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傑作『長江哀歌』の延長上にある『帰れない二人』 ジャ・ジャンクー監督が描く“ある男女の20年”から中国社会がみえる

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ライター:#齋藤敦子
傑作『長江哀歌』の延長上にある『帰れない二人』 ジャ・ジャンクー監督が描く“ある男女の20年”から中国社会がみえる
『帰れない二人』©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

ある男女の20年にわたる関係を通して激動の現代中国を描く

『帰れない二人』は、2018年にカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された、現代中国を代表する映画作家ジャ・ジャンクーの9本目の長編劇映画だ。原題は『江湖児女』(江湖=俗世間を生きる男女という意味)で、2001年から現在までの中国を、ヤクザな男と、そんな男を愛してしまった女の約20年にわたる関係に託して描いたものである。

『帰れない二人』©2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France All rights reserved

2001年、北京オリンピック開催決定に沸く中国。山西省の中都市大同で、不動産業者の地上げを手伝うヤクザ者のビン(リャオ・ファン)には、チャオ(チャオ・タオ)という恋人がいる。だが、世話になっていた不動産業者が殺され、犯人をめぐるいざこざで、不良の集団に襲われたビンを助けるために拳銃を撃ったチャオは刑務所へ。5年後、出所したチャオはいずれダムの底に沈む三峡の町にビンを訪ねるが、彼には新しい恋人がいた。チャオはたったひとりで、かつてビンと移住しようと話していた新疆のウルムチへ向かうが……。

『帰れない二人』©2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France All rights reserved

知らない方もいるかもしれないので、ここで説明を。新生中国は、土地の私有を廃し、国家所有または農民の集団所有(共有)と定めた。改革開放の時代になって住宅の私有化が始まるが、私有できるのは住宅だけで、土地の所有は今に至るまで認められていない。なので、せっかく家を買っても、突然、新しい都市計画が持ち上がって取り壊しになり、追い出されるという事態が起こる。

『帰れない二人』©2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France All rights reserved

北京オリンピック開催決定という明るいニュースの陰で、三峡ダム建設によって故郷が水の底に沈むことになる人々、再生可能エネルギー法によって炭鉱を追われた人々、新しい都市建設のために村を追われた人々が、大都会に流れこんでいく時代。それが『帰れない二人』の背景である。

『帰れない二人』©2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France All rights reserved

キャリア初期から世界の映画祭で称賛されてきたジャ・ジャンクー監督

私がジャ・ジャンクー本人に最初に会ったのは、長編2作目の『プラットホーム』(2000年)がフランスのナント三大陸映画祭でグランプリを獲ったときだった。この映画から今にいたるまで、東京フィルメックスのディレクター、市山尚三氏が一貫してプロデューサーを務めているので日本との関係が深く、他の作家よりは出会う機会が多い。

ジャ・ジャンクーについては、忘れられない思い出がある。2004年に『世界』がヴェネツィア映画祭のコンペに出品されたとき、私はFIPRESCI(国際映画批評家連盟)の審査員をやっていた。その最終審査で『世界』はパブロ・トラペロの『ローリング・ファミリー』に多数決で負けてしまったのだ。そのとき、『世界』を押していた審査員長のミシェル・シマンが、いかにも苦々しそうに「素晴らしい映画なのに、残念だ」とつぶやいたのだ。若い映画作家を何とか応援したいという気持ちから出た正直な嘆きだった。しかし、ジャ・ジャンクーは負けてはいなかった。その2年後の2006年に『長江哀歌』で、ヴェネツィア映画祭金獅子賞を獲ってしまうのだ。

実は、『世界』から『長江哀歌』のたった2年の間に、ジャ・ジャンクーの描く世界は大きくスケールアップした。デビュー作の『一瞬の夢』(1997年)から『世界』まで、彼は故郷や友人たちを題材に、比較的身近な世界を描いていた。その世界は徐々に広がってはいたが、ついに『長江哀歌』で決定的になる。三峡ダムで沈んでいく地方都市を舞台に、行方不明になった連れ合いを探す男女の姿を描いた『長江哀歌』は、時代の変化についていけない中国社会そのものを描いた作品だった。

作品を通して中国を見つめてきた揺るぎない視点、そして長江の悠久の流れ

『帰れない二人』は、その『長江哀歌』の延長上にある。チャオはビンを助けるために刑務所に入るが、離れている間に二人の関係は元に戻れなくなる。この作品でも、ジャ・ジャンクーの視点は『長江哀歌』同様、人の姿を通して時代を見つめている。そのゆるぎない視点の下で、男女は亀裂の入った愛情とプライドに苦しみ、長江は悠久と流れる。

『帰れない二人』©2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France All rights reserved

エリック・ゴーティエの撮影が素晴らしい。『長江哀歌』(撮影はユー・リクウァイ)と続けてみると、ジャ・ジャンクーが定点観測した中国社会の変化が浮かび上がって見えるだろう。

『帰れない二人』©2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France All rights reserved

文:齋藤敦子

『帰れない二人』は2019年9月6日(金)よりBunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

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『帰れない二人』

激動の21世紀中国。北京五輪開催、三峡ダム完成、経済の急成長……。
移ろいゆく景色、街、心。現代中国を背景に描き出す、変わらぬ想いを抱えた女と男がすれ違う17年におよぶ愛の物語。

制作年: 2018
監督:
出演: