ロシア新体操界 “美と恐怖”のリアル舞台裏!『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』

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ライター:野中モモ
ロシア新体操界 “美と恐怖”のリアル舞台裏!『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』
『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』©Telemark, 2018

まさに超人的!世界トップクラスの新体操の世界にカメラが潜入

「これはリアルな『ブラック・スワン』だ!」(Variety)とか「映画『セッション』のドラミングを新体操で実現した!」(Hollywood Reporter)とか、アメリカのメディアからずいぶんと穏やかじゃない評が寄せられている『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』。ロシアの新体操選手マルガリータ・マムーン、愛称リタが2016年のリオデジャネイロ・オリンピックに出場するまでの数ヶ月に密着したドキュメンタリー映画である。

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』©Telemark, 2018

リタは1995年、モスクワでロシア人の母とバングラデシュ人の父のもとに生まれた。7歳から新体操をはじめ、ジュニア時代はバングラデシュ代表の一員として演技していたが、16歳になるとロシア代表入りし、世界選手権やワールドカップなどの国際大会で華々しい成績をあげはじめる。20歳になった彼女はリオ五輪に向けて「金メダルを獲得して当然」とされる極度のプレッシャーをかけられているが、なかなか調子を出せない。

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』©Telemark, 2018

新体操の個人戦は、ボールやクラブ(こん棒)、フープ(輪)、ロープ、リボンを使って1分15秒から30秒の演技を組み立てる採点競技だ。世界の頂点に立つ選手たちは、まるで自分を包む空間の重力を自由自在に操っているかのような驚異的な動きを見せる。それはまさに神業、魔法かCGのようだ。そんな超人的なパフォーマンスの舞台裏にカメラは潜入する。

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』©Telemark, 2018

そうして映像に収められたトップアスリートの日常は、基本的に練習に励んでいるだけにもかかわらずあまりにドラマチックで、「これドキュメンタリーなの!?」と驚いてしまう。時にものすごく近くまで人物に寄ってみせる大胆な構図も、情緒に訴えてくる音楽の使いかたもまるで劇映画のようだし、何より出てくる人々の面構えが強烈だ。

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』©Telemark, 2018

怪物感を醸し出す鬼コーチが強烈! 美と恐怖が支配するスポーツ界の不条理

幼い頃から人々の厳しい視線に晒されてきた新体操の女王であるリタは、どう見てもヒロインの顔つきをしている。練習では不安や焦燥を見せつつも、演技に臨みファンに応対する際には完璧な笑顔を振りまいてみせる彼女。その真剣な表情はお手軽な「共感」や「理解」を寄せつけない強さと美しさを湛え、目が離せない。

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』©Telemark, 2018

そんなリタを激しく罵倒し、精神的に追い詰めるのが全ロシア連邦新体操総裁イリーナ・ヴィネルである。スポーツの指導においても科学的なアプローチが重視されているはずの現代にあって、ダメ出しを重ね人格を否定するような態度は衝撃的だ。マルタ・プルス監督のインタビューによれば、ヴィネルはかつて素晴らしいアスリートで、現在はロシア一の富豪と結婚している新体操界の大物。まるで物語の登場人物のような怪物感すら醸し出していて、プルス監督が「毛皮のコートと帽子に身を包んだイリーナ・ヴィネルを見たとき、映画のキャラクターだと思いました」と語っているのも納得だ。

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』©Telemark, 2018

プルス監督はポーランド生まれ。5歳から11歳までワルシャワの新体操クラブに所属した後、バレエ学校でコンテンポラリーダンスを学び、大学では美術史を専攻した。それからアンジェイ・ワイダの主宰する映画学校とポーランド国立映画学校で映画製作を学んだという、まだ30代前半の女性だ。ヴィネルから撮影許可を取り付け、リオ五輪の翌年に引退することになるマムーンをフィーチャーしたこの作品を製作・発表することができたのは、すごく胆力と運に恵まれていると言えるだろう。

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』©Telemark, 2018

トップアスリートが身を置くスポーツ界、それは現代社会の残酷さが最も激しく荒々しいかたちで表出する場所のひとつなのだろうと思う。それでも選手たちは時に人間を越えようとしてしまうし、大衆はそれに心を打たれてしまうのだ。このドキュメンタリーにはその怖さと美しさと不条理が詰まっている。現在の国際的な人気スポーツ、そしてオリンピックが、いったい何の、そして誰のためのものなのか、改めて考えずにはいられないはずだ。

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』©Telemark, 2018

文:野中モモ

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』は2020年6月26日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーほか公開順次ロードショー

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『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』

「あなたは人じゃない。アスリートなの!」リタ(マルガリータ・マムーン)は、新体操王国ロシアの代表選手。オリンピックに向けて、鬼コーチたちからの強烈な指導を受け、日々の練習に励む。アリーナ・カバエワなど、数多くのオリンピック金メダリストを育て上げたイリーナ・ヴィネルの指導は、特に精神面において厳しい。リタは優雅にリングをキャッチし、ボールを肩で転がすが、コーチたちは更なる高みを求め、何度も何度も繰り返させる。わずかな自由時間には、彼氏と電話で話したり家族と穏やかに過ごすが、すぐにまた激烈なトレーニングが始まる。

本作はリタがリオ・オリンピックで金メダルを獲得するまでの道のりを追ったドキュメンタリー。美しく華やかな表舞台で栄光を勝ち取るため、 アスリートはその裏で何をしているのか。想像を絶する世界に迫る。

制作年: 2018
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