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ホロコースト孤児で元スナイパー!! 壮絶人生なのに陽気で可愛いおばあちゃんは有名なセックス・セラピスト!『おしえて! ドクター・ルース』

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ライター:#野中モモ
ホロコースト孤児で元スナイパー!! 壮絶人生なのに陽気で可愛いおばあちゃんは有名なセックス・セラピスト!『おしえて! ドクター・ルース』
『おしえて!ドクター・ルース』

実は御年90歳にして現役の超有名“性のご意見番”でした!

『おしえて! ドクター・ルース』は、「見た目でナメてたらスゴ腕だった」の最たるもののような、ものすごくタフな女性についてのドキュメンタリーである。

身長140cmの小柄な体型で、ニコニコと陽気におしゃべりするドクター・ルースことルース・K・ウエストハイマーは、一見いかにも「優しくてかわいいおばあちゃん」だ。しかし、この作品の撮影中に90歳の誕生日を迎えた彼女は、アメリカで最も有名なセックス・セラピストであり、あまりにも厳しくつらい経験をたくましく生き延びてきた人なのだ。

『おしえて!ドクター・ルース』

80年代初頭、50代の頃にラジオの「性のお悩み相談」番組で注目を集め、テレビにも進出して大きな名声を獲得したドクター・ルースは、現在もなお講演やメディア出演に多忙な日々を送っている。ライアン・ホワイト監督は、そんな彼女に2年にわたる密着取材を敢行。彼女のこれまでの生涯が自身のドイツなまりの英語で語られ、少女時代のエピソードはアニメーションで表現される。

『おしえて!ドクター・ルース』

ホロコーストで家族を殺され天涯孤独となった少女が、やがて新天地アメリカで大ブレイク!

彼女の本名はカローラ・ルース・シーゲル。1928年、フランクフルト近くの村に産まれたユダヤ系ドイツ人だ。30年代、ナチスが権力の座について苛烈なユダヤ人迫害がはじまると、両親はルースをユダヤ教徒の疎開プロジェクトに参加させ、スイスの養護施設へと送った。

『おしえて!ドクター・ルース』

まだ幼い彼女はひとり家族から離れ、労働力としてスイス人の子どもたちを世話しながら中学校に通った。1945年、ドイツが敗戦し、両親も祖母もホロコーストで殺されたと告げられた時点で、彼女は17歳。天涯孤独になった彼女はパレスチナに渡ってユダヤ人軍事組織に参加し、適性を見込まれスナイパーとなるよう訓練を受けた。戦争で傷つけられた者が武器を手に取るよう促されるこの世の悪循環がやりきれないし、ドイツ風の名前「カローラ」では風当たりが強いということで「ルース」を名乗るようになったという経緯も悲しい。

『おしえて!ドクター・ルース』

ルースは事故をきっかけに組織を離れ、結婚してフランスに移住し、戦争遺児のための奨学金で心理学を学んだ。イスラエルに帰りたがる夫と離婚して大学で勉強を続けた彼女は、その後再婚して長女を出産。1956年にはホロコースト被害者への賠償金を得てアメリカに移住した。ここで2度目の離婚を経験し、言葉も不自由な環境でメイドとして働きながら娘を育てた。

『おしえて!ドクター・ルース』

3度目の結婚の後、プランド・ペアレントフッド(全米家族計画連盟)で働きはじめた彼女は、予定外の妊娠により苦境に立たされる女性たちに接して、性の問題がいかに重要かを悟る。彼女は大学院に進学し、7年にわたって知見を深めた末、1981年にセックス・セラピストとして開業。避妊や中絶、性的な快楽について正しい知識を広めようとしていたところラジオ局から声がかかり、深夜のお悩み相談番組「セクシュアリー・スピーキング」のパーソナリティを務めることになった。

『おしえて!ドクター・ルース』

この番組は大好評を博し、大手ネットワークに移籍してテレビにも進出。性の専門家にしてタレント・作家としても活躍するようになった彼女は、現在までに40冊以上の著作をものしている。

『おしえて!ドクター・ルース』

「できるだけ多くの人にメッセージを届けたい」笑顔に秘めた揺るぎない信念としたたかな生命力

「成人したふたりが合意のうえで行うことなら何でもOK」「“ノーマル”なんてない」と断言するドクター・ルースは、過去数十年、アメリカのたくさんの人々を励ましてきた。80年代、HIV/AIDSについての誤った知識にもとづく同性愛者への偏見が撒き散らされていたなかで、彼女の番組が自分のセクシャリティを認める助けになったと語るゲイ男性の談話には、メディアの力と責任について考えさせられる。

『おしえて!ドクター・ルース』

これまで一貫して中絶の権利を支持し、女性が性的な満足を得られるよう世に働きかけてきたドクター・ルースの仕事は、あきらかにフェミニズムに大きく寄与している。しかし、彼女は自分がフェミニストだと言うのをためらう。そんな彼女が孫に促されて、自分は「穏健派フェミニスト」だと認める場面は、今のアメリカを感じさせて興味深い。

『おしえて!ドクター・ルース』

また、昨今のトランプ大統領と妊娠中絶禁止の動きについて尋ねられ、「政治の話はしない」と断る場面も印象的だ。中絶の権利は認められるべきと主張するが、たくさんの人にメッセージを届けるために、「反トランプ」と括られるのは避けたいのだ。人懐っこい笑顔の隙間から、とんでもない修羅場をサバイブしてきた人らしいしたたかさが見える瞬間が捉えられているのは、長期にわたる取材の成果と言えるだろう。

老いてなお元気いっぱいのドクター・ルースの姿が痛快であるのと同時に、歴史の重みと、いなくなってしまった人々を思ってヒヤリと寒気がする映画だった。

『おしえて!ドクター・ルース』

監督のライアン・ホワイトは、これまでビートルズの秘書としてファンクラブを取り仕切っていたフリーダ・ケリーに取材した『愛しのフリーダ』(2013年)、カリフォルニア州の州憲法修正案をめぐる歴史的裁判を軸にアメリカ全州で同性婚が認められるまでの道のりを描いた『ジェンダー・マリアージュ ~全米を揺るがした同性婚裁判~』(2014年)、聖職者による性犯罪を隠蔽する教会の闇に迫った『キーパーズ』(2017年~:Netflix)などを手掛けてきた人物。人間の解放にも抑圧にも利用される性のパワーに斬り込む仕事をこれからも期待したい。

『おしえて! ドクター・ルース』は2019年8月30日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開

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『おしえて! ドクター・ルース』

アメリカでいちばん有名な“お悩み相談”で、90歳の現役セックス・セラピスト、ドクター・ルースの波瀾万丈な人生を描いたドキュメンタリー映画

制作年: 2019
監督:
出演: