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韓国現代史は映画で学ぶ!〈民主化サーガ〉の大傑作『ソウルの春』『KCIA』『1987』が一挙TV放送

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ライター:#BANGER!!! 編集部
韓国現代史は映画で学ぶ!〈民主化サーガ〉の大傑作『ソウルの春』『KCIA』『1987』が一挙TV放送
『1987、ある闘いの真実』©2017 CJ E&M CORPORATION, WOOJEUNG FILM ALL RIGHTS

実録・韓国民主化サーガ ~独裁の銃声、民衆の勝利~

わずか8年。1979年10月の朴正煕(パク・チョンヒ)暗殺から、1987年6月の民主抗争まで、韓国現代史はいくつもの転回点を凝縮して刻んだ。この激動の歳月を、韓国映画は驚くべき密度で描き続けている。一国のごく短い時期の出来事が、これほど高い完成度と地続きの緊張感をもって複数の作品に描かれる例は、世界的に見ても稀有だろう。

その中核をなす3作、『KCIA 南山の部長たち』『ソウルの春』『1987、ある闘いの真実』が、CS映画専門チャンネル ムービープラスで一挙放送される。この絶好のタイミングに3作+αを時系列に沿って紹介しつつ、一本の線でつながる<韓国民主化サーガ>を読み解いてみたい。

『1987、ある闘いの真実』©2017 CJ E&M CORPORATION, WOOJEUNG FILM ALL RIGHTS

1979年10月26日:独裁の終焉
『KCIA 南山の部長たち』(2020年)

物語の起点は、1979年10月26日の夜。中央情報部(KCIA)部長による大統領暗殺という、世界の現代政治史でも類を見ない事件である。

『KCIA 南山の部長たち』COPYRIGHT © 2020 SHOWBOX, HIVE MEDIA CORP AND GEMSTONE PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.

朴正煕大統領は1961年5月の軍事クーデターで権力を握り、その後18年にわたり韓国を統治した。経済成長を成し遂げる一方、維新体制下で言論を封じ、政敵を弾圧する独裁を強めていた。映画は、暗殺に至るまでの40日間を、KCIA部長キム・ギュピョン(モデルは金載圭[キム・ジェギュ])の視点から重く静かに描き出す。

クライマックスとなる宴会場での銃声は、鉄の結束を誇った独裁政権が、最も近い側近の手によって内側から崩壊した瞬間である。その夜、確かに長い独裁は終わった。しかし、そこに生まれたのは民主主義ではなく“権力の空白”だった。

なお、同じ10・26事件をシニカルな風刺劇として描いた異色作に、イム・サンス監督の『その時の人達~有故、大統領』(2005年)がある。『KCIA』と併せ観ると、同じ一夜のまったく異なる肌触りが浮かび上がってくるだろう。

1979年12月12日:奪われた春
『ソウルの春』(2023年)

〈ソウルの春〉とは本来、10・26の直後、市民の間に広がった民主化への期待を指す歴史用語だ。つまりこのタイトルは、その“春”が圧殺された一夜を描く作品にこそ冠せられた痛烈な反語である。

『ソウルの春』© 2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.

朴正煕暗殺事件の合同捜査本部長に任命されたのが、当時保安司令官だった全斗煥(チョン・ドゥファン)。事件捜査の権限を足がかりに、彼は軍内秘密組織<ハナフェ>を動員し、12月12日の夜、上官である陸軍参謀総長を逮捕するという形でクーデターを決行する。一夜にして軍を掌握したこの事件こそ、『KCIA』が遺した“権力の空白”を埋めた瞬間であった。

映画は司令部の薄暗い廊下と電話線を舞台に、約9時間のせめぎ合いを息詰まる密室劇として描き切る。独裁が終わったはずの国に、より冷酷な顔をした独裁が生まれる絶望――サーガ中もっとも重苦しく、しかし熱い<悪しき権力の誕生>の物語である。

1980年5月――流された血、そして長い冬

ここで1作、時系列的にも絶対に避けて通れない映画がある。ソン・ガンホ主演作『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』(2017年)だ。

12・12でクーデターを成功させた全斗煥は、翌1980年5月17日に非常戒厳令を全国に拡大し、翌18日からの光州市民の蜂起を、空挺部隊を投入して鎮圧した。「光州事件」である。『タクシー運転手』はこの惨劇を、ソウルから取材に向かったドイツ人記者を乗せた一人の運転手の眼から描いた実録映画だ。

