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ピンクマンの“愛車”が示す未来は?『エルカミーノ:ブレイキング・バッド THE MOVIE』Netflix配信中

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ライター:#椎名基樹
ピンクマンの“愛車”が示す未来は?『エルカミーノ:ブレイキング・バッド THE MOVIE』Netflix配信中
Netflixオリジナル映画「エルカミーノ:ブレイキング・バッド THE MOVIE」独占配信中

『ブレイキング・バッド』のリアリティを支えていたのは凝りに凝った小道具

友人のCMディレクターは、たびたび撮影でアメリカに行くのだが、「現地の人が皆一様に、『ブレイキング・バッド』にはリアリティがある、って言うんだよねえ」と、少しいぶかし気に話してくれたことがあった。言われてみると、人が感じる“リアリティ”は常識や普段生活で触れるものなど、一言で言えば“お国柄”が強く影響するはずで、『ブレイキング・バッド』(2008年~)にリアリティがあると言われても、日本人からするともう一つピンとこない。

ましてや『ブレイキング・バッド』は、化学教師が覚醒剤を製造し裏社会で伸し上がっていき、それを売りさばくシンジケートのドンがフライドチキンのチェーンレストランを束ねる社長という、奇想天外な話である。日本人からすると、まずその過激さばかりに目がいってしまう。友人の話を受けて、『ブレイキング・バッド』のリアリティとは何か考えてみた。リアリティを感じる部分は、登場人物一人一人のキャラクターなのではないか? そして、そのキャラクターのリアリティを支えているのは、非常に凝った小道具なのではないか? と私は思ったのだ。

創作物のリアリティとは、案外そうした小道具が重要なのではないだろうか。『ブレイキング・バッド』はとにかく、車、時計、洋服といった小道具が、いちいち気になる作品なのである。なんと言っても、主役の化学教師ウォルター・ホワイトが乗る車にまず驚かされた。これほどダサい車があったなんて! GM社のポンティアック・アズテックは、2008年にデイリー・テレグラフ紙の読者アンケートで<史上最も醜い車100選>の堂々1位を獲得。GM社のデザイン担当責任者が辞任に追い込まれた(笑)という、いわくつきの車だ。この車だけで、冴えない中年のキャラ付けが一発で完了してしまう。また、わざわざこの車を選ぶのだから、『ブレイキング・バッド』の制作者が小道具にこだわる姿勢も瞬時に理解できる。ヨーロッパかぶれでスノッブなウォルターの嫁の妹・マリーが乗るフォルクスワーゲン・ニュービートルもいかにもなチョイスだ。

一方、ウォルターの相棒であり、元教え子のジェシー・ピンクマンが着ているストリート系のTシャツは、いつもやたら可愛くて、何度か欲しくなって検索してみたが、もちろん出てこなかった(笑)。ピンクマンがウォルターにプレゼントする腕時計は、スティーヴ・マックィーンが愛用していたことで有名なタグ・ホイヤーの「モナコ」。愛車はシボレーのピックアップトラック「エルカミーノ」と、どれもいつもかっこいい。

命と引換えに遺産を残したウォルターと、命以外すべてを失ったピンクマン

そして、今回『ブレイキング・バッド』の続編の映画としてネットフリックスで製作された、6年ぶり(!)の新作のタイトルが『エルカミーノ:ブレイキング・バッド THE MOVIE』である。エルカミーノは、ピンクマンがブレイキング・バッドの最終話のラストシーンで過酷な監禁から脱出し、感動と興奮の雄叫びを上げながら運転している車だ。6年ぶりの新作タイトルは、ピンクマンの愛車の名前であった。

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『エルカミーノ』を鑑賞して驚かされたのは、6年ぶりに製作された続編にもかかわらず、描かれるのは正にその脱出の疾走から、ピンクマンが新たな人生を歩み出すために奮闘する数日間であるというところだ。大胆な選択の演出だが、観終わるとそれ以外あり得ない、そうであってよかったと感じる。

『ブレイキング・バッド』は、よくもまあこれだけアイディアを思いつくと感心するほど、次から次へと問題が巻き起こる、ジェットコースター・ストーリーのエンターテインメントドラマだった。しかし『エルカミーノ』は、それに比べると淡々とストーリーが描かれていく。『ブレイキング・バッド』を期待していたぶん少し拍子抜けしたが、よくよく考えてみればこの演出は当然で、こうであってよかったと思える。

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ジェットコースター・ストーリーを作るには、新たな敵役となる強力なキャラクターが必要で、『ブレイキング・バッド』の最強の敵役はやはりガス(ドラッグ流通に関与する組織のボス)であり、ガスの死後に登場する敵役のギャングたちは、ガスを上回ることはなかった。このうえ新作で、エンターテインメント色を強くするために、おかしな新キャラが出てきて、伝説のドラマが壊されなかったことに、まずは安堵する。

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かと言って『エルカミーノ』がおもしろくなかったという訳ではまったくない。淡々とした演出に、製作総指揮ヴィンス・ギリガンの新たな一面を見ることができる。ウォルター・ホワイトは、家族にお金を残すことを成功させて、ある意味希望を持って死んでいった。一方、ピンクマンは、恋人も父母も、友人も、自分自身のIDさえも失ってしまう。ウォルターとは逆に、残ったのは命だけだ。

フェデリコ・フェリーニ『道』の現代版に挑戦した『エルカミーノ』

『エルカミーノ』は全てを失った男が、それでも生きる道を必死に模索する、生への執着を描いた数日間の物語だ。何もかも失っても、それでも生きていくしかない人間の哀切を描く。人は何のために生きるのかという、これ以上ない普遍的なテーマの物語だ。

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ヴィンス・ギリガンは、スペイン語で「道」を意味する、ピンクマンの愛車「エルカミーノ」の名前にかこつけて、フェデリコ・フェリーニの名作と同じタイトルを、史上最高のバイオレンスドラマの続編のタイトルに選んだ。「El Camino」と「La Strada」、どちらの「道」も、まったく同じテーマである「人は何のために生きるのか?」を描いている。ヴィンス・ギリガンは、持ち前のスタイリッシュな映像センスはそのまま、現代版の『道』(1954年)の製作に挑戦しているのだ。

文:椎名基樹

『エルカミーノ: ブレイキング・バッド THE MOVIE』はNetflixで独占配信中

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