『クロノス・カイロス』監督&プロデューサー&キャストが語る制作秘話
アキ・カウリスマキ監督がシュールレアリズム映画の傑作と太鼓判を押す『クロノス・カイロス』が、9月11日(金)より劇場公開中だ。
『クロノス・カイロス』
本作の公開イベントに、ヘッラ・ウルッポ監督、プロデューサーのミカ・ラッティさん、主演俳優のトニ・“プロトニ”・ヤルヴィネンさんが来日。ミカさんはその経緯がドキュメンタリー映画にもなった、キノ・ライカ創設者でもある。作品誕生のいきさつや背景を聞いた。
L→R:ヘッラ・ウルッポ監督、ミカ・ラッティ、トニ・“プロトニ”・ヤルヴィネン © Pinja SARKKINEN 2025
「むしろ、この映画で眠ってしまうくらいだとうれしい」
――なぜ、この映画をモノクロで撮られたのでしょうか。モノクロだと時代性を超越しますし、ファンタジー的な要素も生まれてきますよね。クロノスという量的な時間とカイロスという質的な時間をタイトルにしたことと関係があるのでしょうか。
監督:自分でも、どうしてモノクロにしたのかよくわからないんですよ。私にとってアートはとても直感的なものなんです。ただ、この映画を作るにあたって詩人でもあるミカと一緒に脚本を書いたんですが、そのとき考えたのは“映画は詩だ”ということ。詩のような映画を作りたいと思っていたんです。
詩には色がない。詩の本には色がなくて、白い紙の上に黒い文字で書かれていますよね? つまり映画を詩として見ているので、色をつけようと考えたことは1秒たりともなかったんです。モノクロであるということは、明快な世界ということを代表してるのではないかと思います。
ミカ:それに関して少し追加すると、『サタンタンゴ』(1994年/タル・ベーラ監督)などのシュールレアリズムの映画はモノクロだし、ジャン・ルノワールやルイス・ブニュエルなどの名作は時代のせいでもあったけれどモノクロ作品が多いので、それも影響があったと思います。
『クロノス・カイロス』
――そうですね。アキ・カウリスマキ監督やジム・ジャームッシュ監督もモノクロで映画を撮っていらっしゃいますね。
ミカ:『カラマリ・ユニオン』(1985年)や『愛しのタチアナ』(1994年)がモノクロですね。
監督:最近のモノクロ作品のなかでも傑作だったのは『イーダ』(2013年/パヴェウ・パヴリコフスキ監督)だと思うんですが、映画のモノクロ性は……私にとっては、この慌ただしい、ぐちゃぐちゃに忙しい現代に対する反撃だと思っているんです。
子ども向けの『レゴバットマン(ザ・ムービー)』という映画を見ましたが、とても慌ただしくて、10秒間に100カットくらい入ってるんじゃないかというような映画でした。現代はTikTok世代で、いまはさらに短い時間にバタバタといろいろ入るような、慌ただしくて混乱していて複雑でまとまりのない映像が多い。それに対する反力になる映画がいいと思っています。
ですから、静かで瞑想的で、バリバリのエンタメとは反対の、絵画のような視覚芸術を目指していました。むしろこの映画で眠ってしまうくらいだとうれしい。それくらい、映画の中の静寂や安寧、静けさや平安が大切だと考えています。
「映画を見すぎると、自分の生活や人生の中に残らない」
――映画を見ながら眠ってしまってもいいという言葉は、山形ドキュメンタリー映画祭でチリ人の監督からも聞いたことがあります。「映画館で眠って起きて、また映画を見て、自分の夢が映画と繋がったりするのはとても豊かな経験だ」とおっしゃっていました。(※『100人の子供たちが列車を待っている』などのイグナシオ・アグエロ監督の発言)
監督:映画という芸術を理解するにあたって、間違っていないということですよね。
ミカ:私は以前、アピチャッポン(・ウィーラセタクン)の映画を見たとき、すごく疲れていて映画館で寝てしまったことがあります。ずっとジャングルみたいなところにいて、なんだかよくわからないことが起きる話です。皆さんに見てほしい映画なので結末は言いませんが、すごく変なことが後半でたくさん起こるんですよ。そこで起きて、そのあと家に帰って翌朝起きたら、それがバン! とフラッシュバックしてきて、すごく面白い体験になりました。
『クロノス・カイロス』
――いいですね。朝起きたときも映画の中にいる。
監督:限られたインタビュー時間なのに申し訳ないと思うのですが、面白いことだと思うので言わせてください。いまの人たちは、ある意味ちょっと映画というか映像を見すぎていると思うんです。とくにストリーミングができてからは、人によっては1日4本とか、めちゃくちゃな見方をするようになってしまった。
たとえば1ヶ月に1本しか映画を見ないとすると、映画が与える影響はもっと大きくなる。映画館でビジネスをしている方には申し訳ないけれども、やっぱり映画を見すぎるのはよくない部分もあるんじゃないかと。ちゃんと映画館で映画を見て、帰り道を歩きながら映画のことを考えることで、心の中に映画が生きていく時間、映画の中で生活したり考えたりできる時間があると思うんです。
『クロノス・カイロス』
1ヶ月に1本くらいでしばらく映画を見ない生活だと、ジム・モリソンが出てくる映画を見たら、しばらくは自分の生き様というか、生活、日常がジム・モリソン風になったりする。その映画の影響を受けた生き方、考え方になったりすると、映画はもっと深く自分のものになると思うんです。でも翌日すぐに違う映画を見たりすると、前日の経験や自分が得た雰囲気などをすべて破壊してしまう。
いまの時代は情報過多で、1日に7本とか見る人もいるわけですよ。Netflixでシリーズを一気見するとか、そういうことをやってしまう。そうすると、自分の生活や人生の中に映画というものが一切残らない。たとえば詩を読むときに1日に一編の詩を読むと考えると、アートというのはもっと自分のものになり、自分の中に生きていくと思うんです。
だからたくさん見るということは、やっぱり芸術を消費してしまうことだと思う。それはちょっとどうなのか。芸術を消費するということは、結果的に芸術を破壊することになるんじゃないかと思います。
――そうですね。私も仕事柄どうしても1日1本くらい見なきゃならないんですが、友だちのFacebookとかを見て「2週間前に見た映画の感動にまだ浸っている」みたいなことが書かれていると、すごく豊かだなと思います。
ミカ:私もそれはとても同意できて、寝落ちするための映画を見ながらソファで寝てしまうこともあるんですが、シリーズものって、なんだかベルトコンベアに乗ってずらっと流れてくるような感じになりますから、いまの話題には考えさせられることがありますね。
映画館のオーナーとして観客の皆さんの反応をよく見ているんですが、映画が終わって客席から出てきて笑顔の人もいれば、ちょっと混乱した感じでスタスタ出て行ってしまう人もいたり。でも、大きなスクリーンで映画を見ることが人々に与える影響はやっぱり大きいと、お客さんの顔を見ていても思います。
『クロノス・カイロス』
「この映画は気心の知れた親しい人たちだけで、愛で作った映画です」
――監督が音楽の分野で成功を収められたあとに、映画を撮りたいと思ったのはなぜでしょうか。きっかけはやっぱりキノ・ライカだったんでしょうか。また、トニさんを起用なさったのはなぜでしょうか。
監督:私は30年間ミュージシャンとしてやってきましたが、基本的にはフィンランド語のポップソングを国内の人々に向けてずっと作ってきました。だからフィンランド語に縛られることもあったし、ポップミュージック……まあポップというジャンルと言っても私の場合は軽い音楽でもないんですが、そういう音楽はフォーマットで言えば大体4分くらいの長さになるんですよね。それで、もっと長くて言語表現としてずっと連続していくものをやりたいと思っていたのが理由のひとつです。
