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あまりに奇妙で、しかし胸を打つ結末『ドッグマン』 無名の主演俳優がカンヌ映画祭 男優賞受賞

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ライター:#大倉眞一郎
あまりに奇妙で、しかし胸を打つ結末『ドッグマン』 無名の主演俳優がカンヌ映画祭 男優賞受賞
『ドッグマン』©2018 Archimede srl - Le Pacte sas

ドッグマン=犬男?

タイトルで戸惑う。私は『蝿男の恐怖』を思い出しちゃった。1958年にアメリカで公開された、人体実験で人間と蠅の頭部が入れ替わってしまう作品だが、日本では劇場未公開。私はテレビで何度か観た。ものすごく怖くて、最後のシーンが強烈でいまだに脳みそのシワに付着している。そんなトラウマを抱えているので、『ドッグマン』と聞いて“犬男”も怖いんじゃなかろうかとびびったが、犬と人間は合体しなかった。

『ドッグマン』©2018 Archimede srl – Le Pacte sas

犬にはならないが、犬のような男の話。強いもの、主人には従順だが、敵だと認識すると攻撃してくる。

主人公のマルチェロはイタリアのどこか、何もない町で犬のトリミングサロンを経営している。妻とは別れたが、娘との関係は良好で休みの日には一緒にスキューバダイビングにも出かける。犬の世話も性に合っていて不満は何もない。

風采は驚くほど貧相で、日頃の生活もパッと輝くことはないが、幸せだ。だが、喉に刺さった魚の骨のような友人が一人いる。体つきも性格も凶暴なシモーネ。町の人間からは忌み嫌われていて、友人はいない。男たちは極力相手にしないよう避けているのだが、なぜかマルチェロはシモーネに手下のように扱われ、やりたくもない犯罪に手を貸す。強いものには抵抗を感じながらも従わざるを得ない。その時のマルチェロの目つきは怒られた時のチワワそのもの。

『ドッグマン』©2018 Archimede srl – Le Pacte sas

自分の意志はないのか、言われるがままか、シモーネよりもマルチェロにイラつく私。どこかで大きな展開があると期待していたが、状況は変わらず、決定的な事件に加担してしまうことになる。どうするマルチェロ。このまま暴力に支配され続けるのか。

フェデリコ・フェリーニの名作『道』との共通点

フェリーニの『道』(1954年)を繰り返し観ては、泣いたり、深いため息をつく私だが、『ドッグマン』を観たあとに、『道』の主人公ザンパノとジェルソミーナの顔が浮かんできた。ザンパノも圧倒的な力と暴力でジェルソミーナを支配したが、ジェルソミーナはそんな関係の中にも小さな幸せを見つけようとしていた。それを何度も裏切られて、置き去りにされる。変わりようのないザンパノは最後に慟哭し、私たちもその涙に心を動かされる。

『ドッグマン』©2018 Archimede srl – Le Pacte sas

この『ドッグマン』の監督は、『ゴモラ』(2008年)『リアリティー』(2012年)を撮ったマッテオ・ガローネ。彼は一切上記のようなことを話していないが、私は監督が無意識的にザンパノとジェルソミーナを重ねていたように思えて仕方がない。

マルチェロがシモーネとの関係の中に、なにがしかの安心感を見出していたことは否定できない。支配されることが一つのアイデンティティになってしまうと、そこに安住してしまうことも充分にありえる。恐ろしい状況だが、ストックホルム症候群に似ていなくもない。しかし、それが永遠に続くと理解した時に、人間は思いもかけぬ行動に出る。ジェルソミーナは壊れてしまうことで支配から逃れたが、マルチェロは全く違う方法をとる。

マルチェロ・フォンテという無名の役者

この作品は、1980年代に実際にイタリアで起きた事件を“題材に”作られたそうだが、インスピレーションを得た程度で、フィクションとされている。

確かに英Time Out誌が評しているように、巧妙に練られたイソップ童話に似た趣がある。娯楽に教訓を織り込んでいるような微妙なストーリーは観る者をいらだたせながらも、「次は? 次は?」とページを急ぎめくりたくなる構成である。

『ドッグマン』©2018 Archimede srl – Le Pacte sas

マルチェロを演じているのは、マルチェロ・フォンテ。これまで何作かに出演しているようだが、私が観たのは『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002年)だけで、クレジットもされていないようで全く記憶にない。しかし、『ドッグマン』は彼がいたことで成り立っている。ストーリー前半では人をイラつかせる表情しかしないかと思えば、心から喜ぶ輝いた笑顔を見せ、後半は急に引き締まった表情になる。その変化に逆に薄ら恐ろしさを感じたのは私だけだろうか。

本作で彼は、2018年カンヌ映画祭男優賞を受賞している。いきなり現れたかに思えたマルチェロ・フォンテは41歳。知らないところにとんでもない役者がいるので、気が抜けない。また、男優賞のみならずパルム・ドッグ賞も受賞。「犬好きだったら、絶対に好きだよ」とは言い難いが、犬まわりの描写は実に丁寧。マルチェロ・フォンテは役作りのために3ヶ月間犬の美容室に通い、勉強したそうでございます。

ちなみに気になっていた作品タイトルだが、「DOGMAN」とは主人公のトリミングサロンの店名である。

『ドッグマン』©2018 Archimede srl – Le Pacte sas

文:大倉眞一郎

『ドッグマン』は2019年8月23日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷他全国順次ロードショー

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『ドッグマン』

イタリアのさびれた海辺の町、犬のトリミングサロンを営むマルチェロ。バツイチだが最愛の娘ともいつでも会えるし、ささやかだが幸せな日々を送っていた。だが一方で、暴力的な友人のシモーネに利用され、支配される関係から抜け出せずにいた。あるとき、シモーネから持ちかけられた儲け話の片棒をかついでしまったマルチェロは、仲間たちの信用とサロンの顧客を失い、娘とも会えなくなってしまう。満ち足りた暮らしを失ったマルチェロは考えた末に、ある驚くべき計画を立てる。

制作年: 2018
監督:
出演: