「孤独だけど、孤立はしていない」深田晃司監督が語る最新作『ナギダイアリー』と日本映画の現状・未来
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
「映画戦略企画委員会の立ち上げは、ひとつの成果」
――脚本を9年間執筆なさっていたということですが、だいたい何稿ぐらいになりましたか。
ええと、まずこの物語、いまのベースとなる物語で行こうとなるまでに5、6本書いています。しかも、まったく違う物語とかも書いていて。それこそもっと自衛隊が絡んでくる話もあれば、地元の横仙歌舞伎(※江戸時代から奈義町に伝わる伝統芸能。地下芝居[じげしばい]とも呼ばれる)が出てくる話とか。これいけるんじゃないかなという物語もあったんですけど。
いやもう、取材をしていけばしていくほど奈義町って、いろいろと面白くて。当然、自衛隊反対の活動家の方もいれば一方で自衛隊賛成の議員さんもいて、じゃあ二人が犬猿の仲かというとそうでもなくて、地域社会においては意外と仲が良かったりとか。
――もしかして、ドキュメンタリー映画になっている方ですか?
そうです。『日本原 牛と人の大地』の。
――あの場所でしたか、奈義町って!
そう、あの場所です。それでいろんなパターンを試しながら、いまの『ナギダイアリー』の脚本に落ち着きました。
――じゃあ、いまのお話に決めてからも何稿も書かれて。
はい。数え切れないですね。もう何十稿だと思います。
――『ナギダイアリー』の出発点というか、前日譚のように設定されている「東京ノート」は背景がヨーロッパで、戦争が起きていて……というお話なんですよね。
そうです。本当にそこらへんが平田オリザさんのすごいところだなと思うんですが、ヨーロッパで戦争が起きていて、戦火を逃れるために美術品が日本の美術館に避難してきているという、ものすごくうまい設定なんですよね、その美術館に来ている兄弟の話で。
だからヨーロッパの戦争を遠景に90年代の日本が対比されている設定で、企画が「東京ノート」からスタートしたものの、一旦そこから離れてゼロから作っていこうと奈義町に滞在しているうちにウクライナでロシアとの戦争が始まって、現実がまた「東京ノート」に近づいてきたという感じがあって。
――その滞在中というのは、撮影をなさっていた時期ですか?
脚本です。まだ戦争が始まったころは全然、撮影前だったので。
――そうですよね、もう4年以上経つんですよね。でも、じゃあ日本は安心かというと平和憲法を変えようとする人たちが政権中枢にいる状況になっていますが、映画を企画されたときと現在とで、作品のメッセージ性が変わったと思いますか。
大きくは変わっていないと思います。それはいまに始まったことではないので。今回の作品で脚本を書いていて、こういうふうに(社会が)変わったら脚本を変えなきゃねと言っていたのは、同性婚ですね。やっぱり同性婚が認められなかったし、認められる可能性がさらに遠のいてるという状況。もし撮影前に同性婚が日本でも認められたら当然、脚本内容も変えなきゃいけないと話をしていたんですが、残念ながら変わらなかった。
――そうですね。もっと希望がある終わり方になっていたんですか?
結局“台湾に行こう”っていうのは、まあユートピアみたいな話になっちゃうんですけど、でも結局東京にいたって状況は同じだって、彼らからするとそういうことなんですよ。
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――パートナーシップ制度では解決しないということなんですね。
当人が何を望むか次第ですよね。結婚を望む人にとって必要なのは、結婚が選択肢にあるかどうかです。一方で、そもそも結婚制度そのものがどうなんだろう? っていう議論も当然あるわけで。離婚を経験している友梨からしてみれば、結婚したってそんなに幸せになるわけじゃないよっていう思いが多分あるんだろうなって。
――確かに。友梨がいちばん冷静でしたもんね。ところで深田監督は日本版のCNC(国立映画映像センター)設立にも声をあげて努力してこられましたが、現状、どんな感じでしょうか?
私たちにとってひとつの前進と思えたのが、内閣府に映画戦略企画委員会が出来上がったことなんですね。岸田政権の時に官民協働で立ち上がりました。
日本の映画行政の問題点のひとつに、縦割り行政でみんなバラバラだったというところがあった。フランスのCNCや韓国のKOFICのような映画の支援のための公的機関が日本にはなくて、文化庁も経産省も外務省も厚労省も、みんながバラバラに支援しているから、それ自体はありがたいのですが結局あまり効率の良い支援ができないし、重複も多いし、省庁で見合っちゃうし……というような問題が大きかった。
映画戦略企画委員会は、文化庁も経産省も民間の映画会社も同じテーブルについて議論していこうというところで、これが本当にCNCやKOFICのような組織に成長していけばいいなと思っているんですが、それは簡単な道のりではない。それでも、やっと立ち上がったということが……まあ<action4cinema(日本版CNC設立を求める会)>で立ち上げたわけではないんですが、ここ数年の私たちに限らずさまざまな運動や発信のひとつの成果だと思っています。
「資本に依存した表現というのは、どうしても保守化しやすい」
――「寝ないで頑張る」と言う人を支持する人があんなにいて、日本では恵まれない状況で働いている人のほうがそんなにも多いんだと実感しまして。だから、みんな追いこまれていっているということが明るみに出たのかなと思っているんですけれども。
文化の状況を取り巻く環境は昔と全然変わってないと思っていて。文化予算の少なさは変わっていないですし。一方で最近は、映画に対する支援というのは増えてきたことは増えてきたんですね。でも、それって経産省系のサポートなんです。それ自体はもちろん悪くないのですが、基本的には売れるコンテンツをより売れるようにする、流通を拡大して世界で外貨を稼いでいく、という性質の予算なんですよね。
でも文化支援の場合、その本質は「いかに多様性を守っていくか」。必ずしも商業性が高くない表現をきちんと支援できるかどうかという、そこが鍵になっているんですが、その文化支援という文脈で言うと、いまも昔も日本は非常に弱いので。
国立映画アーカイブもクラウドファンディングを重視しなくちゃいけない状況にまで追いこまれているわけで、そこをもうちょっと、なんとかしなくちゃいけないんですけど。そういった状況は、急に始まったことじゃなくて、もうずっと日本社会が抱えてきている文化支援の脆弱性だと思います。
――そうですね。韓国とかだと、国の支援がある程度あるので、国民、つまり観客も安いチケットでミュージカルを見ることができるとか、そういう話もすでに入ってきているのに、日本がなかなか変わらなくてちょっとじれったいなっていう感じなんですが、現場の肌感覚としてはどんな感じですか?
映画の現場の肌感覚としては、労働環境の意識は上がってきていると思います。たとえば労働環境で「寝ないで働かせるのはよくない。ちゃんと睡眠時間を作ろう」というような意識とかは高まってきていると思うんです。睡眠不足では現場の安全性が下がりますし、健康被害にもつながる。そもそも、人を寝かせないのは人権侵害ですよね。もし監督やプロデューサーが寝ないで働いていたとしても、現場への影響力を考えれば「自分は寝ないで働いてるんだ」とかみんなの前で誇らしげに口にした時点で、その人はリーダー失格だと思うんです。
――はい。私もそう思います。
それで日本映画の問題点としては、結局、労働環境管理をよくしていけばどうしても製作費が上がっていくわけですよね。でもそうなると結局、インディペンデントな映画会社が映画を作りづらくなっていく。上がった予算に対応できる大手の会社しか映画を作れないという状況が、どんどん増えていくわけです。
たとえばヨーロッパ、フランスとかだと、映画の支援が非常にきめ細かく充実しているので、アート映画であっても数億円ぐらいの予算を集めて作ることができるんですが、日本は公的な文化支援が少ないので商業性の低い内容や題材の映画は、極端な低予算にならざるをえない。
だから本来は、現場の労働改革と映画の資金をどう集めていくかっていう制度設計は両輪で進めなくちゃいけなかった。現場の労働環境の改善が進むことはもちろんいいことなんですが、一方で資金集めの仕組み作りが間に合っていないので、映画を作れる会社と作れない会社とに格差がどんどん広がっていくことになると思います。
――若い世代が前世代よりも自分自身を大事にするようになって、若いスタッフたちの意識は変わってきているのではないんですか?
