「伝統舞踊の研究でBTSも見ました」新鋭キム・へヨン監督が語る『大丈夫、大丈夫、大丈夫!』制作秘話
『大丈夫、大丈夫、大丈夫!』©︎2023 TWOMEN FILM ALL RIGHTS RESERVED.
『大丈夫、大丈夫、大丈夫!』
キム・へヨン監督インタビュー
主人公のイニョン(イ・レ)は芸術団で楽しく伝統舞踊を学んでいたが、応援してくれていた母が事故で急死してしまう。シングルマザーだった母がいなくなり家も追い出されてしまうイニョンだが、芸術団の練習室に隠れ住んでなんとか学校に通っていた。しかし陰で魔女と呼ばれるほど厳しいソラ先生(チン・ソヨン)に見つかってしまう。ソラ先生は仕方なくイニョンを自宅に連れてくるが……。
4月10日(金)より公開の『大丈夫、大丈夫、大丈夫!』は、芸術団を舞台に少女と女性たちの成長を描き、ベルリン映画祭では子どもたちが選ぶクリスタル・ベア賞を受賞した爽やかな青春ドラマだ。先行試写のために来日したキム・へヨン監督にインタビューした。
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「子ども本来が持つ力強さを描いてみたい、強調したい」
――貧しい女の子がバレエ団や劇団で頑張って成長していく物語は昔からあったと思いますが、主人公のイニョンがちゃっかりしているところもあって悲愴感がないのがとても現代的で、そんなところもクリスタル・ベア賞に選んだ子どもたちに共感されたと思います。登場人物を作るときに、とくに工夫されたのはどんなところでしょうか?
普通は、困難に直面したり厳しい状況に置かれたりした子どもたちが、誰か大人の助けを借りることで夢に向かって歩んでいけるようになるという物語が多いと思います。でも、イニョンというキャラクターはより主体的で勇気を持った子どもだと思ったので、自分の力で人生を開拓して行くキャラクターとして描きたかったんです。
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彼女はすごく大変な状況に置かれているんですが、沈んでしまうのではなく、持ち前の前向きな力でうち勝っていく。むしろイニョンというキャラクターを通じて周囲の人たちが影響を受け、彼女の前向きなエネルギーが周囲に拡散されていくようにしたかったんです。子どもというのは力のない弱い存在と思われがちですが、むしろ子どもたちが持つ力強さというものがあると私は思うんです。
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もちろん子どもたちにとって物質的なサポートは必要ですが、子ども本来が持つ力強さをイニョンを通じて描いてみたい、それを強調したいと思っていました。イニョンを通じてソラやナリが変わっていく、その様子を強調して表現してみたい、と。
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「子どもには“険しい道を進んでほしくない”と思う親が多いと思う」
――イニョンがソラ先生やライバルだったナリたち芸術団の友だちとも仲良くなって、シスターフッドが築かれていきます。シスターフッドを軸にストーリーを考えられたのではないのかもしれないのですが、私はそう感じていて、背景を知りたいと思いました。
この映画では、困難や欠乏を抱えたそれぞれの人物たちがお互いに影響を受けあって変わっていく過程や、感情が変わっていく様子を細やかに描いてみたいという欲求がありました。あまり性格が違いすぎると、普通なら相手を避けたり相手と会わないようにするところで終わってしまうかもしれません。でも、身近にいる人物同士がお互いに影響を与えていく状況を描く中で、性格がまったく異なる2人がお互いに影響を与えあうために、なるべく同じ一つの空間の中にふたりが一緒に居ることになる、という状況に敢えてしているんですね。
世代間のハーモニーも描いてみたいと思いました。子ども世代を代表するのがイニョンだとすれば、大人世代のソラがいて、またその上の世代の団長も登場します。異なる世代の人々が、お互いに違ってもみんな成長していくことができて影響を受けあうこともできるんだということを描いてみたいと思ったので、各世代の女性たちが登場するという配置になっているんです。
『大丈夫、大丈夫、大丈夫!』©︎2023 TWOMEN FILM ALL RIGHTS RESERVED.
――その各世代というところで気になったのが、お母さんが娘に自分の夢を叶えさせようとして、娘に代理戦争をさせてしまうような問題が描かれていたところです。日本でも母子密着がしばしば話題になるのですが、韓国はどのような状況で、監督はどのような問題意識を持ってこれを描かれたんでしょうか。
もちろん韓国にも、自分の持っていた夢を子どもたちに代理させて自分の代わりに叶えてほしいという親が一部にはいるんですが、多くの場合はある特定の職業に就く夢を叶えることはとても大変だと知っているので、むしろ険しい道を進んでほしくないと思う親が多いと思います。
それよりも子どもたちには成功してほしい、もしくは、より良い人生を生きてほしいと望む両親が多いような気がしますが、そんな中でも子どもが望む人生と親が望む道が一致しなかった場合には、親が望む道を子どもに強要してしまうこともあると思います。
『大丈夫、大丈夫、大丈夫!』©︎2023 TWOMEN FILM ALL RIGHTS RESERVED.
また「勉強しなさい」「勉強して良い大学に行って成功してほしい」という教育熱はやはり韓国は高いですし、熾烈なのではないかと思います。ソウルには大峙洞(テジドン)という予備校や学習塾が密集しているエリアがあって、子どもたちはみんな学校の授業が終わったあと塾に行って、またさらに勉強する。塾が終わるのを親たちがずっと車で待っていて、その車が列をなしている光景が見られます。この映画の中ではナリの母親のキャラクターを通じてそのような背景を描こうとしました。
イニョンはとても自由な夢を持っているけれども、母親がいない。ナリにはサポートしてくれる母親がいるんですが、やり過ぎなくらい過保護にサポートする母親で、ナリは自分の考えを表明することができずにいる人物として描かれています。イニョンとナリはライバル関係ですが、お互いに置かれた環境が異なる者として設定しました。
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「韓国の“恨(ハン)と興(フン)”という情緒を現代的に表現してみたいと思った」
――ナリもすごく魅力的で、ダンスをしているときのストレッチの仕方や座り方も普段からダンスをしているように見えましたが、キャスティングはどのように決められたのでしょうか?
