バスキアのガツガツ精神を見習おう! 孤高の天才アーティストの若かりし姿を追うドキュメンタリー『バスキア、10代最後のとき』

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ライター:BANGER!!! 編集部
バスキアのガツガツ精神を見習おう! 孤高の天才アーティストの若かりし姿を追うドキュメンタリー『バスキア、10代最後のとき』
『バスキア、10代最後のとき』©2017 Hells Kitten Productions, LLC. All rights reserved.
LICENSED by The Match Factory 2018 ALL RIGHTS RESERVED
Licensed to TAMT Co., Ltd. for Japan
1970~80年代ニューヨークを代表するアーティスト、ジャン=ミシェル・バスキアの若かりし姿を捉えた追憶のドキュメンタリー『バスキア、10代最後のとき』が12月22日から公開中! NYのストリートでホームレス生活をしていた青年が、いかにして20世紀を代表するアーティストの一人になったのか? 当時の友人や知人、シーンの渦中にいた人々の証言から真のバスキアが浮かび上がる。

バスキアってどんな人? サラ・ドライバー監督が追ったもう一つの顔

『バスキア、10代最後のとき』©2017 Hells Kitten Productions, LLC. All rights reserved.
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アートに疎い人でも“バスキア”という名前は聞いたことがあるだろう。NYブルックリンのストリートからアート界の頂点に昇りつめたジャン=ミシェル・バスキアは20世紀を代表するアーティストのひとりだが、そんな彼の知られざる一面を追ったドキュメンタリーが『バスキア、10代最後のとき』だ。

さすがにバスキア関連の映画は多く、デヴィッド・ボウイがアンディ・ウォーホルを演じた伝記映画『バスキア』(1996年)や本格ブレイク前のバスキアがNYを案内する(みたいな内容の)『DOWNTOWN 81』(2000年)、貴重なお蔵出しインタビューを元に制作されたドキュメンタリー『バスキアのすべて』(2010年)など、濃厚な作品によって彼のパーソナリティを知ることができる。

本作『バスキア、10代最後のとき』の監督は、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』などジム・ジャームッシュ作品を共に手がけたことでも知られるサラ・ドライバーだ。当時のバスキアを知るサラは、彼の元カノが保管していた“日々の生活の中でのアートの発露”を本作の軸の一つに据えて、アバンギャルドでクールなアーティスト云々みたいなイメージとは違った、なんだか苦学生が感情移入できそうな意外な側面を紹介してくれている。

ただし、バスキアを全く知らない人からすると、本作は親切なドキュメンタリーとは言えないかもしれない。「おしゃれな落書きみたいな絵を描く人」とか「とにかくアート界のスゴい人らしい」くらいの知識で観ると、ホームレスがガツガツ色んなところに顔を出して名前を売っていった、みたいなイメージを抱く人もいるだろう。それくらい“当時のバスキアの日常”を知る人々の証言が生々しく、つい最近の話かと思ってしまうほどなのだが。

ハッタリ上等!? 路上生活から注目の気鋭アーティストへ

『バスキア、10代最後のとき』©2017 Hells Kitten Productions, LLC. All rights reserved.
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70年代後半、パンク以降のNYはとにかく“先鋭的な何か”を求める気風がさかんで、自然と黒人文化/アートに刺激を求めていった。とはいえ、当時の混沌としたNYはハッタリが8割というか“言ったもん勝ち”みたいな雰囲気があり、バスキアもその流れに乗って名前を売り始めたうちの一人だったようだ。彼がよく現れた場所としてマッドクラブやCBGBなど有名なスポットの名前も出るが、イケてる人が集まる場所に行きたいという文化系の感覚は現代まであまり変わっていないことがよく分かる。

本作で思わず顔がほころんでしまうのは、友人たちが振り返る若い頃のバスキアのエピソード。控えめに言っても変質者ギリギリなキャラでセルフ・ブランディングしていたようで、後の洗練された雰囲気とは程遠い印象だ。とにかく何をするにも注目を集めるための野心をビシビシ感じさせるのだが、実際にはホームレス状態で友人宅を泊まり歩いているような有様である。それが許されていたのも彼の魅力だとは思うが、色んな意味でお盛んだった逸話など、当時のすったもんだを笑いとばしてくれている友人たちもまた魅力的である。

アート面でのバスキアを語る人々としては、 共にSAMO© 名義でグラフティ活動を行い注目を集めるきっかけを作ったアル・ディアス(いきなりディスります)、ヒップホップのパイオニアの一人ファブ・ファイブ・フレディ、最初のヒップホップ映画『ワイルド・スタイル』で主人公を演じたグラフティ・ライター、リー・キュノネスなど、時代が時代だけにヒップホップ・カルチャーは避けて通れない。バスキアはウィリアム・バロウズらの影響で詩も嗜んでいたり、即興性を重視していた初期のスタイルや、それが議論に繋がり話題性を生む展開も、なんだかんだヒップホップ的だ。

とはいえバスキア自身の音楽的嗜好はパンク~アバンギャルド寄りだったらしく、話題を集めたSAMO©をさっさと終了させてバンドに傾倒。あのヴィンセント・ギャロも在籍したテストパターン(後にグレイに改名)ではノイジーなフリージャズみたいな音楽性で活動していた。かと思いきや、既製服にペイントしたブランド「MAN MADE」を始めてみたりと、後に自身の作品が公に評価を得るまで試行錯誤の活動が続く。

ウォーホルとの出会い、人生の転機、そして死

『バスキア、10代最後のとき』©2017 Hells Kitten Productions, LLC. All rights reserved.
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70年代半ばにゼロックス(コピー機)のクオリティが上がり、それによってZINE文化が登場。今となってはアパレルブランドの宣材だったり流行に敏感な若者のおしゃれな嗜み的な謎のイメージを植え付けられたりしているZINEだが、もともとはアングラなアーティストや一般人が自身の作品や活動を手軽に流布するための非商業ツールだった。

幸い、ちまちました作業はパンクス向きだ。バスキアも流れに乗ってコラージュでポストカードを作ったところ、なんとそれをウォーホルさんがお買い上げ! 非常に分かりやすい転機が訪れた。NYのアート者にとってウォーホルはヒーローであり、ファクトリーは憧れの場所。流行云々関係なく、彼らにとってウォーホルは永遠のアイコンだ。

そんな出会いから、1980年にアングラ初の祭典<タイムズ・スクエア・ショウ>が開催され、そこでバスキアの成功が決定付けられる。その後の短すぎる晩年は説明するまでもないが、当時と比べて発表の場が無限に広がっている現代だからこそ、バスキアの意外なまでのガツガツっぷりから、色々と学ぶことがあるかもしれない。

『バスキア、10代最後のとき』は12月22日より絶賛公開中。

『バスキア、10代最後のとき』公式サイト

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