それは変わってきていると思います。若い人に限らずだとは思うんですが、働く時間と休む時間のバランスをきちんと取りながら、ちゃんと生活していこうという意識が高まっていて、それはとても良いことだと思います。
ただ一方で、これは難しい問題なんですが、映画とその他の表現の一番の違いがどこにあるかといえば、とにかくお金がかかる、ものすごく経済的なリスクの高い表現だという点です。そうなると、どうしても保守化しやすいんですね。つまり、製作費を回収した上で利益を上げなくてはならないから、多くの人に見てもらるためにリスクを下げようとする、みんなが知っているキャストとか有名な原作とかが、良い悪いではなく求められてしまう。あるいはみんな共感しやすい内容にするとか、内容においてもやっぱり保守化しやすい。
たとえば小説が原作で、とくに美男美女という設定ではない役なのに映画だと美男美女になっているとか、原作にはない恋愛要素が入ってくるとかも保守化の一環だと思うんですが、労働環境を整えようとしても製作予算が上がれば、ますます経済的なリスクを制作側は取れなくなってくる。その経済的なリスクの中には、新人であることも含まれてくる。プロデューサーは実績のある監督の方が安心できますから。そこもヨーロッパだと、新人監督に対する助成金が充実していたりします。
そこをきちんと考えていかないと、努力や才能による競争だけではなく、たまたま環境的に撮りやすいポジションにいた人が映画を作りやすくなっていくことになると思います。
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
「文化に触れることは最低限の権利。そこに対する私たちの意識を考えていかないと」
――A24のような海外企業が入ってきて、才能のある新人監督はどんどん国外に流出してしまう可能性もありますよね。
そうですね。確かにもう仕方がないんじゃないかという気もしますけど(苦笑)、そこをつなぎ止めたいんだったら、ちゃんと助成制度をしっかりと作る。これは単純に文化予算をもっとよこせというだけの話じゃなくて……まあ文化予算ももっと増えるべきなんですが、日本は国民一人当たりの文化への支出額が899円で、極端に低いんですよね。ドイツは4253円、フランスは9812円、韓国も9130円という状況なので、日本は非常に低いわけです。
でも文化予算だけの問題ではないと思っていて、国からの文化支援が「公助」だとすると、もう一つ考えていかなきゃいけないのが「共助」で、フランスや韓国が行っているのは映画業界のお金を回していくということなんですよね。映画業界の中できちんとお金を回していって、多様性を支えていく、新人監督も支えていくっていうようなことをちゃんとしていく、という議論ですね。
大体、いまの新人監督はインディペンデントからスタートして、ミニシアターで上映してキャリアを積んで、大きな作品を作っていくケースが多いんですが、でもそれって言ってしまえば、インディペンデントで育った才能を大手映画会社がリスクを負わずにピックアップしているとも言えるわけで。だったら興行収入の、たとえば5%でも1%でもプールして分配する形で新人監督の支援や教育支援とかもしていけば、業界みんなでちゃんと新人を育てられる環境が作れるわけで、そのほうがより健全ですよね。
――ちなみに、その文化支出額は全部1年あたりですよね。そうすると平均的な日本人はもう年間で一人一本、劇場で映画が見れていないじゃないですか!
本当ですよね。映画一本にも満たないし、美術館にも行けないし、演劇なんてとんでもない、みたいな話。もうそれは憲法違反じゃないか? って考えるべきなんですよね。私たちには「健康で文化的な最低限度の生活」というのが保証されているわけで(※憲法25条)。“文化的な活動は最低限の権利である”という意識が薄いと、たとえば生活保護を受給している人たちが映画や演劇を見たりすると批判される、という状況が生まれるわけです。
でも海外では国によっては、むしろ生活保護を受けていたら演劇チケット代が安くなる制度がある。それは、文化にアクセスできることは人間の最低限の権利だから、というわけですよね。私たちのそこに対する意識を、もうちょっと考えていかないといけない。
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
取材・文:遠藤京子
『ナギダイアリー』は2026年9月25日(金)より全国公開
『ナギダイアリー』
自然豊かな町「ナギ」。この地でひとり創作に打ち込む彫刻家の寄子のもとに、弟の元妻で建築家の友梨が、休暇をとって東京から訪れる。義理の“元姉妹”である友梨をモデルに彫刻を制作する数日間。若くして妻を亡くした好浩、その息子の春樹と親友の圭太――。異なる場所で生きる寄子と友梨の再会は、穏やかだったナギの日常に小さな揺らぎをもたらしていく。
監督・脚本:深田晃司
出演:松たか子 石橋静河
川口和空 藤原聖 藤間爽子 水間ロン 申瑞季
松山ケンイチ
| 制作年: | 2025 |
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2026年9月25日(金)より全国公開