窓に異変が起こる。若い夫の頭髪がなくなっていたのだ。顔色も悪そうだ。やがて秋が過ぎ、ハロウィーンの飾りが窓辺を飾る日の午後、アリーは向かいの窓で決定的な事件が起こるのを目撃する……。

マンハッタンの摩天楼が遠望できる広々とした窓から覗く夫婦たちの営み

映画の舞台となったアパートは、ブルックリンの12thストリートにある。すぐそばにプロスペクト公園があり、スパイク・リーの『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989年)や『クルックリン』(1994年)の舞台になった黒人居住区とは趣が違い、マンハッタンから流れてきた中流階級の人々が住む閑静な住宅街だ。

アリーとジェイコブのリビングダイニングには広々とした窓があって、太陽光がよく差し込むし、ベランダの側の窓からはアッパー湾とマンハッタンの摩天楼が遠望できる。向かいのアパートの窓もほぼ同じ形、同じ大きさで、若いカップルもこんな素敵なリビングで暮らしているのだろうと想像できる。

『向かいの窓』THE NEIGHBORS’ WINDOW. Kiana (Maria Dizzia). Photographer: Wolfgang Held.

2組のカップルの窓の相似形は、この映画のテーマに関わっている。アリーとジェイコブが見ていた向かいの窓から視線を180度反転し、若いカップルから見た“向かいの窓”を想像してみよう。そこには何が見えていたのだろうか。

すべてが判明するラスト・シーンの感動が、この短編にアカデミー賞をもたらしたのだと私は思う。ほんの20分の短編だが、人生に対する深い洞察が込められている。それも、さりげなく、シンプルな語り口で。

ドキュメンタリー畑の監督が短編で才能を発揮! 地味ながら実力派揃いのキャストも要注目

監督のマーシャル・カリーはドキュメンタリー畑出身で、これまでアカデミー賞のドキュメンタリー部門で長編2回、短編1回のノミネートを果たしている。初受賞となったのが実写映画(ライブアクション)だったのは皮肉だが、これから長編劇映画に進出してくるだろう逸材だ。

主演のマリア・ディッツィアは1974年ニュージャージー生まれ。舞台を活動の拠点とするベテラン脇役で、映画やTV作品にも数多く出演。TVシリーズ『FRINGE/フリンジ』(シーズン1[2008~2009年]「不治の病」のエミリー役)、Netflixオリジナルシリーズ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』(2013年~:主人公パイパーの親友ポリー役)、最近では同じくNetflix『13の理由』(2017年~:タイラーの母親役)など。視線の先に何があるのかを雄弁に物語る、彼女の目の演技が素晴らしい。

夫役のグレッグ・ケラーは74年ニューヨーク生まれ。出演作で日本公開されているのはノア・バームバック監督の『ヤング・アダルト・ニューヨーク』(2014年:パーティの客役)、TVシリーズ『LAW & ORDER ロー&オーダー』のゲスト出演(シーズン18/20[2008年/2009~2010年]:弁護士役)くらいだが、舞台を中心に活躍する俳優兼脚本家である。

向かいの窓の若い妻を演じたジュリアナ・キャンフィールドはTVシリーズ『キング・オブ・メディア』(2018年:ロイ家の次男ケンダルのアシスタント役)で注目される新進女優で、本格的な活躍はこれから。

原題は『The Neighbors’ Window(隣人たちの窓)』だが、これを『向かいの窓』とした邦題がとてもいい。12thストリートを挟んで立っている2つの建物の向かいあった窓に映る光景は、2組のカップルの過去と未来である。アリーがうらやむ若く美しい隣人にとって、アリーの今の暮らしこそ、いくら望んでも得られることのない未来の暮らしなのだ。メーテルリンクの童話「青い鳥」のように、幸せは身近にある。けれども、その幸せは、たちまち飛んでいってしまうのだ。

文:齋藤敦子

Presented by YKK AP株式会社

『向かいの窓』はYouTubeで無料配信中(英語字幕)

Share On
  • Facebook
  • Twitter
  • LINE

『向かいの窓』

幼い我が子と夫の面倒に愛想が尽きたアリーは近所に引っ越してきた20代のカップルの部屋が自宅の窓から見えることに気付く。そこからカップルの自由なライフスタイルを「裏窓」風に覗き見る日常が始まった。

制作年: 2019
監督:
出演:
  • BANGER!!!
  • 映画
  • ラストシーンに“人生”の本質を見る アカデミー賞受賞の短編映画がYouTube配信中『向かいの窓』