この10年の中国映画で最も重要な作品! 自らの命をかけた新人監督のデビュー作にして遺作『象は静かに座っている』

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ライター:齋藤敦子
この10年の中国映画で最も重要な作品! 自らの命をかけた新人監督のデビュー作にして遺作『象は静かに座っている』
『象は静かに座っている』© Ms. CHU Yanhua and Mr. HU Yongzhen

無名の中国人監督が遺した4時間弱の長編にして傑作

『象は静かに座っている』は、2018年のベルリン国際映画祭フォーラム部門で上映され、FIPRESCI(国際批評家連盟賞)を受賞した。そのベルリン映画祭で、4時間近い上映時間と監督の死以外、何の情報もなく見たのだけれど、見終わったとき、この10年の中国映画の中で最も重要な作品になるという確信を持った。それ以後、この映画を超える中国映画に出会っていない。

『象は静かに座っている』© Ms. CHU Yanhua and Mr. HU Yongzhen

物語は、中国の地方都市に住む4人の登場人物を中心に進んでいく。チンピラたちの兄貴分になっているチェン(チャン・ユー)は親友の妻と浮気をしていて、帰ってきた親友に鉢合わせし、目の前で自殺されてしまう。同居中の娘夫婦から老人ホーム入りを迫られているジン(リー・ツォンシー)は、犬を飼えないことを理由に拒否しているが、その愛犬が散歩中に他の犬に噛み殺される。

『象は静かに座っている』© Ms. CHU Yanhua and Mr. HU Yongzhen

高校生のリン(ワン・ユーウェン)は、薬のセールスで忙しく家のことにはお構いなしの母親を嫌い、学校の副主任と密かに付き合っている。ブー(ポン・ユーチャン)は、友人のカイが携帯を盗んだと不良のシュアイに因縁をつけられていると聞いて加勢に行き、誤ってシュアイを階段から突き落としてしまう。ブーはリンが好きなのだが、リンが副担任と会っているところを携帯で撮って広めたのはカイで、シュアイはチェンの弟だった。

最初は無関係に見えた4人の運命が次第に絡み合っていく1日を、まるでその場にいるかのような、臨場感あふれる1シーン1カットで描き出す。

『象は静かに座っている』© Ms. CHU Yanhua and Mr. HU Yongzhen

息詰まる現代中国 ― 29歳で自ら命を絶ったフー・ボー監督が“象”に託したものとは

題名は、満州里の動物園にいるという1日中座り続けている象のこと。行き場を失い、追い詰められていくブーたちが、はかない希望を託すシンボルである。満州里はモンゴル自治区にある実在の市だが、象の方は本当にいるのかどうかわからない。第一、座っている象を見たら何かが変わるのかどうかもわからない。それでもなお、行き場を失った者たちが、ここではないどこかに行くことで、今の人生ではない別の人生を歩み出すためのきっかけ、シンボルとなる。

『象は静かに座っている』© Ms. CHU Yanhua and Mr. HU Yongzhen

今の中国では、こんな不確かなものにしか希望を託せないのか、という問いが映画から滲みでてくる。ちなみに象といえば、仏教では慈悲と理知で人々を救う普賢菩薩の乗り物でもある。私は映画の中で“象”が出てくるたびに、その底に救済への煩悶、欲求を感じた。

監督のフー・ボー(胡波)は1988年生まれ。2014年に北京電影学院を卒業し、2016年に西寧FIRST映画祭の企画マーケットに『象は静かに座っている』で参加、翌2017年に同映画祭のトレーニングキャンプでタル・ベーラ(ハンガリーを代表する監督)の指導を受け、短編を製作。同年、長編デビュー作となった『象は静かに座っている』を完成後、自殺した。29歳の若さだった。

『象は静かに座っている』© Ms. CHU Yanhua and Mr. HU Yongzhen

ベルリン映画祭で感銘を受けた後で、フー・ボーの自殺の経緯について調べてみたところ、2時間以内の作品にしろというプロデューサーと対立し、かなりのパワハラを受けていたらしいことがわかった(ネットの情報なので真偽は不明)。たしかに234分という大長編だが、長さに意味があることは映画を見れば明らかだ。1シーン1カット、演出のリズムと登場人物を後ろから追っていく長回しのカメラとが渾然一体となって生み出される映画の時間は、この長さでなければ表せない、作品の根幹をなすものだからだ。

『象は静かに座っている』© Ms. CHU Yanhua and Mr. HU Yongzhen

プロデューサーと監督との対立は特に珍しくないので、パワハラが自殺の本当の原因かどうかはわからない。が、結果として、フー・ボーの望んだ通りの形で作品は遺された。

フー・ボー監督は自身が師と仰いだタル・ベーラに比肩する傑作を遺した

ベルリン映画祭のFIPRESCIの授賞式で、亡き監督に代わって賞を受けたフー・ボーの母は、壇上で目を真っ赤にして泣いていた。「息子さんは素晴らしい才能の持ち主でしたね」と声をかけたら(隣の人が通訳してくれた)、また涙が流れた。

『象は静かに座っている』© Ms. CHU Yanhua and Mr. HU Yongzhen

フー・ボーよ、あなたは命を賭けて自分の作品を守り、素晴らしい傑作を残してくれた。しかし、師のタル・ベーラを見習い、厳しい状況に耐えて、作品を作り続けるべきだった。

『象は静かに座っている』は、234分という映画の時間を共有することに意味がある、タル・ベーラの『サタンタンゴ』(1994年)に比肩する傑作である。

『象は静かに座っている』© Ms. CHU Yanhua and Mr. HU Yongzhen

文:齋藤敦子

『象は静かに座っている』は2019年11月2日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

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『象は静かに座っている』

時代の流れとともに炭鉱業が廃れた中国の小さな田舎町。少年ブーは友達をかばい、不良の同級生をあやまって階段から突き落としてしまう。不良の兄は町で幅を利かせているチェンだった。チェン達に追われ町を出ようとするブーは、友達のリン、近所の老人ジンをも巻き込んでいく。
親友を自殺に追い込んでしまい自責の念のかられているチェン、家に居場所がなく教師と関係を持つことで拠り所をみつけるリン、娘夫婦に邪険にされながらも老人ホーム行きを拒むジン。それぞれに事情を抱えながらも、遠く2300km先の果て満州里にいる、一日中ただ座り続けているという奇妙な象の存在にわずかな希望を抱き4人は歩き出す。

制作年: 2018
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