それから、もともと私はビジュアルアーティストなんですよ。学校ではビジュアルアート系を勉強していたんですが、学生時代に音楽を始めて成功してしまったので、そっちに迷いこんだまま帰ってこなかったみたいなところがあったんです。でも、音楽とは面白いもので、ほかのことをしながら受け取れるんですね。運転をしながらとか、歩きながらでも聴くことができる。ところが映画は集中して見なければいけない。
今まで私が作ってきたものはポップミュージックの枠に縛られていたし、歌詞もフィンランド語だったので言葉や地域、文化にも縛られていたんですが、映画をやるとそこから解放されるわけです。国際的になるし、見る人が集中しないといけない。映画館はまるで寺院のようなもので、そこにわざわざ行って集中して見る。そして受け手が受け取るというのがもうまったく違うアートの形態なので、それをやりたかったんです。
『クロノス・カイロス』
なぜトニを選んだかという話ですが、この映画は基本的に外部のプロダクションを雇ったりせず、愛で作った映画です。気心の知れた親しい人たちだけで作りました。一部ポストプロダクションでカラーコレクションなど外部に依頼した作業もありますが、撮影に関しては本当に自分たちだけで、有名な俳優さんにお願いするとかは一切なかった。
そしてトニは仲間の中でもコメディアンぽくもあり、例外的に素晴らしいユーモアのセンスがある愉快な人なんです。そこに立っているだけで雰囲気が出る人ですね。彼のSNSや動画にしても、出てくるリズムや雰囲気がとにかく天才的に豊かで、どんなトップのコメディアンやエンターテイナーもかなわないセンスを持っている人です。
この映画の中で、彼はちょっとかわいそうというか幸せじゃないというか、ある意味で敗北者のような役ですが、何も演出する必要がなかった。彼の佇まいそのものがこの映画が求めているキャラクターだったし、テストを回してみたら、これだ! という感じでスパッとはまったので、それで彼になりました。
ミカ:この映画は本当に自分たちで出資して作ったので、ヘッラは撮影に必要なカメラを買うために自分のベンツを売りましたし、私も先祖から受け継いだ森の一部を売りました。トニは森に行ってブルーベリーを集めて売ってお金を作ったんです(※フィンランドには自然享受権という権利があって、森に入って果実を採ったり売ったりするのは自由)。この映画はスペインのアンダルシアで撮っているんですが、スペイン行きのチケットはそうやって稼いだお金で買ったんです。
トニ:(それまで無言で微笑んでいたが急に話し始める)ブルーベリー集めでは面白い話があって、広場のマーケットで受け取ったお札をブルーベリーと一緒にリュックに入れていたら、ブルーベリーが潰れてお札が全部染まってしまったんです。それでスペインに行く前日に銀行にお札を持って行ったら、この紙幣ではダメですといって受け取ってもらえなかった。フィンランド銀行(日本の日銀にあたる紙幣発行銀行)で新札に換えてもらえるけれど、手続きに1ヶ月かかると言われて当日は使えなくて。冗談みたいだけど、あのときは真面目に困って大変でしたよ。
監督&ミカ:爆笑
『クロノス・カイロス』
「男性は気づかないことが多すぎる。女性のほうがよくわかっているんですよ」
――監督の離婚をもとにした作品ということですが、以前、トーマス・ハイゼ監督が「結婚した友だちを見ていると、女性が不満を感じているのに男性はそれを察知せずに“何も問題なく幸せだ”と言っていて、突然離婚を切り出されてダメージを受ける」と言っていたんですね。正直に言って、私が友だちを見ていても、離婚したあとダメージを受けているのは圧倒的に男性のようでして。こうした男女間の違いについて、皆さんはどう考えていらっしゃるのでしょうか。違いはどこから来ると思っていらっしゃいますか?
監督:まさに、おっしゃったように、フィンランドでは統計的に学術的な研究でも言われているんですが、別れを決定するのはやっぱり女性が多いということがわかっていて、男性から見るといきなりという感じで「え、なんで?」と、まったく思いもしなくて状況がわからないというんですね。映画の中でも、まさにそれを描きたかったこともあって、誕生日に「ハッピーバースデー」と言われて、「でも別れたい」っていうシーンが出てくるんですが、あれはじつは実際に私に起きたことです。まあ当時ちょっと夫婦の問題が勃発していたので、カップルセラピーも受けていたんですね。誕生日にもカップルセラピーを受けましたし。でもそのあと、まさに誕生日に「別れたい」と言われたというのが実際起こったことなんです。
当時、私はポルヴォーの中心部にある1800年代に建った古い家に住んでいました。そこで思いきりびっくりすること(※離婚話)が起きたわけです。当時は一応成功してるロックスターで、そういう人生を送ってたんですね。あとから思えば“そういうことだったんだな”と思うかもしれないけれど、実際それが起きたことで、男が気づいていないうちに状況がどうなっていたか、というのはあったと思います。
でも、元の妻とは関係性が断絶したわけではなくて、いまでも子どもたちの良き母だし、僕のよき理解者でもあり、ちゃんとコミュニケーションも取れています。でも、まさに男性が気づかないうちにそんなことになっていて、女性に言われて初めて驚くという、そういうことが伝わっていたことがとてもうれしく思いました。
ミカ:さらにつけ加えると、子どもがいる場合は女性のほうが子どもとの繋がりも圧倒的に強いですよね。子どもが生まれるまでは男性は何の関係もないけれど、女性はその前に9ヶ月間かけてゼロから長いつながりを育んでから子どもが生まれてくるわけで、その違いはあるかなと思います。
男性は何しろどこかやっぱり気づかないことが多すぎて、さらによくないことに、成長しないという問題もある。私にも娘が2人いてもう30歳近くになっていますが、子どもたちが「お父さん、それもうだめだから」とよく言われます。そういう意見があったときに、ちゃんとわかっていないといけないなと思いますね。女性のほうがよくわかっているんですよ。
――トニさんはいかがですか?
トニ:僕はよくわからないですね。
――元のおつれあいには作品は見ていただいたんですか?
監督:最後のエンドロールに妻への謝辞が書いてあるんですが、見ていないと思います。
――どうしてですか?
監督:「見に行ったよ」と言ってくれてないので多分、見てないと思います。
『クロノス・カイロス』
――この映画を見ていて、トリュフォーの『突然炎のごとく』(1962年)のような二人の男と一人の女という関係性も思い出したのですが、本作で主人公はなぜ別の女性を探しに行かずに殺し屋を探してしまうのでしょうか。
監督:……別れたあとに、やっぱり次へ行く準備が全然できてないということじゃないかなと思います。
――やっぱり男性からすると、突然切り出されたから。
監督:まあ、突然だったということもそうですし、まだ別れの第一段階じゃないですか。だからかなと思います。
――ありがとうございました。
ミカ:ありがとう、いいインタビューでした。女性の視点から聞かれたのがよかったんじゃないかな。
取材・文:遠藤京子
『クロノス・カイロス』は9月11日(金)よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中
『クロノス・カイロス』
恋人との別れをきっかけに耳鳴りに悩まされる男は、壊れてしまった人生の均衡を取り戻そうと旅に出る。旅を共にするのは、甲殻類アレルギーの殺し屋。モノクロームの荒野をさまよう二人は、やがて現実とも幻想ともつかない領域へと足を踏み入れていく。
監督ヘッラ・ウルッポ自身の体験をもとに生まれた本作は、離婚、喪失、孤独、そして再生をめぐる北欧発のシュールレアリズムSF。モノクロームの映像美とブラックユーモアが交錯する唯一無二の映画世界が、観る者を現実と夢の狭間へと誘う。
監督・撮影・編集:ヘッラ・ウルッポ
脚本:ミカ・ラッティ、ヘッラ・ウルッポ
出演:トニ〝プロトニ〟ヤルヴィネン、ミラ・ルオティ、カリ・レイニ、ミカ・ラッティ、テロ・ホーグルンド
| 制作年: | 2025 |
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2026年9月11日(金)よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中