ナリのキャラクターはオーディションを通じてキャスティングしました。ナリを演じたチョン・スビンさんは、演技のオーディションと舞踊のオーディションを同時に行ってキャスティングをしているんです。キャスティングが決まったあとも熱心に舞踊のレッスンに取り組んでくれて、本当に一生懸命準備をしてくれました。
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私たち映画チームも実際の芸術団を訪ねて、学生たちがどういうカリキュラムで教育を受けて、どんなふうに練習して、休み時間にはどんな風に過ごしているのか、実際に取材に行って準備したんです。
ナリというキャラクターが持つ不安や不安定さ、ナーバスな内面を日頃の動きやダンスを通じても表現したいと思いました。ストレッチをしているときですらナーバスでセンシティブなんだという表現ができればと思って、目線や表情にも気を配るようにディレクションしていました。彼女が日頃からすごくストレスを感じていることを表現するために、メイクでくまを描くようにリタッチするようにもしていたんです。
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――素晴らしかったです。伝統舞踊団を取材なさったということですが、いまの韓国のイメージだと多くの人が思い浮かべるのはアイドルグループの方だと思うんですが、アイドルやクラシックバレエではなく、伝統芸術の世界を舞台に選ばれたのはなぜでしょうか。
私の考えでは、クラシックバレエ、アイドルのダンス、現代舞踊、韓国伝統舞踊など、それぞれ種類によって、伝わる、また伝える感情が違うと思うんです。
韓国の伝統舞踊の特徴としては、動きひとつひとつがとても繊細で、とても丹念に入念に心をこめて踊らなければならない、息遣いを調整するのがとても大切な舞踊です。そのように激しくなく細やかに動くときには忍耐力も必要ですし、節制した抑えた動きが必要で、そうしないとこなせない踊りだと思うんです。なので、劇中のキャラクターが抱えている困難や葛藤が、韓国舞踊の動きと照らし合わせることで表現できればいいなと思いました。
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この舞踊を舞台に上げるために彼女たちは熾烈に準備するわけですけれども、それぞれのポジションによって嫉妬が生まれたり羨望もあったり、そうした感情も起こり得ると思ったので、その過程でさまざまな感情を表現したい考えもありました。また、韓国伝統舞踊は衣装も含め見た目もとても華やかですし、リズムも軽快です。でも、あまり多くの人に知られていないような気がしたんです。もちろんアイドルも素晴らしいんですが、韓国のイメージがかなりアイドルに傾いているような気もしたので、この機会に韓国舞踊の魅力も伝えてみたいなと思いました。
また、韓国語の表現で恨(ハン)と興(フン)があり、「恨」は積もり積もった感情(※漢字表記が日本語の“恨み”と同じなので誤解されているが、“忍ぶ”感情が近い)で、「興」は身体が自然に動いていくような、興じるような感情ということです。この情緒を表現するものが、韓国の伝統舞踊なんです。それでこの韓国のキーワードとなる「恨」と「興」という情緒を、子どもたちを通じて現代的に表現してみたいと思ったんです。
『大丈夫、大丈夫、大丈夫!』©︎2023 TWOMEN FILM ALL RIGHTS RESERVED.
――もともと韓国舞踊をよくご覧になっていたんですか。
時々です。でも今回の作品を準備しながら、舞踊の公演などをよく観に行くようになり、資料を色々調べているうちに、もっと具体的に知ることができました。資料の中にはBTSのステージも含まれていました。MMA(Melon Music Award)の授賞式で、BTSが韓服を着てコラボのように群舞を踊るパフォーマンスがあったんです。それも資料として見ました。
――ありがとうございました。改めてクリスタル・ベア賞受賞おめでとうございます。
もらったトロフィーをここに置いておけば良かったです(笑)。家に置いて来てしまいました。
キム・へヨン監督 photo: ©motoishiduka
取材・文:遠藤京子
『大丈夫、大丈夫、大丈夫!』は4月10日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
『大丈夫、大丈夫、大丈夫!』
母親を失った高校生イニョン(イ・レ)は、家賃が支払えず家から追い出されてしまい、所属しているソウル国際芸術団の練習室で隠れて寝泊まりしていた。芸術団の60周年公演に向けて猛特訓が続く中、ある日、“魔女”と呼ばれ、完璧主義で生徒達に容赦なく厳しい態度をとる芸術監督ソラ(チン・ソヨン)に練習室での生活がバレてしまい、その日からソラの家で一緒に暮らすことに。年齢も性格も生活習慣も違う二人は、お互いに戸惑いを見せながらも、同じ時間を過ごすことで徐々に心を通わせていく。そんな中、イニョンを敵対視している芸術団のエース、ナリ(チョン・スビン)の不調をきっかけにチーム内で問題が勃発。イニョンをはじめとする団員たち、そしてソラの気持ちはバラバラになってしまう。公演開催の危機に迫られた芸術団のため、ソラはある覚悟を決めるが……。
監督:キム・へヨン
出演:イ・レ(イニョン)、チン・ソヨン(ソラ)、チョン・スビン(ナリ)、イ・ジョンハ(ドユン)、ソン・ソック(ドンウク)
| 制作年: | 2023 |
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2026年4月10日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開