なぜ47歳の若さでボロボロの身体になり世を去ったのか? 夢が叶っても夢は夢……『ジュディ 虹の彼方に』

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ライター:大倉眞一郎
なぜ47歳の若さでボロボロの身体になり世を去ったのか? 夢が叶っても夢は夢……『ジュディ 虹の彼方に』
『ジュディ 虹の彼方に』©Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation 2019

100回以上観た『オズの魔法使』

『オズの魔法使』(1939年)を初めて観たのが、おそらく小学生か中学生の頃で、あまりにも楽しくて、どうそれを表現していのかわからなかった。衝撃が強すぎると人間、言葉を失うでしょ。

大学で東京に出てきてから、新宿のどこかの映画館でリバイバルを観て、初めて冷静にこの映画の凄さを理解した私は、どこでも上映されるたびに飛んで行った。就職してビデオデッキが登場した後、しばらくして安くなったところで購入。『オズの魔法使』がVHSで購入できると知った時の喜びは再度言葉にできず。

ほぼ毎日会社に行く前、これから待ち受けている辛い思いを少しだけでも和らげようと、特にお気に入りのパートを10分だけ視聴。それを見ていた妻は薄気味悪かったらしいが、それで会社に行ってくれるんだからと、あえて家庭争議にはしなかったと言う。その後も本だ、ビデオだ、CDだ、DVDだと新しいアイテムが登場するごとに全て購入。

1939年製作の作品。よくこんなものを作る国と戦争をしたもんだと、変なところで大日本帝国の無謀さ加減を理解した次第。

私は『オズの魔法使』という映画が死ぬほど好きだが、当時のジュディ・ガーランドがそこまで好きだったわけではない。可愛くて、勇気があって、歌が上手くて、ボロ雑巾みたいな犬・トトと仲がいいドロシーに強い親近感を持ったが、それこそキャスティングの妙で突然発現したスターだった。

際立った美人になるという予感もなかったし、どちらかと言えば隣の美代ちゃん的な、体重は気にしてないから、という雰囲気の話しかけやすさを感じていたが、それが違っていたんだから、アメリカのエンターテインメントの世界は不可解である。

誰がジュディを殺したか

第92回アカデミー賞で主演女優賞を獲得した『ジュディ 虹に彼方に』は全然サスペンス映画ではないが、なぜジュディ・ガーランドが47歳の若さでボロボロの身体となり、この世を去れなければならなかったかという疑問を解いてくれる。

『ジュディ 虹の彼方に』©Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation 2019

『オズの魔法使』撮影当時、ジュディはおそらく15~16歳くらい。子供である。食べたい、寝たい、遊びたい。しかし、彼女が所属していたMGMにとっては金の卵を生み出す鶏。そんな「ワガママ」を許してはおけない。やる気を出させる興奮剤を飲ませ、同時に寝られるように睡眠薬も処方し、太りやすい体質だった彼女に減量剤(アンフェタミン、覚醒剤である)をも投与する。ジュディは10代にして大スターとなり、ジャンキーにもなってしまった。

ある時点までは出演作品が公開され、順調に見える。1944年の『若草の頃』ではドロシーはすっかり垢抜けて綺麗になり、歌も他に追随を許さないほどの熟練さを身につけている。1948年の『イースター・パレード』ではフレッド・アステアと対等に歌と踊りをこなしている。

『オズの魔法使』『若草の頃』『イースター・パレード』で彼女が歌った曲は、おそらく私と同世代の人間ならどこかで聴いたことがあるだろうスタンダードとなっており、『ジュディ 虹に彼方に』の中でもジュディを演じるレネー・ゼルウィガーが、本当に彼女が歌っているのだろうかと疑ってしまうくらい驚きのセットリストで、時に私たちを魅了し、時に酷い状態のジュディとなって失望させる。

アルコール/薬物中毒で入退院を繰り返し、自殺未遂にまで及んだ彼女の振る舞いにMGMは、1950年製作の『サマー・ストック』公開後、ジュディを解雇してしまう。誰が彼女の人生を狂わせたのか。彼女自身なのか、MGMなのか、彼女の取り巻きだったのか。その後、スクリーンに復帰するが長続きしない。「普通の人間」として暮らせなくなってしまっていた。

この作品は『オズの魔法使』撮影の様子をフラッシュバックさせながら、ジュディがアメリカでどん底に落ちてしまったところから始まる。マンチキンランドで「悪い魔女が死んだ」と飛び跳ねて踊るマンチキンに驚いた後、イエローブリックロードを辿り、「オズの魔法使に会いに行くんだ」と歌いながらエメラルドシティを目指すドロシーを100回以上観た私には、辛いスタートだった。

『ジュディ 虹の彼方に』©Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation 2019

嗚咽をこらえられない

アメリカを諦め、ロンドン公演に賭けたジュディは周囲を困惑させながらも、復活したかに見えたが、彼女の中に巣食った闇は深く、混乱は収まらない。超一流のエンターテナーがもがき苦しむ。なんのために歌うのか、踊るのかわからない。わからないがそれしかできないし、調子さえ良ければステージに立つ快感が身体を持ち上げる。

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Ms. Garland to the stage... #JudyTheFilm

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彼女を支えたのは月並みではあるが、ジュディを女神のように崇める熱狂的なファンである。ある場面で私は拭いきれない涙を流し始め、声を上げて泣きそうになった。もはやドロシーが歌っているのではない、ジュディが、レネーが人生をかけて最後の「虹の彼方に」を歌うのである。

「どこか虹の彼方に夢が叶う場所があるという」

夢は叶ったのだろうか。夢が叶っても夢は夢。儚いうたかたの夢なのか。

しばらくスクリーン上で姿を見ることがなかったレネーは、似ているかどうかはどうでもよくて、ジュディ・ガーランドが乗り移ったかのように我儘で、自制が効かなくて、超一流のエンターテイナーとなっていた。最初はこれがレネーなのかと目を疑ったが、時折顔が緩んだ時に、あのブリジッド・ジョーンズの愛らしさが蘇る。ジュディを演じることでレネーも蘇った。

『ジュディ 虹の彼方に』©Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation 2019

文:大倉眞一郎

『ジュディ 虹の彼方に』は2020年3月6日(金)より全国ロードショー

特集:第92回アカデミー賞

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『ジュディ 虹の彼方に』

かつてはミュージカル映画の大スターとしてハリウッドに君臨していたジュディ・ガーランドが、窮地に立たされていた。1968年、度重なる遅刻や無断欠勤のせいで映画出演のオファーも途絶え、今では巡業ショーで生計を立てているのだが、住む家もなく借金は膨らむばかり。まだ幼い娘と息子をやむなく元夫に預けたジュディは、ロンドンのクラブに出演するために独り旅立つ。英国での人気は今も健在だったが、いざ初日を迎えると、プレッシャーから「歌えない」と逃げ出そうとするジュディ。だが、一歩ステージに上がると、たちまち一流エンタテイナーと化して観客を魅了する。ショーは大盛況でメディアの評判も上々で、新しい恋とも巡り会い、明るい未来に心躍るジュディ。だが、子供たちの心が離れていく恐れと、全存在を歌に込める疲労から追い詰められ、ついには舞台でも失態を犯してしまう。

制作年: 2019
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  • BANGER!!!
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