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犯罪地域で起きた民衆の暴動、その破壊力と新たなパワーに戦慄する『レ・ミゼラブル』

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ライター:#齋藤敦子
犯罪地域で起きた民衆の暴動、その破壊力と新たなパワーに戦慄する『レ・ミゼラブル』
『レ・ミゼラブル』©SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

フランス映画界に颯爽と現れた驚異の新人が衝撃の長編デビュー!

『レ・ミゼラブル』(2019年)は、私が第72回カンヌ国際映画祭で最も衝撃を受けたフランス映画だ。監督のラジ・リの長編デビュー作だが、とても新人の作品とは思えない完成度、テーマの深さにも感心したが、何よりもすごく面白い映画だった。特に、どこに転ぶのか分からないストーリー展開、全編に漂う緊迫感。見終わってすごく疲れたけれど、こんな作品を作りあげた新人監督の顔が見たくて、記者会見に駆けつけたのだった。

第72回カンヌ映画祭 『レ・ミゼラブル』ラ・ジリ監督

『レ・ミゼラブル』©SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

映画は2018年7月15日、サッカーW杯決勝戦の日、郊外からパリの中心部へ向かう少年たちの姿から始まる。友達と賭けをし、カフェのテレビで一緒に観戦し、一緒に勝利を祝う。シャンゼリゼを埋めつくした、喜びに沸く人々の顔。人種や階級を超え、全国民が一体となった熱狂。サッカーだけが人種や階層で様々に色分けされるフランスを一つにできる。移民出身の選手がいなければフランスは代表チームを組めないし、サッカー選手こそ移民の子供たちの英雄である。誇らしげな子供たちの顔。ラジ・リの様々な思いが伝わってくる優れたオープニングである。そこから舞台は再びパリ郊外に戻る。

『レ・ミゼラブル』©SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

モンフェルメイユの警察署の犯罪防止班に、新人のステファン(ダミアン・ボナール)が配属される。シェルブールから来たステファンは、口の悪い班長のクリス(アレクシ・マナンティ)、アフリカ系のグワダ(ジブリル・ゾンガ)とパトロールに出て、担当するボスケ地区が犯罪の多発する危険地帯だと知る。そんな中、街にやってきたサーカス団からライオンの子が盗まれるという事件が起こる。犯人はシャンゼリゼの群衆の中でW杯優勝を祝っていたイッサという少年だった。犯罪防止班の3人はイッサを捕まえようとして仲間の少年たちともみ合いになり、グワダの撃った催涙弾がイッサに命中してしまう。事件をもみ消そうと、街を仕切る顔役たちに話をつけようとするクリスだったが、事件の一部始終をドローンが撮影していて……。

『レ・ミゼラブル』©SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

「レ・ミゼラブル」から160年、名作の舞台は治安悪化の代名詞に

2005年に実際に起きたパリ郊外暴動事件が、ラジ・リが映画化に興味を持ったきっかけだという。強盗事件の容疑者として警官に追われたアフリカ系の青年3人が発電所に逃げ込み、2人が感電死し、1人が重傷を負ったことをきっかけに暴動が発生、フランス全土に飛び火した事件だ。暴動の中心地で生まれ育ったラジ・リは、ビデオカメラで“我が街”を撮影し始める。それから1年間撮影を続けて、『365 Days in Clichy-Montfermeil(原題)』(2007年)というドキュメンタリーに仕上げ、それが今回の長編の元となった短編『Les Misérables(原題)』(2017年)に結実する。

『レ・ミゼラブル』©SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

モンフェルメイユは約160年前、ヴィクトル・ユゴーの大河小説「レ・ミゼラブル」で、少女コゼットを引き取ったテナルディエ夫婦が宿屋を営む町である。その後、寂れていた郊外には工場が建てられ、旧植民地から来た労働者が移り住む。戦後は低所得者用の団地が建設されたが、貧困層への対策の不備で団地は荒廃。現在、郊外(バンリュー)といえば治安悪化の代名詞となっている。

『レ・ミゼラブル』©SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

「レ・ミゼラブル」とは“哀れな人々”という意味。ヴィクトル・ユゴーは18世紀初め、社会の底辺で、貧しいために差別され、悲惨な運命に翻弄される人々を“哀れな人々”と呼んだ。そして160年後、郊外の団地に住み、差別され、低賃金の労働に甘んじ、麻薬や売春に手を染める移民の子孫たちもまた“哀れな人々”なのだ、とラジ・リは言う。

『レ・ミゼラブル』©SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

現代フランスそのものを描いた新たなフランス映画の誕生!

ある夏の昼下がり、パワーの均衡で危うく保たれていた平穏な日々が、ささいな出来事によって崩れていく。私が戦慄したのは、警察でも地域の顔役でも宗教的指導者でも治められない、新たなパワーの出現と、その破壊力である。

『レ・ミゼラブル』©SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

第72回カンヌ国際映画祭で審査員賞を獲った後、2019年11月にフランスで公開されて大ヒット。その勢いで第92回アカデミー賞国際長編映画賞にフランス代表としてノミネートされた。今のフランスそのものを描いた、最も新しいフランス映画だ。

『レ・ミゼラブル』©SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

文:齋藤敦子

『レ・ミゼラブル』は2020年2月28日(金)より新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

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『レ・ミゼラブル』

パリ郊外に位置するモンフェルメイユ。ヴィクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」の舞台でもあるこの街は、いまや移民や低所得者が多く住む危険な犯罪地域と化していた。犯罪防止班に新しく加わることになった警官のステファンは、仲間と共にパトロールをするうちに、複数のグループ同士が緊張関係にあることを察知する。そんなある日、イッサという名の少年が引き起こした些細な出来事が大きな騒動へと発展。事件解決へと奮闘するステファンたちだが、事態は取り返しのつかない方向へと進み始めることに……。

制作年: 2019
監督:
出演: