「なぜ、」…塚本晋也監督が問いかけ続けること。”世界の今”を照射した集大成『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
塚本晋也が“いま”を照射する『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
戦争に対する意識の変化に歯止めが利かない。そんな危機感から生まれた『野火』(2014年)、『斬、』(2018年)、『ほかげ』(2023年)に続く最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は、紛れもなく世界の今を照射した、塚本晋也監督の集大成とも呼ぶべき作品だ。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners
監督がアレン・ネルソンの存在を知ったのは『野火』の製作準備中だった。18歳で海兵隊に入隊したネルソンは、沖縄駐屯を経て1966年にベトナム戦争に従軍。1970年に退役するが、重度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされた。1995年の米兵による暴行事件を機に翌96年に沖縄を再訪、自らの戦争体験を語った。その後、日米で1200回以上も講演を行い戦争の現実を訴え続けた。
「ほんとうの戦争は無慈悲で残虐で愚かで、そして無意味だ」―アレン・ネルソン
戦争を加害者の視点で語るネルソンの著作に衝撃を受けた塚本監督は、日本の関係者、在米の元兵士やPTSD専門医、当時の妻や家族にも取材。彼らに何があったのかは顔を見ているだけで分かったという。その感触を反芻しながら時間をかけて脚本を仕上げた。
塚本晋也監督 『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners
暴力、貧困、差別、どん底から抜け出すためにベトナム戦争へ。
幼い頃から母が虐待される姿を見て育ったネルソン。酒に酔うと拳を振りあげ罵声を浴びせた父は、通報で駆けつけた白人警官に叩きのめされ、家族の前から姿を消した。黒人というだけで虐げられる家族の暮らしは貧しかった。目を背けたくなる現実を逃れ、どん底から抜け出す。ネルソンは18歳になると、母の反対を押し切り海兵隊に入隊した。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners
「考えない」「絶対服従」「殺し方」――
戦争に備えて訓練を受けた沖縄は、米兵には天国だった。酒を呷り、娼婦と戯れ、基地に帰るタクシー代は踏み倒した。ベトナムでは、ジャングルをただ歩かされた数日間の後、いきなり戦場に放り込まれた。突然の襲撃で仲間が倒れ、自分にも銃弾が迫る。敵も味方もない、自分を守るのは自分だけだ。
初めて人を殺したのは小さな集落だった。狙いを定めて引き鉄を絞ると、あっけなく人が倒れた。その死骸から耳を切り落として首輪を作る男のにやけ顔を見て吐きそうになった。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners
戦場では「殺らなければ死ぬ。だから殺すしかない」
やがて人を殺すことに躊躇しなくなり、敵兵だけではなく誰彼構わず銃口を向けた。善悪の境界線、倫理観が消え失せた自分に「殺らなければ死ぬ。だから殺すしかない」と言い聞かせていたのかもしれない。
だが、ある出来事を境にすべてが変わった。これ以上、戦場にとどまることはできない。限界を感じて戦場のルールを逸脱していく。地元民に基地から薬品や食料を差し入れ、時には襲撃を知らされて命を救われたこともあった。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners
戦争の記憶に追いつめられながら語る、自らの体験。
除隊して家族のもとに帰ると、別の地獄が待っていた。姉妹の他愛のない会話が、窓越しに聴こえる都会の喧騒が、悪夢の戦場を呼び起こす。静寂を求めて家を出ると廃墟ビルに潜り込み、隣人から声をかけられても生返事でやり過ごす。人と接触することが苦痛だった。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners
そんな時、教師になった同級生に出くわした。ベトナム従軍を知る彼女から「子どもたちに戦地の体験を語ってくれないか」と頼まれる。即座に断ったが、小学生が描いた微笑ましい絵とメッセージに心が動いた。額には脂汗、時に躊躇しながら、自分が目にした戦場を語った。
すると最後の質問時間に、全く予期しない問いが耳に飛び込んできた。
――「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners
ジェフリー・ラッシュ、リリー・フランキーら豪華キャスト集結
タイ、ニューヨーク、日本、ベトナムでオールロケ、3台のカメラで撮影された本作は、スケールに加えてドラマに奥行きをもたらす俳優たちが集められている。アレン・ネルソンを演じるのは、ブロードウェイミュージカル「RENT」(1996年初演)のオリジナルキャストで、2007年の再演にも参加したロドニー・ヒックス。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners
ネルソンに寄り添うダニエルズ医師に、『シャイン』(1996年)でオスカー主演男優賞受賞の名優ジェフリー・ラッシュ、若きネルソンには映画初出演のマーク・マーフィーを抜擢。そして『野火』以来となるリリー・フランキーが、複数の日本人関係者を集約させた黒井を演じている。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners
「あなたはなぜ、人を殺したのですか?」
消し去ることのできない戦争の記憶。ネルソンの言葉に耳を傾けた医師は、長期に渡って続けられたカウンセリングの終わりに常に同じ問いを投げかけた。
なぜ、大地を血で汚すのか。なぜ、人は人を斬るのか。なぜ、彼女はふたつの顔を持たねばならなかったのか。なぜ、彼は戦場で銃を手にしたのか。なぜ、彼は自らの体験を語り続けたのか。なぜ、私たちは生きるのか……。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners
塚本晋也の映画には、数多くの「なぜ、」が込められている。だが、監督は決して答えを強要することはない。作品を重ねるごとに純度を増していく塚本監督の素朴な問いに、我々はどう答えるのか。いま、あなたの心が試される。
文:高橋直樹
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は9月11日(金)より全国公開
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
貧困や差別から抜け出すために18歳で入隊したアフリカ系アメリカ人のアレン・ネルソン。ベトナムという苛烈な戦地で学んだことはただひとつ、いかに多くの人を殺せるか。その対価として得たのは、ごくわずかな賃金とPTSD(戦争後遺症)だけだった。
23歳で家を追い出され、ホームレスとなったアレンをこの世につなぎ止めたのは、退役軍人病院でカウンセリングを行っていたダニエルズ医師の存在だった。
監督・脚本・撮影・編集:塚本晋也(『野火』、『斬、』、『ほかげ』)
出演:ロドニー・ヒックス ジェフリー・ラッシュ マーク・マーフィー リリー・フランキー and タチアナ・アリ
原作:「「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」」(アレン・ネルソン著、講談社文庫刊)
参考文献:「戦場で心が壊れて 元海兵隊員の証言」(アレン・ネルソン著、新日本出版社刊)
| 制作年: | 2026 |
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2026年9月11日(金)より全国公開