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実話! 33年間 石を積み続けて宮殿を建てた男の数奇な半生とは『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』

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ライター:#野中モモ
実話! 33年間 石を積み続けて宮殿を建てた男の数奇な半生とは『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』
『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』©2017 Fechner Films - Fechner BE - SND - Groupe M6 - FINACCURATE - Auvergne-Rhone-Alpes Cinema

郵便配達員シュヴァルが33年を費やし独力で築き上げた不思議なDIY宮殿

19世紀の終わりから20世紀のはじめ、フランスの片田舎の郵便配達員が、たったひとりで自宅の庭先に築き上げた奇妙な宮殿。南仏ドローム県、リヨンの南に位置する村オートリーヴに建つ「シュヴァルの理想宮」は、完成から100年以上の時を経た今もなお、人々の心を惹きつけてやまない。

『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』©2017 Fechner Films – Fechner BE – SND – Groupe M6 – FINACCURATE – Auvergne-Rhone-Alpes Cinema

寡黙で人づきあいの苦手な郵便配達員ジョゼフ=フェルディナン・シュヴァルは、ある日、仕事中に奇妙な形の石に躓いたのをきっかけに、古今東西のさまざまな文化の意匠を取り込んだ建造物の制作に着手したと伝えられている。彼はそれまでに建築や石工の仕事の経験はなかったが、ひとり手押し車で石を拾い集め、積み上げ、成形して、東西26メートル、北14メートル、南12メートル、高さ8~10メートルの構造を作り上げた。

シュヴァルがたったひとり33年の時を費やして自らのヴィジョンを具現化した理想宮は、ナイーヴ・アートまたはアウトサイダー・アートの例とも見做されている。

まだ見ぬ地への憧憬を胸に秘めていたシュヴァルに世紀を超えてエンパシー

『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』(2018年)は、ひとりの男がいかにしてこの特異な建造物を作りはじめ、完成させるに至ったのかを、夫婦と家族のドラマを焦点にして描いた作品だ。

『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』©2017 Fechner Films – Fechner BE – SND – Groupe M6 – FINACCURATE – Auvergne-Rhone-Alpes Cinema

シュヴァル役に『レセ・パセ 自由への通行許可証』(2002年)などのジャック・ガンブラン。シュヴァルを支える妻フィロメーヌにレティシア・カスタ。監督ニルス・タヴェルニエは父ベルトラン・タヴェルニエ(『ソフィー・マルソーの 三銃士』監督ほか)の作品などに子役として出演した後、ドキュメンタリー映画の監督として活躍してきた人物。パリ・オペラ座のバレエダンサーに密着した『エトワール』(2000年)は日本でも大きな注目を集めた。長編劇映画は本作が3本目だという。

『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』©2017 Fechner Films – Fechner BE – SND – Groupe M6 – FINACCURATE – Auvergne-Rhone-Alpes Cinema

個人的な思い出話になるが、筆者は90年代前半に岡谷公二「郵便配達夫シュヴァルの理想宮」を読んで心奪われ、20年近く前、ひとりで電車を乗り継いでオートリーヴを訪れたことがある。昔のことなのでもうだいぶ忘れてしまったが、シュヴァルが19世紀後半に出まわりはじめた絵はがきや雑誌を通じて、世界の建築や風物に関心を寄せるようになったという指摘に心躍ったことは覚えている。ここではないどこかの風景を胸に思い描き、お気に入りを集めてニヤニヤしがちなタイプの大先輩だ! と。

『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』©2017 Fechner Films – Fechner BE – SND – Groupe M6 – FINACCURATE – Auvergne-Rhone-Alpes Cinema

未知への好奇心と情熱、創作意欲……見失いがちだが人生に不可欠な要素を思い出させてくれる

シュヴァルの理想宮は「夢想」や「狂気」といった言葉と結び付けられがちだが、そうした表現にも元ネタがあり、当時の情報ネットワークの広がりが反映されていることがわかっている。したがってメディア史的な観点から見てもたいへん興味深い建造物なのだ。しかしこの映画では、建設の動機として「愛する娘のために」が強調され、シュヴァルが接していた情報源や美学の問題にはあまり深く踏み込まない。

『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』©2017 Fechner Films – Fechner BE – SND – Groupe M6 – FINACCURATE – Auvergne-Rhone-Alpes Cinema

筆者としてはそこにやや物足りなさを覚えてしまうのだが、スクリーンいっぱいに映し出される理想宮は、やはりなかなかお目にかかれない異様さでわくわくさせられる。映画の大部分は現存する理想宮で撮影されており、建設途中の段階の場面では一部をCGで消す処理が行われているとのことだ。

『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』©2017 Fechner Films – Fechner BE – SND – Groupe M6 – FINACCURATE – Auvergne-Rhone-Alpes Cinema

はじめのうち奇異の目で見られていた理想宮は、1969年になって時の文化大臣アンドレ・マルローによって文化財に指定され、今日では世界中から観光客を迎えている。この映画によって、また新たなシュヴァルとの出会いが生み出されていくのだろう。それは喜ばしいことだと思う。未知への好奇心と情熱、そして創作意欲という、人間を人間らしくする心のはたらきを思い出させてくれる存在だから。

『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』©2017 Fechner Films – Fechner BE – SND – Groupe M6 – FINACCURATE – Auvergne-Rhone-Alpes Cinema

文:野中モモ

『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』は2019年12月13日(金)より公開

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『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』

19世紀末、フランス南東部の村オートリ―ヴ。日々、村から村へと手紙を配り歩く郵便配達員シュヴァルは、新しい配達先で未亡人フィロメーヌと運命の出会いを果たす。結婚したふたりの間には娘が誕生したが、寡黙で人付き合いの苦手な彼は、その幼い生命とどう接したらいいのか戸惑っていた。
ある日、配達の途中で石につまずいた彼は、その石の奇妙な形に心奪われ、石を積み上げて壮大な宮殿を作り上げるという奇想天外な挑戦を思いつく。そしてそれは同時に、不器用な彼なりの、娘アリスへの愛情表現でもあった。
村人たちに変人扱いを受けながらも、作りかけの宮殿を遊び場に育っていくアリスとともに、シュヴァルの幸せな生活は続いて行くかに見えた。しかし、過酷な運命が容赦なく彼に襲い掛かるのであった…。

制作年: 2018
監督:
出演: