意表を突く面白さ! 開巻からラストまで予測のつかない興味津々の人間劇『いつくしみふかき』

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ライター:関根忠郎
意表を突く面白さ! 開巻からラストまで予測のつかない興味津々の人間劇『いつくしみふかき』
『いつくしみふかき』©映画「いつくしみふかき」製作委員会

怒涛のオープニングに吃驚!予備知識ゼロで挑んだ『いつくしみふかき』
【惹句師・関根忠郎の映画一刀両断】

このところ新型コロナウイルスの世界的猛威に、先の読めない不安と恐怖に怯え切っているさなか、ポン! と不意に本作のような《未知の出物?》を目の前にすると、思わず前のめりになって見入ってしまう。『いつくしみふかき』というタイトル以外は予備知識なしの白紙で臨んだ本作は、実にすんなりと映画に入っていけた。

なにせオープニングからしてスゴイ。いきなり怪しげな風体の若い男が真っ昼間、一軒の留守宅に土足のまま上がり込んで物品を荒探し。お目手当の金を見つけて逃走する。次に突然、若い母(加代子)と幼い男の子(進一)の短いインサート・カット。いきなり母親は息子を激しく殴打。何が何だか分からない滑り出しが実にいい。そしてその夜、松明を掲げた消防団など村中の男たちによる空き巣泥棒の追跡。圧倒的に美しく迫力に満ちた山狩りが展開する。

捕まった男(広志)は村一番の悪党だった。皆に散々リンチされた挙げ句に追放処分に。一種の魔女狩りだ。旧弊な村集団による暴力的排除である。さて、この恐るべき発端からいったい何が始まり、どんな人間劇が展開して行くのか。筆者は安易に、いや何やら妙に「八つ墓村」を想像した。しかし映画は一転、予測を裏切って無造作に30年後の人間劇へとブッ飛ぶ。意表を突かれた。

これまで名前さえ知らなかった大山晃一郎監督の長篇第一作。映画の導入部に迫力を注いだ、その手腕は並じゃない。

30年後の山村も美しく不変……広志、加代子、そして進一の現在は?

進一は年齢だけはイイ大人になっていた。長年、母子家庭で育ち、自分の気持ちや意志を伝える術を失っていた。全裸でうつ伏せのまま、川の下流へ流されていく進一。そんな息子の奇行に加代子は手を焼くことしきり。ややネタバレになるが、夫・広志を反面教師とするあまり、加代子は息子を盲目的に過剰に手厳しく育ててきたようだ。結果、進一は自閉症に近いニートになっていた。そのため村の対面を気にする叔父(加代子の兄)から、村を出て行けと要求され、折からの空き巣窃盗事件の濡れ衣さえ被せられる。村人の偏見、差別、偏狭、蒙昧……。進一は、思い余って村はずれの教会に駆け込んで行く。

一方、村の近在にはいつの間にか広志が舞い戻り、4~5人のチンピラを従えて辺りに出没。中年になっても悪行は止まらない。進一は、そんな広志を自分の父親だとは全く知らないでいる。どうです! この設定。何が起きても不思議じゃない。山村の景観は30年前と少しも変わらず美しく、村人のメンタリティは限りなく旧弊、閉塞のまま。次の展開に興味が湧いてくる。

笑える! チンピラ映画を地で行く広志と若い舎弟たちの小悪党シノギ

広志たちが次々に悪さを重ねるシークエンスは、けだしケッサク。それは昔で言うところの美人局(ツツモタセ)。ケチなシノギの一つで、自分の女を使って中小企業のオッサンを誘惑し、「孕ませたな」と言い掛かりをつけて金品を巻き上げる遣り口だ(この手垢にまみれた犯行には思わずクスン)。ところが、それを知った別の強力なヤクザグループに、広志たちはブチのめされて金を奪われてしまう。その一方、進一は村の連続空き巣窃盗事件の疑いで村を追われ、身体極まって村はずれの教会へ。当分の間、牧師の世話になることにした。いわゆる駆け込み寺みたいなものだ。

それもつかの間、悪行尽きた広志一家? が離散。筆頭舎弟の浩二が広志に代わってこれまでの罪科を負って自首。行き場を失ったボスの広志は、かつての親友、牧師を頼って教会に居候することに。広志と牧師がせっせと焼き肉を喰いながら、身の振り方を話し合うシーンも珍重。こうして互いに実の父と子とも知らずに、広志と進一が同居するハメになっていく。二人が実の親子と知っているのは当の牧師。この男も日頃、信者に教えを垂れている所なんかは聖者だが、少々胡散臭いところがチラホラ。さてここまでは映画の前段。この先はどうなるか。

本作は絶妙のストーリーテリングで、時には凄味、時には苦笑、時には哀歓といった薬を配合しながら、見る者を極々ナチュラルに牽引していく。さりげなく物語を進める才覚と感触は近年レア、文句なく掘り出し物と言っていい。

広志と進一父子の同居生活がリアルで可笑しく、トンデモナイ方向へ!