12・12で権力を握った全斗煥が、その権力を維持するために何を犠牲にしたのか? この作品は『ソウルの春』と、次に紹介する『1987、ある闘いの真実』のあいだに横たわる“論理的な中心”を埋めるピースとなる。

光州を弾圧して大統領の座についた全斗煥の第五共和国は、その後も拷問・改憲阻止・言論統制で抵抗を抑え込んできた。同じくソン・ガンホが主演し、「釜林事件」を題材にした映画『弁護人』(2013年)も、この長い冬の只中で芽生えた若き在野弁護士の覚醒を描いた物語である。

光州事件は、韓国映画にとって繰り返し帰り来る主題でもある。市民の側から蜂起の10日間を真正面から描いた『光州5・18』(2007年)、そして遺族の子どもたちが時を経て“あの方”への復讐を企てる『26年』(2012年)など、視点を変えた映画化が今なお続いている。

1987年1月~6月:民衆の勝利
『1987、ある闘いの真実』(2017年)

そして1987年。冬を破ったのは、二人の若者の死だった。

1月14日、ソウル大学言語学科の学生・朴鍾哲(パク・ジョンチョル)が、南営洞の対共分室で水拷問を受け死亡した。当局は「机をパンと叩いたら、ウッと言って亡くなった」と発表する。だが事件は、検事、新聞記者、刑務官、神父、そして遺族の連鎖的な〈告発〉によって覆い隠せなくなっていく。

『1987、ある闘いの真実』©2017 CJ E&M CORPORATION, WOOJEUNG FILM ALL RIGHTS

映画はこの隠蔽との攻防を、複数の視点が次々とバトンをつなぐ群像劇として描いている。そしてクライマックスに置かれるのが、6月9日の街頭デモで催涙弾を頭部に受けて倒れた大学生、李韓烈(イ・ハニョル)の姿だ。彼の死に対する怒りは全国に燃え広がり、6月29日、ついに与党は大統領直接選挙制への改憲を受け入れた。

『KCIA』の閉ざされた宴会場、『ソウルの春』の暗い司令部を経て、物語の舞台はようやく光の差し込む広場へと開かれていく――。

一本の線でつながる韓国の歴史

ただし、ここに小さな注釈を加えておきたい。直接選挙が実現した1987年12月、当選したのは野党候補ではなく、全斗煥の盟友・盧泰愚(ノ・テウ)だった。金泳三と金大中の野党候補が一本化できず、票が割れたためである。新軍部の系譜が文民政権に取って代わられるのは、1993年の金泳三政権の誕生を待たねばならない。全斗煥・盧泰愚の両元大統領が法廷で裁かれるのは、さらにその先の1996年になってからだ。

1990年代の南北情報戦と選挙工作を実話ベースで暴いた『工作 黒金星と呼ばれた男』(2018年)が示すように、物語は1987年で完結したわけではない。この勝利はあくまで<制度の獲得>であって、清算の完了ではなかった。だからこそ韓国映画は過去に立ち戻り、人物を変え、視点を変え、繰り返し描き続けている。独裁の銃声(1979年10月)、軍部のクーデター(1979年12月)、流された血(1980年5月)、そして民衆の叫び(1987年6月)――。

サーガを俯瞰する一作

最後に、このサーガ全体を一人の男の人生として体験できる名作を挙げておきたい。イ・チャンドン監督の代表作『ペパーミント・キャンディー』(1999年)は、迫りくる列車に向かって「俺は帰る!」と叫ぶ男ヨンホの人生を、1999年から1979年へと7つの章で逆回しに辿っていく。

彼は1980年5月、空挺部隊員として光州に派遣され、一人の女子学生を誤射した過去を背負っている。抑圧する側の人間が、抑圧によって自らも壊れてゆき……民主化サーガを<民衆の側>からだけでなく<手を汚した側>からも見つめ直す異形の傑作だ。この1作だけでも、<韓国民主化サーガ>の重みは十分に伝わってくるだろう。

今回紹介した『KCIA 南山の部長たち』『ソウルの春』『1987、ある闘いの真実』(&同時代を描いた様々な作品)を続けて観れば、数々の“事件”が一本の線となり、その線の上を無数の人間の選択が走っていたことが見えてくる。歴史は確かにつながっているのだ。

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