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恐怖に慣れることすら許さない!異形の血まみれジャンプスケア『MALUM 悪しき神』の畳みかける暴力

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恐怖に慣れることすら許さない!異形の血まみれジャンプスケア『MALUM 悪しき神』の畳みかける暴力
『MALUM 悪しき神』©2023 WELCOME VILLAIN FILMS ALL RIGHTS RESERVED

『MALUM 悪しき神』の徹底した暴力描写

『MALUM 悪しき神』の最大の美点は、まず何よりも血まみれのジャンプスケアにある。それも、ただ音と映像で一瞬驚かせる類のものではない。やたら粘度が高い血液をまとい、破壊された肉塊が切れ目なく襲ってくる。

このジャンプスケアは、驚かせるというより殴ってくる感覚に近い。一度ならまだしも、似た質量のショックが何度も繰り返されるため、観客の身体が処理に追いつかない。瞬きする間もなく、血まみれの異形が割り込んできては画面を汚し、消える前に次が来る。もはや「怖い」という感情よりも、居心地の悪さだ。

『MALUM 悪しき神』©2023 WELCOME VILLAIN FILMS ALL RIGHTS RESERVED

うるさい、しつこい、もう分かった……そう思う頃には、こちらの感覚が鈍っている。そしてさらに血を足し、暴力を重ねてくる。観客が恐怖に慣れることすら許さないのだ。ジャンプスケアが区切りにならず、ノイズとして蓄積していく。その雑音のなかに押し込められ、逃げ場を失われていく。

加えて印象的なのは、暴力描写の踏み込み方である。人の頭をバットでフルスイング、あるいは首吊りのロープが勝手に締まり、そのまま斬首。徹底した人体破壊が描かれている。ここには「ここまでやるのか」という明確なライン越えがある。

『MALUM 悪しき神』©2023 WELCOME VILLAIN FILMS ALL RIGHTS RESERVED

“説明のない恐怖”からの自覚的な逸脱

『MALUM 悪しき神』は、怖がらせることを遠慮していない。暴走していると言ってもいいだろう。恐怖を物量として叩きつける映画だ。

物語自体はシンプル。新人女性警官が、閉鎖予定の警察署で最後の夜勤に就く。彼女の父は、かつてカルト教団事件に関与し、不可解な死を遂げていた。夜が進むにつれ、署内では超常的な現象と暴力が連鎖し、彼女は逃げ場のない地獄に追い込まれていく。

『MALUM 悪しき神』©2023 WELCOME VILLAIN FILMS ALL RIGHTS RESERVED

そして、本作を語るうえで避けて通れないのが、監督のアンソニー・ディブラシが2014年に手がけた『ラスト・シフト/最期の夜勤』との比較だ。両作はプロットの骨格をほぼ共有しているが、恐怖の質は明確に異なる。

 

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『ラスト・シフト/最期の夜勤』は、とても不親切な映画だった。カルト教団の正体は最後まで曖昧で、起きている出来事がオカルトなのか幻覚なのかも確定しない。父の行動や事件の真相も語られず、ラストに至っても観客は「何が本当だったのか」を知らされないまま放り出される。

この不確定さこそが恐怖の核だった。観客は理解することも、整理することもできず、主人公と同じ不安定な視点に閉じ込められ続ける。いわゆる “Less is more”――説明を削ぎ落とすことで恐怖を最大化する設計が、ここでは機能していた。

だが『MALUM 悪しき神』は、その逆を行く。カルトの思想や儀式、事件の因果関係が言語化され、世界観は整理されていく。観客は次第に「理解する側」に回り、起きている出来事を情報として処理できるようになる。この点は、海外批評でもしばしば「説明過多」「Less is moreを忘れている」と批判されてきた。

しかし、これを単純な失敗と断じるのは気が早すぎる。なぜなら、監督自身がこの変化を自覚的に選択しているからだ。

『MALUM 悪しき神』©2023 WELCOME VILLAIN FILMS ALL RIGHTS RESERVED

恐怖を“体験”として消費させる劇場型ホラー

ディブラシ監督はインタビューで、『ラスト・シフト』では予算や制作条件の制約によって描き切れなかった要素があり、『MALUM 悪しき神』ではそれを掘り下げたかったと語っている。また、脚本を書き進めるうちに「リメイクしている感覚はなく、別の映画になった」とも。

『MALUM 悪しき神』©2023 WELCOME VILLAIN FILMS ALL RIGHTS RESERVED

さらに、『ラスト・シフト』は本来劇場体験を想定して作られたが、それが十分に実現しなかったため、今回は明確に劇場向けの恐怖を狙ったという。

つまり『MALUM 悪しき神』は、「説明しない怖さ」を再現する映画ではない。むしろ監督は、より多くを見せ、より「激しく殴る恐怖」を選んだのだ。

ここで重要なのは、「不親切さ=恐怖」という言葉の意味である。不親切であれば何でも怖くなるわけではない。本質は、観客に「理解して安心できる地点」を与えないことにある。『ラスト・シフト』は最後までその地点を用意しなかった。

『MALUM 悪しき神』©2023 WELCOME VILLAIN FILMS ALL RIGHTS RESERVED

一方『MALUM 悪しき神』は、理解可能な構造を提示する代わりに、暴力とショックの密度を極端に高めている。恐怖の軸が違うのだ。『ラスト・シフト』が恐怖を解釈として残す映画だとすれば、『MALUM 悪しき神』は恐怖を体験として消費させる映画である。

説明が増えたことで、得体の知れなさは薄れた。だが同時に、血の量も、暴力の強度も、ジャンプスケアの連打も、明確に増えている。これは後退ではなく、方向転換だ。

『MALUM 悪しき神』©2023 WELCOME VILLAIN FILMS ALL RIGHTS RESERVED

恐怖の余白と引き換えに得た“暴力の即効性”

『MALUM 悪しき神』は、「考えさせる恐怖」を手放し、「殴りつける恐怖」を選んだ。その選択が好みかどうかは分かれるだろう。しかし少なくとも本作は、安全なホラーではない。観客を丁寧に導く気も、優しく怖がらせる気もない。

説明は増えたが、血も増えた。恐怖の余白は失われたが、暴力の即効性は手に入れた。“Less is more”を忘れた映画ではない。“More”を選ぶ覚悟をした映画なのだ。

『MALUM 悪しき神』は2月27日(金)より新宿ピカデリー、池袋HUMAXシネマズ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

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『MALUM 悪しき神』

警察官のウィル・ローレンはかつて悪名高いカルト教団の教祖、ジョン・マラムを射殺したのち、不可解な行動により命を落とした――事件から1年、ウィルの娘であるジェシカは父の不審な死を解明するため、自らも警察官となり、彼が最期に勤務していた旧警察署での深夜勤務を志願する。街はカルト教団の信者たちで溢れかえり、たった一人の夜警はやがて次々と恐ろしい超常現象に見舞われ、ついにジェシカは父の死とカルト教団の恐るべき真相へと近づいていく……。

監督:アンソニー・ディブラシ
出演:ジェシカ・スーラ、キャンディス・コーク、チェイニー・モロー、ナタリー・ヴィクトリアほか

制作年: 2023