ここからが肝心の後段。これ以上多くを語るつもりはないので、ここはぜひ本作鑑賞をと訴えたい。ほんの少しだけ明かすとすれば、広志・進一親子が教会生活で、互いのギクシャクした感情の行き違いをいかに越えていくか、少なからず興味をそそられた。

あくまでも快活に教会仕事の買い物や掃除洗濯に精を出す広志。彼がヤクザなんてとても分からない働きぶり。居候の先輩として広志に不快感を覚える寡黙な進一のリアクションが、事あるごとにいちいち可笑しい。が、互いに親子なのに親子と気付かない場面と、薄々親子じゃないかと感じ始める展開がスリリングでセンシブル。そのうちに広志が信者・信徒や礼拝に来る沢山の人たちを前に大芝居を演じて、それが何の為だったかという場面に至っては、思わず呆気にとられて開いた口が塞がらない面白さ。筆者も気持ち良くすっかり騙されたのは言うまでもない。ここから先はいっきにクライマックスへ。これ以上多くを語るまい。

大仰な身振りを抑えながら、ともあれ広志役の俳優・渡辺いっけいがバツグン! この憎めぬ個性とカワユイ? 存在感と大好演には、すっかり惚れ込んでしまった。人間味あふれる悪役、と言ったらトンデモナイ形容矛盾か! ついでのようで恐縮至極だが、一癖もふた癖もある、どこか怪しい牧師役のベテラン金田明夫の奥深い好演も特筆しておく。

映画化のキッカケは<劇団チキンハート>主宰・遠山雄にあり

このユニークな映画企画はどこから生まれたのか。そのきっかけは、たまたま遠山雄の知人で引きこもりの男性が、亡くなった父親の葬儀で会葬者の人たちに向けた御礼の挨拶を述べ、「生前の父が大変ご迷惑をおかけした」と深く謝罪したことにあったという。

まさに本作の設定を裏打ちする場面であったのだろう。進一を演じた俳優にして企画者でもある遠山雄の優れた感性。実に、そこからこの映画は紡ぎ出されたに相違ない。これが脚本の安本文哉と大山晃一郎に引き継がれ、そして大山監督の好演出に結びついた。良き《映画縁》と言うべきであろう。

前半、遠山雄の言うに言えないもどかしさの表出に導かれて、決して大仰でない映画のナチュラルな展開を楽しみ、静かな人間再生の道を願いながら、筆者は本作を見終わった。ラストの長い長いショットには、これまで進一が辿ってきた苦い道のりを歩んできた思いが込められて、その思いを観客と共有する優れたラストシーンになっている。遠山雄の微動だにしない表情が心に残る。

リアルとヴァーチャルの境界線が揺れる混沌の現代表現の場で(結び)

以下は筆者の蛇足。1940年代の終り頃から映画に接し始めた筆者だが、思えばかれこれ70年超。映画宣伝の仕事合間に、その傍らで映画とその業界の変転をも自ずと見続けてきたつもりだが、その変化変容はなだらかでなく、まさか今日のような映画の洪水のごとき多作の時代を経験することになろうとは、ついぞ思わなかった。迂闊だった。今後もテクノロジーの更なる進化はどこまで加速するのか、筆者には一向に不明だ。

例えば、人間とAIの葛藤を描く劇仕立ても増えてくることだろう。しかし、このようなデジタル社会の亢進のさなかにあって、たとえば本作『いつくしみふかき』の如き作品に出会えることもある。美しい日本の山村は、旧弊と言われようと、そこに生きる若者の生への模索から学ぶことは多い。本作の映画製作グループが、それぞれの人間の足もとを見据えた作品の一例として、本作に接し捉えることができた筆者の感銘が厳としてある。快く、そして爽やかな若者映画だ。

『いつくしみふかき』はテアトル新宿ほかにて2020年6月19日(金)よりテアトル新宿ほか上映

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『いつくしみふかき』

30年前。母・加代が進一(遠山雄)を出産中に、あろうことか母の実家に盗みに入った父・広志。「最初から騙すつもりだったんだろ?」と銃を構える叔父を、牧師・源一郎が止め、父・広志は“悪魔”として村から追い出される。進一は、自分が母が知らないものを持っているだけで、母が「取ったの? この悪い血が!」と狂うのを見て、父親は“触れてはいけない存在”として育つ。

30年後、進一は、自分を甘やかす母親が見つけてくる仕事も続かない、一人では何もできない男になっていた。その頃、父・広志は舎弟を連れて、人を騙してはお金を巻き上げていた。ある日、村で連続空き巣事件が発生し、進一は母を始めとする村人たちに、「悪魔の子である進一の犯行にちがいない。警察に突き出す前に出ていけ」と言われ、牧師のいる離れた教会に駆け込む。「そっちに行く」という母親を、牧師は「来たら進一は変わらない」と諭す。

一方、父・広志は、また事件を起こし、「俺にかっこつけさせてください」という舎弟・浩二 に、「待っているからな」と言っても、実際には会いに行かない相変わらずの男で、ある日、牧師に金を借りに来る。「しばらくうちに来たらどうだ?」と提案する牧師。牧師は進一のことを「金持ちの息子」だと嘘を吹き込み、進一と広志は、お互い実の親子だとは知らないまま、二人の共同生活が始まる。

制作年: 2019
監督:
出演:
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